2018-08-16

青空と夕焼けに想う(1)ナイアのエッセイから

私が博士課程だった時の指導教官は V. Parameswaran Nair(ナイア)です。学者の中の学者という印象の素晴らしい物理学者です。そのナイア先生が空の青さと夕焼けについてエッセイ風の解説 "The blue sky and the light of setting suns" を公開しています。いつものごとく素晴らしい内容なので日本語に意訳しました。4章あるのでこれから章ごとにアップします。大学で「場の量子論」を勉強した人(あるいはしたい人)向けです。画像ファイルなど省略したものもあります。ブログエントリーとして読みやすいようにリンクなどを追加しました。また明らかな誤植は修正しました。原文へのリンクはこちらにもあります。論文や教科書よりは気軽な読み物なので細部にはあまりこだわらず議論の流れを楽しんでもらえればと思います。もちろん原文がお勧めですが、日本語がいい方は読み進めてください。


要約


水平線のかなたでまじわる青い空と青い海を見て思いつくこととを挙げてみよう。この青さの理由はすべてレイリー散乱で説明つくのだろうか、あるいは、もしそうならその背後に対称性に基づく低エネルギー理論が存在するのだろうか?揺らぎの効果はどこに収まるのか?これらは昔からある問題だが、多くは記録されていない。ここでは場の理論の切り口でこれらについて考えてみたい。


ワーズワスの詩『ティンタン・アビー』のなかに美しくも興味深い一節がある。

.................................. And I have felt
A presence that disturbs me with the joy
Of elevated thoughts; a sense sublime
Of something far more deeply interfused,
Whose dwelling is the light of setting suns,
And the round ocean, and the living air,
And the blue sky and in the mind of man,
.............................................................

、、、そして私は私を高揚させ喜びのあまり胸をざわつかせる存在に気付いたのだ。それはとても深いところで混ざり合っている何かについての畏怖の念であり、それが何かと言えば、それは夕日の光、広い海原、生き生きとした大気、青い空、そして人間の心であった、、、、(私訳)

ウィリアム・ワーズワスにとって実際に自然は彼の存在そのものと「深く混ざり合って」いたであろうし、そんな彼だからこそ夕日や青空に見た目の美しさより深い何かを直感したのであろう。物理学者としてはただただ彼の表現に感服するしかないが、彼の提示するこの謎を解く、あるいはリチャード・ドーキンスがいみじくも説くように「この虹を解きほぐす」[1]、にあたり我々はこの謎の不思議さに驚くばかりである。以下では、この問題についてもう少し考えてみよう。


1 レイリー散乱:基本事項


空の青さや夕焼けの色は光と大気中の分子との散乱を考えると理解できる。また、海の青さについてもそのごく一部は散乱によって説明できる。

少なくともこれまでに見つかった文献によれば空の青さが光の散乱によるものだと初めて言及したのはレオナルド・ダ・ヴィンチのようだ。彼は光源に向かって煙を見ると青みがかることに気づき、似たような現象によって青い空を説明できると論じた。19世紀になるとティンダルがコロイド懸濁液と光の散乱についての実験を行い、青い色がどのように現れるかを確認した。この理論的な説明はレイリーに始まる。レイリーは電磁波と誘電体や原子との散乱を計算し、その散乱振幅が光の周波数 $\om$ の4乗に依存することを導いた。この周波数依存性(分散関係)を用いると、太陽光スペクトルの中でも周波数の高い青色成分が(赤色のスペクトルと比較して)より多く散乱し、大気中に分散することがわかる。その結果、空は青く染まるのである。低周波数あるいは波長の長いスペクトルの散乱はより少なく、地上の観測者により直接的に伝播する。しかしながら、1909年にSmoluchowski(スモルコフスキー)によって指摘されたように、散乱物が完全にランダムに分布している場合、散乱振幅はゼロになる。したがって、もし大気を分子が一定密度で完全にランダムに分布しているものと見なす限り、レイリーの計算した散乱振幅は正しい(し卓越した)ものであるものの、それを単純に応用することはできなくなる。アインシュタインとスモルコフスキーは散乱のためには大気中に密度の揺らぎがなければならないことを示した。つまり、密度揺らぎを伴う"living air"(生き生きとした大気)が必要ということである。ちなみに、この密度揺らぎの効果から臨界タンパク光 (critical opalescence) の現象も理解できる [2]

スモルコフスキーが取り上げた問題をシンプルに理解することから始めよう。そのため、まず$N$個の分子あるいは散乱中心が位置 $x_1 , x_2 , \cdots , x_N$ にあるとする。観測点はこれらの座標の原点に取って問題ない。ホイヘンスの原理より各散乱中心を観測点へ伝播する球面波の源とみなし、観測される振幅はそれらの重ね合わせとして理解できる。したがって、この振幅は
\[
  {\cal A} \propto \sum_{i=1}^{N} \frac{e^{i k |\vec{x}_i |}}{|\vec{x}_i | }
  \tag{1}
\]
と書ける。$\vec{x}$ を分子クラスターの中の位置(質量中心の位置のようなもの)とすると、$\vec{x}_i = \vec{x} + \vec{\xi}_i$ とおける。もし観測点が分子群から十分に遠ければ 式(1)の分母は $|\vec{x}_i | \approx |\vec{x}|$ と近似できる。よって
\[
  {\cal A} \propto \frac{ e^{i k |\vec{x} |}}{|\vec{x} |} \sum_{i=1}^{N}
e^{i k \hat{\vec{x}} \cdot \vec{\xi}_i }
  \tag{2}
\]
となる。ただし、$\hat{\vec{x}}$ は$\vec{x}$方向の単位ベクトル。位置 $\vec{\xi}_i$ の粒子がランダムに分布しているとき、位相 $e^{i k \hat{\vec{x}} \cdot \vec{\xi}_i }$ はランダムなのでその和はゼロになる。これがスモルコフスキーの議論の要点である。より厳密な計算を行うと、この結果以上のことを議論できるが、まずは光子の散乱振幅を計算して $\omega^4$-依存性を示すことにしよう。その後で、対称性を使ったより一般的な議論から同じ結果を再導出することにしよう。

原子や分子など電気的に中性な複合粒子との散乱では、全電荷がゼロなので $\int d^3 x J^0 = 0$ となる。ただし、$J^\mu$ ($\mu = 0,1,2,3$) は4元電流密度、あるいは単にカレントとも呼ばれる。保存則 $\partial_\alpha J^\alpha = 0$ ($\alpha = 1,2,3$) からカレントは
\[
   J^\mu = \partial_\alpha M^{\alpha \mu }
  \tag{3}
\]
と書ける。ただし、反対称テンソル $M^{\alpha \mu }$ の成分は $M^{0 i} = p^i$, $M^{ij} = \epsilon^{ijk}m^k$ であり、ここで $p^i$, $m^k$ ($i,j,k = 1,2,3$) はそれぞれ電気双極子モーメント、磁気双極子モーメントの演算子を表す。式(3)から$J^0 = - \nabla \cdot \vec{p}$ となるので、無限遠でゼロとなる $\vec{p}$ を使うと $\int d^3 x J^0 = 0$ となることが分かる。したがって、全体的に電気的中性は保証され、カレントを式(3)で表すことができる。この場合、電磁相互作用は次のように計算できる。
\[
 \int d^4 x J^\mu A_\mu = - \frac{1}{2} \int d^4 x F_{\mu\nu} M^{\mu\nu} = - \int d^4 x \left(
\vec{p} \cdot \vec{E} + \vec{m} \cdot \vec{B}
\right)
  \tag{4}
\]
ただし、$F_{\mu\nu} = \partial_{\mu} A_\nu - \partial_{\nu} A_\mu$, $F_{i0} = E_i$, $F_{ij} = \epsilon_{ijk} B_k$ であり、$\vec{E}$, $\vec{B}$ はそれぞれ電場、磁場を表す。低エネルギーの光子(可視光に対応するエネルギー範囲)と原子や分子との散乱では、電気双極子の項だけを残すのが適当である。

この相互作用項から散乱の演算子、$S$-演算子
\[
\hat{S} = T e^{i \int d^4 x \, J^\mu A_\mu}
  \tag{5}
\]
を得る。ただし、$T$ は右に掛かる演算子に時間順序を施す。したがって、運動量$\vec{k}$、偏光$\epsilon_i$ の光子から運動量$\vec{k}^\prime$、偏光$\epsilon^\prime_i$ の光子へのの散乱振幅は摂動論の第一次近似で
\[
\A =  - \int  d^4 x d^4 y \, \langle f | T p^i (x) p^j (y) | i \rangle \, \omega \omega^\prime  \, \frac{\epsilon_i e^{-i k x}}{\sqrt{2 \omega V}} \frac{\epsilon^\prime_j e^{i k^\prime y}}{\sqrt{2 \omega^\prime  V}}
  \tag{6}
\]
と表せる。ただし、$\omega = \omega_k$, $\omega^\prime = \omega^\prime_k$ であり $V$ は空間体積を表す。また、$| i \rangle $ は媒体の始状態、$| f \rangle $ は終状態を示す。始状態は密度行列 $\rho$ で特徴づけられる状態の統計分布から決まる。

原子や分子との散乱において光子のエネルギーが原子核の質量に比べて小さい場合は、光子の電磁場に誘引される原子核の運動は無視できるので、双極子演算子は$p_i (x) = e \psi^\dagger (x) \xi_i \psi (x)$と近似できる。ここで、$\vec{\xi}$ は電子と原子核の相対距離、$\psi^\dagger$, $\psi (x)$ は電子の生成・消滅演算子を表す。始状態は $\vec{a}_n$ に位置する無数の散乱中心(とそれらの周りの電子)によって構成されているので、
\[
| i \rangle  =   \int  [ d \xi_n ] \psi^\dagger (a_n + \xi_n ) f_{\alpha_n }  ( \xi_n ) | 0 \rangle
  \tag{7}
\]
と書ける。ただし、$f_{\alpha_n }  ( \xi_n ) $ は $n$ 番目の原子あるいは分子内の電子状態 $| \alpha_n \rangle$ における電子の波動関数を表す。よって、$x^0 > y^0$ のとき
\begin{eqnarray}
&& \int  d^4 x d^4 y ~ e^{-i k x + i k^\prime y} \langle f | T p_i (x) p_j (y) | i \rangle \\
&=& e^2 \int dx^0 \int_{-\infty}^{x^0}dy^0 \,  \int d^3 x d^3 y ~  e^{-i k x + i k^\prime y}
\langle f | \psi^\dagger (x) \xi_i \psi (x) \psi^\dagger (y) \xi_j \psi (y) | i \rangle \\
&=& e^2 \int dx^0 \int_{-\infty}^{x^0} dy^0 \, \int d^3 x d^3 y ~  e^{-i k x + i k^\prime y} e^{- i E_{\alpha_n} y^0} \delta^{(3)} ( \vec{y} - \vec{a}_n - \vec{\xi}_n )
 \\
&& ~~~~ \times
\langle f | \psi^\dagger (x) \xi_i \psi (x) \psi^\dagger (y) \xi_j f_{\alpha_n} (y) | i \rangle
\tag{8}
\end{eqnarray}
と書ける。これをさらに計算するには次のことに注意しよう。ここでは、原理的には、$\vec{a}_n$ にある原子が入射光子によって励起される項と $\vec{a}_m$ にある別の原子が散乱光子の放射によって低エネルギーに遷移する項がある。しかしながら、(今考えている光子のエネルギーに比べて)低い温度においては $\vec{a}_m$ にある原子が始めから励起されているとは考えにくいのでこのような遷移過程は無視できる。この場合、散乱過程においての光子の放射・吸収はともに同一の原子によるものとみなせる。よって、式(8)は次のように変形できる。
\begin{eqnarray}
&& \int  d^4 x d^4 y ~ e^{-i k x + i k^\prime y} \langle f | T p_i (x) p_j (y) | i \rangle \\
&=& e^2 \sum_n \int dx^0 \int_{-\infty}^{x^0}dy^0 \,  \int d^3 x d^3 y \,
e^{-i k x + i k^\prime y} ~ \del^{(3)} ( \vec{y} - \vec{a}_n - \vec{\xi}_n)
\del^{(3)} ( \vec{x} - \vec{a}_n - \vec{\xi}_n^\prime )
\\
&& ~~~~ \times  \sum_\bt  [ f^{*}_{\ga_n} \xi_n f_{\bt_n}] (x)
[ f^{*}_{\bt_n} \xi_j  f_{\al_n}] (y) ~
e^{- i E_{\bt_n} x^0 + i E_{\ga_n} x^0 } \, e^{- i E_{\al_n} y^0 + i E_{\bt_n} y^0 }
\\
&=&  \sum_{n, \bt} e^{i (\vec{k} - \vec{k}^\prime ) \cdot \vec{a_n} }
2 \pi \del ( E_\al + \om - E_\ga - \om^\prime ) ( - i e^2 )
\frac{ \bra  \ga | e^{i \vec{k} \cdot \vec{\xi} } \xi_i | \bt \ket
\bra  \bt | e^{- i \vec{k}^\prime \cdot \vec{\xi} } \xi_j | \al \ket }{
(E_\bt - E_\al  + \om^\prime - i \ep )
}
\tag{9}
\end{eqnarray}
ここで、行列要素は一つの原子での光の散乱について求めた。異なる場所での散乱物(原子)も同じタイプだとみなしているので、この行列要素の形は変わらない。散乱物の密度を $N (x) = \sum_n \del^{(3)} ( \vec{x} - \vec{a_n} )$ とすると、$\sum_n e^{i (\vec{k} - \vec{k}^\prime ) \cdot \vec{a_n}} = \int d^3 x  e^{i (\vec{k} - \vec{k}^\prime ) \cdot \vec{x}} N(x) $ と書けるので、上の結果は
\begin{eqnarray}
&& \int  d^4 x d^4 y ~ e^{-i k x + i k^\prime y} \langle f | T p_i (x) p_j (y) | i \rangle \\
&=&
\int d^3 x  ~ ^{i (\vec{k} - \vec{k}^\prime ) \cdot \vec{x}} N(x)
2 \pi \del ( E_\al + \om - E_\ga - \om^\prime ) ( \M_{\ga \al} )_{ij}
\tag{10}
\end{eqnarray}
となる。ただし、両方の時間順序を考慮すると行列要素 $( \M_{\ga \al} )_{ij}$ は
\[
( \M_{\ga \al} )_{ij}  = 
- i e^2 \sum_{\bt} \left[
\frac{ \bra  \ga | e^{i \vec{k} \cdot \vec{\xi} } \xi_i | \bt \ket
\bra  \bt | e^{- i \vec{k}^\prime \cdot \vec{\xi} } \xi_j | \al \ket }{
(E_\bt - E_\al  + \om^\prime - i \ep )}
+
\frac{ \bra  \ga | e^{- i \vec{k}^\prime \cdot \vec{\xi} } \xi_j| \bt \ket
\bra  \bt | e^{i \vec{k} \cdot \vec{\xi} } \xi_i  | \al \ket }{
(E_\bt - E_\al  + \om - i \ep )}
\right]
\tag{11}
\]
で与えられる。この結果を散乱振幅$\A$の式(6)に代入し、遷移確率を求める。遷移確率は振幅を2乗し光子の終状態と散乱媒体の全ての終状態について和をとり、時間の積分範囲 $\tau$ で割ればよいので、
\begin{eqnarray}
 \sum_{\rm 終状態} \frac{| \A |^2 }{ \tau }
&=&
\qu \int \frac{d^3 k^\prime}{(2 \pi )^3} \frac{ \om \om^\prime \ep_i \ep_j}{V} P_{js } (k^\prime ) \int d^3 x d^3 y \,
e^{i ( \vec{k} - \vec{k}^\prime ) \cdot ( \vec{x} - \vec{y} ) } N(x) N(y)
\\
&& ~~~~~~~ \times
( \M_{\ga \al} )_{ij} ( \M_{\ga \al}^{*} )_{rs} 2 \pi \del ( E_\al + \om -
E_\ga - \om^\prime )
\tag{12}
\end{eqnarray}
となる。ただし、
\[
 P_{ij } (k ) = \del_{ij} - \frac{k_i k_j}{\om^2}
\tag{13}
\]
つぎに、入射光は偏光されていないので入射光子の偏光について平均をとる。また、密度行列が $\rho$ の始状態について平均をとると、(統計分布でならした)非偏光の微分散乱断面積は、
\begin{eqnarray}
  d \si
&=&
\frac{1}{8} \int \frac{d^3 k^\prime}{(2 \pi )^3}\,  \om \om^\prime \, P_{ir} (k)  P_{js } (k^\prime ) 2 \pi \del ( E_\al + \om - E_\ga - \om^\prime )
\\
&& ~~~~~~~ \times
\int d^3 x d^3 y ~ e^{i ( \vec{k} - \vec{k}^\prime ) \cdot ( \vec{x} - \vec{y} )} \Tr \left[
\rho N(x) N(y) ( \M_{\ga \al} )_{ij} ( \M_{\ga \al}^{*} )_{rs}
\right]
\tag{14}
\end{eqnarray}
となる。密度行列についてのトレースをとると密度相関関数の統計平均が得られる。熱励起などの要因で原子の始状態にばらつきがある場合は始状態 $| \al \ket$ に重み因子 $c_\al$ を付加すればよい。これらを展開すると、散乱断面積は
\begin{eqnarray}
  d \si &=& S ( \vec{k} - \vec{k}^\prime ) ~ d \si_{\rm atom}
\\
d \si_{\rm atom} &=&
\frac{1}{8} \int \frac{d^3 k^\prime}{(2 \pi )^3} \om \om^\prime  P_{ir} (k)  P_{js } (k^\prime ) 2 \pi \del ( E_\al + \om - E_\ga - \om^\prime )
\sum_{\al , \ga } c_\al  ( \M_{\al \ga }^{\dagger} )_{rs} ( \M_{\ga \al} )_{ij}
\tag{15}
\end{eqnarray}
となる。ここで、$S ( \vec{k} - \vec{k}^\prime )$ は構造因子あるいは密度相関関数のフーリエ変換である。具体的には、
\[
S ( \vec{k} - \vec{k}^\prime ) =
\int d^3 x d^3 y ~ e^{i ( \vec{k} - \vec{k}^\prime ) \cdot ( \vec{x} - \vec{y} )} \Tr \left[
\rho N(x) N(y)
\right]
\tag{16}
\]
と書ける。$d \si_{\rm atom}$ は原子1つによる散乱の断面積を表す。$dk^\prime = d \om^\prime$ について積分をとると $\om^\prime = \om + E_\al - E_\ga$ と指定される。終状態の原子が励起状態とならない弾性散乱では、$E_\al = E_\ga$, $\om^\prime = \om$ となる。よって、1原子による散乱断面積は式(15)より
\[
\frac{d \si_{\rm atom}}{d \Om} \approx \frac{\om^4}{32 \pi^2}
 P_{ir} (k)  P_{js } (k^\prime )
\sum_{\al , \ga } c_\al  ( \M_{\al \ga }^{\dagger} )_{rs} ( \M_{\ga \al} )_{ij}
\tag{17}
\]
となる。したがって、特徴的な $\om^4$-依存性が導かれた。(立体角 $d \Om$ は通常の球面座標で表すと $d \Om = \sin \th d \th d \phi$ となり、$d^3 \om^\prime = ( \om^\prime )^2 d \om^\prime d \Om$ としてデルタ関数を評価すれば $\om^4$ 因子が出てくる。)行列要素にも $\om$ に依存する項があるが、これらは低エネルギーでは無視できる。そのため、全体の $\om^4$-依存性は変わらない。

式(16)でもし $N(x)$ が定数なら、$S(\vec{k} - \vec{k}^\prime ) \sim \del^{(3)} (\vec{k} - \vec{k}^\prime )$ となり散乱は存在しない、単に前方への伝播があるだけになる。密度揺らぎ無なければ散乱過程はないであろうというスモルコフスキーの観察の言うところは、本質的にこういうことである。非自明な散乱がどのように現れるかを見るために例えば非相対論的な原子ガスのような簡単な場合の密度相関関数を計算しよう。このとき $N(x) = \p^\dagger \p$ とおける。ただし、$\p$ は原子の消滅演算子を表す。非連結の項 $\bra N (x) \ket \, \bra N (y) \ket $ だけでは密度一定となり散乱は起きない。密度揺らぎを与えるのは連結した相関関数であり、これは $G(x, y) G(y, x)$ で与えられる。ここで $G(x,y)$ は有限温度のグリーン関数 (thermal propagator) を表す。$N(x)$ は時間に依存しない密度なので、ここでは通常のグリーン関数の同時刻極限を考えればよい。分布が均一なガスの場合、この連結相関関数は
\begin{eqnarray}
  \bra N (x)  N (y) \ket & \equiv &  \Tr [ \rho N(x) N(y) ]
\\ &=& G(x, y) G(y, x)
\\ &=& \int \frac{d^3 k}{(2 \pi )^3} \frac{d^3 p}{(2 \pi )^3}
~ e^{i \vec{p}\cdot ( \vec{x} - \vec{y} ) } ( 1 \pm n_k ) n_p
\tag{18}
\end{eqnarray}
で与えられる。ただし、$\pm$記号はそれぞれボース粒子、フェルミオン粒子に対応する。高温極限では占有数 (occupation number) $n_k$ は小さい ($n_k \ll 1$) ので、上式は
\begin{eqnarray}
  \bra N (x)  N (y) \ket & \approx &  \del^{(3)} ( \vec{x} - \vec{y} )
\int  \frac{d^3 p}{(2 \pi )^3}  n_p
\\ & \approx  &
\bra N \ket   \del^{(3)} ( \vec{x} - \vec{y} )
\tag{19}
\end{eqnarray}
と近似できる。ここで、$\bra N \ket$ は平均密度で $\vec{x}$ によらない量とみなせる。したがって、体積 $V$ に分布する原子や分子と光子との微分散乱断面積は
\[
d \si = \bra N \ket V \, d \si_{\rm atom}
\tag{20}
\]
と表せる。

この段階まで来ると我々は次のように自問できるのではないだろうか。つまり、式(19)の結果を得るのにグリーン関数や場の量子論の知識が一体全体必要なのだろうかと。結局のところ、体積 $V$ のなかに原子がランダムに分布しているのだから場の理論をそれほど使うことなく揺らぎの計算はできるはずである。実際、その通りで、以下では手っ取り早く式(19)を導く方法を紹介しよう。体積 $V$ を $M$ 分割し部分体積を $v$ とおく ($V = Mv$) 。最終的には、$V$を有限に固定しながら $M \rightarrow \infty$, $v \rightarrow 0$ の極限を取るものとする。分割されたセルを $1, 2, \cdots, M$ とラベルし、$k$ 番目のセルに $n_k$ 個の分子があるものとして、合計 $N$ 個の分子を各セルに分割する。このときこの分割のしかたの数は多項定理 (multinomial formula)
\[
P ( \{ n_k \} ) = \frac{N!}{\prod_k n_k ! }  \equiv \exp \left[ S ( \{ n_k \} )
\right]
\tag{21}
\]
で与えられる。分子が完全にランダムに分布しているとすると、各セルにアプリオリには等確率で分子が振り分けられる。このとき最大確率となる分布 $\{ \bar{n}_1 , \bar{n}_2 , \cdots , \bar{n}_M \}$ を求めることができる。それにはまず $\sum_k n_k = N$ のもとで $S( \{ n_k \})$ を最大化すればよい。充分大きな $n$ に対してスターリンの公式 $\log n! \approx n \log n - n$ を用いると、$S( \{ n_k \}) + \la \left(
\sum_k n_k  - N \right)$($\la$は定数)は次のように展開できる。
\begin{eqnarray}
  S( \{ n_k \})  & = &  \log N! - \sum_{k} ( n_k \log n_k - n_k )
+ \la \left( \sum_k n_k  - N  \right)
\\ & =  &
S( \{ \bar{n}_k \}) - \sum_k ( \log \bar{n}_k - \la ) \del n_k
- \hf \sum_k \frac{\del n_k \del n_k }{ \bar{n}_k } + \cdots
\tag{22}
\end{eqnarray}
明らかに最大値は $\log \bar{n}_k = \la$ のときに与えられる。このとき $\bar{n}_k = e^\la \equiv \bar{N}$ となり、これはラベル $k$ によらない。したがって最大確率となる分布は数密度が一様となる分布になる。この平均密度からの揺らぎ、すなわち $\del n_k = n_k - \bar{N}$、の確率分布は上式から
\[
P ( \del n_{k} )   = C \exp \left( - \sum_{k} \frac{\del n_{k} \del n_{k} }{ 2N} \right)
\tag{23}
\]
となることが分かる。ここで、$C$ は確率の総和が1となる規格化条件から決まる。この式から密度揺らぎの2乗平均は
\[
\bra ( n_k - \bar{N} ) ( n_l - \bar{N} ) \ket  = \bar{N} \del_{kl}
\tag{24}
\]
で与えられる。連続極限 $M \rightarrow \infty$, $v \rightarrow 0$ をとり、セルのラベルをその位置の座標で置き換えると上式は
\[
\bra ( N(\vec{x}) - \bar{N} ) ( N(\vec{y}) - \bar{N} ) \ket  = \bar{N} \del^{(3)} ( \vec{x} - \vec{y} )
\tag{25}
\]
となる。ガウス分布(23)は$\bar{N}$に中心をもつので、$\bar{N} = \bra N \ket$ であり、式(19)が再導出された。(ここでの導出では粒子の同種性や排他律を考慮しなかったので、結果は占有数の平均値が小さいときにだけ適用される。もし組合せに粒子の統計性を含めれば正しい結果(18)が得られる。)

ここで紹介した計算では密度揺らぎの重要性と$\om^4$-依存性の導出を示したが、この振る舞いがユニバーサルかどうかはハッキリしない。そこで、次の章では有効作用とその対称性に基づいた別の議論を紹介して、同じ結果がより一般的な枠組みで導けることを見てみよう。


参考文献

1. Richard Dawkins, Unweaving the Rainbow: Science, Delusion and the Appetite for Wonder (Mariner Books, 2000). 邦訳:『虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか』福岡 伸一 (翻訳).
2. これは古い問題で多くの古典的な(そしてよく知られた)議論がある。その一部の例を以下に挙げる。H.C. van de Hulst, Light scattering by small particles (Wiley,1957); W.K.H. Panofsky and M. Phillips, Classical Electricity and Magnetism (Addison-Wesley Publishing Compnay, Inc. 1962); Milton Kerker, The scattering of light and otherelectromagnetic radiation (Academic Press, 1969); C. F. Bohren and D. R. Huffman, Absorption and Scattering of Light by Small Particles (Wiley-Interscience, New York, 1983).

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