2018-08-30

ツイスター空間上のホロノミー形式

夏休み気分で好き勝手にブログ書いていましたが、そろそろ研究再開しようということで、今年中にライフワークのツイスター空間上のホロノミー形式の研究を進めたいと考えています。具体的には、第7弾の論文の修正に取り組む予定です。と申しましても私以外の人にはチンプンカンプンでしょうから少しだけ背景を説明して、皆さんに興味を持ってもらえればと思います。私は素粒子理論の研究者志望でアメリカの大学院でPh.D.を取得しましたが、取得する前年も合わせると200校近くポスドクと言われる研究職に願書を出しましたがどこからも声がかからず、子供も生まれるというので日本に帰って民間就職することにしました。研究を続けながら働くつもりでしたがフルタイムの仕事では難しかったため、一年足らずで辞めて、パートタイムで働きながら研究をする今のスタイルを続けています。最近は色々と言い訳して研究がおろそかになっていますが、転職した当初は論文書いて大学に戻るぞ!と意気込んでいました。当時、気になっていたのがグルーオンの散乱振幅を導出する$S$-行列汎関数は一体何なのだろうということでした。場の理論の枠組みでは相互作用項が決まれば$S$-行列は決まるので、グルーオンつまり強い相互作用を媒介する素粒子(電磁相互作用の光子に当たるもの)のダイナミクスを多粒子系として理解したいという目標を立てました。そのヒントとなるのが私の指導教官だったナイアが何年も前に発表していた論文です。その中で彼はヘリシティーの配位が特定の場合グルーオンの散乱振幅はツイスター空間上で定義されたWZW模型と呼ばれる共形場理論の相関関数として理解できることを示しました。詳しくはナイア本人による解説

https://physicstoday.scitation.org/doi/10.1063/1.1825256

があるのでそちらを参照してください。(専門家向けです。)この散乱振幅はヘリシティーが最大限にそろった非自明な振幅という意味からMHV振幅 (Maximally Helicity Violating amplitudes) と呼ばれています。2003年の暮れにウィッテンがこのアイデアをさらに発展させ、MHV型以外の散乱振幅についてもトポロジカルな弦理論と関連付けて理解できることを示しました。その論文が

https://arxiv.org/abs/hep-th/0312171

です。この論文の後、ツイスター空間の変数を用いた散乱振幅の計算方法に飛躍的な進歩がみられました。特に
  1. non-MHV振幅をMHV頂点作用素の組み合わせで理解するMHV則(CSW則とも呼ばれる)と
  2. MHV振幅の複素解析性から得られる再帰的な公式(BCFW公式とも呼ばれる)を用いてnon-MHV振幅を求める手法
の二つがこれらの計算法の進歩に大きな役割を果たしました。これらの計算手法はグルーオンだけでなくグラビトン(重力子)の散乱振幅、古典的なツリー振幅だけでなく量子効果が現れるループ振幅、質量を持つスカラー粒子、フェルミ粒子を含む散乱振幅の計算などにも応用されています。この分野は今でも活発で従来のファイマン図による場の量子論の手法を一新するものとして期待されています。

ここまで大雑把に背景の説明をしましたが、およそ10年前は上記のCSW則とBCFW再帰公式が出てすぐのころで、多くの若い研究者がこの分野に参入しました。私もその一人でしたが、弦理論との関係性(AdS/CFT対応やABJM理論などを応用した散乱振幅の計算)よりも、純粋に4次元の場の理論の発展に興味がありました。特にナイアが着目したようにツイスター空間を用いることで2次元の共形場理論の結果を4次元の物理量と関連付けられる点に注目しました。ツイスター空間については博士課程の時に



で勉強しました。共形場理論についても頑張って


を読んでいましたが、どうもよく分かりませんでした。2000年頃、日本語で書かれた教科書としては河野俊丈先生の『場の理論とトポロジー』というとても興味深い教科書




があったので、それを読んでいました。河野先生には大学1年生の時、数学IB(微積分)を教えてもらいました。数学IAのほうはイプシロン・デルタ法を使う厳密な講義だったのですが、私はそのころから厳密さよりも使えること(計算できること)に興味があったので、数学IBにして解析嫌いにならずに済みました。数学II(線形代数)のほうは横沼健夫先生に教えていただき、こちらは大好きな講義でした。横沼先生には私の素朴(アホ)な質問にもいつも丁寧に答えてくださったことを今でも忘れることができません、ありがとうございました!線形代数の演習の担当は片岡清臣先生で片岡先生がいつも丁寧に添削してくれたので、とても楽しくかつ熱心に演習問題に取り組めました。大学1年生の頃は線形代数(とスペイン語)ばかりやっていた記憶があります。そのおかげで量子力学にスムーズに入っていくことができとてもよかったです。微積分の演習は、線形代数に比べてあまり楽しくありませんでしたが今でも大学生は頑張って問題解いているのでしょうか?微積分に関してはパソコンを使って効率的に勉強を進めるのがいいと思います。理系の研究者でもみなすらすら積分できるわけではないので、学生の皆さんはできなくても気にせず試験にパスさえできれば、あとは公式集、Mathematicaなどを使って対応すればいいと思います。その微積分の演習の担当も河野先生でした。その時、河野先生が私たちに「問題を解くときは、テクニックに走らず素直に解いてください。」と言っていたのがとても印象に残っています。

すこし脱線してしまいましたが、とにかく河野先生の本で(共形)場の理論を勉強していましたが、どうも物理で使う共形場理論とは様子が違って、組み紐群の表現とKZ方程式のモノドロミー表現との関係性やそのモノドロミー表現がKZ接続のホロノミーとして理解でき、そのホロノミーは反復積分で表される、など他のどの文献にも書いていないような話ばかりが紹介されていました。(もちろん河野先生オリジナルの成果なのだから当然なのですが。)物理で使う共形場理論については山田先生の教科書


がとても参考になりました。いまではこれ以外にも



など第一線の研究者がまとめた教科書を日本語で読むことができます。江口先生・菅原先生の教科書は最新の結果まで丁寧に紹介されていてとても勉強になりました。

いろいろ調べましたが河野流の共形場理論の取り扱い方は、物理の文献ではあまり見られませんでした。ただ、私としては、
  1. ナイアが指摘したようにグルーオンのMHV振幅がツイスター空間上に定義されたWZW模型の相関関数として理解されることと
  2. WZW模型の相関関数はKZ方程式の解であること
から河野先生の結果は散乱振幅の定式化に応用できるはずだと考えていました。試行錯誤の末、グルーオン散乱振幅の$S$-行列汎関数がツイスター空間上で定義されたゲージ場(KZ接続)のホロノミー演算子で表されることを2009年の第1弾の論文で発表しました。

その後、第2弾で同じ枠組みで重力子の散乱振幅を導けること、第3弾でグルーオン振幅とグラビトン振幅の関係性について、第4弾ではグルーオンのループ振幅について、第5弾ではグルーオンと質量のあるスカラー粒子(ヒッグス粒子)との散乱振幅について、第6弾ではグルーオンと質量のあるフェルミ粒子(クォーク)との散乱について、とコンスタントに論文を発表していたのですが、第7弾でこのツイスター空間上のホロノミー形式で電弱理論のモデルを考えた論文がどうもいけなかったようで、突然査読のレフリーからリジェクトくらいました。(そんなんいったら第6弾もおかしいやん、それに他の人の論文でも同じこと言ってるんちがうん?!と反論したくてもリジェクトだからどうにもなりませんでした。論文リジェクトの愚痴についてはこちらも参照ください。)頭を冷やすため、しばらく別の研究をしていましたが、そろそろやり直さないといつまでたっても放置状態のままだし、やはりこのプロジェクトを突き詰めたい(本当は第10弾まで考えていたのに)と思い、冒頭にもあるようにこの第7弾の見直しを始めることにしました。どうなるか分かりませんが、やれるだけやってみます!

0 件のコメント: