2019年9月27日

ILC誘致:10月、学術会議の決定はいかに?!

以前のエントリーでILC誘致に向けての「今後の流れ」をまとめましたが、その中で
今年10月に学術会議がマスタープランの候補プロジェクトの選定を行う。(そこでILCが候補に入らなければ誘致は断念せざるを得ないでしょう。)
と書きましたがその10月が迫ってきました。ILC誘致について最近は全くフォローしていなかったので最新情報をこちらで確認しました。

9月15日の産経新聞、論説委員・中本哲也さんの記事
 約50カ国の物理学者らが、東北の北上山地への建設を目指す次世代加速器「国際リニアコライダー(ILC)」は、暗黒物質の正体に迫る実験施設だ。素粒子物理と宇宙物理の距離をさらに縮め、「新しい物理学」の扉を開く可能性がある。
 日本と欧米だけでなくロシア、中国などの参加も見込まれる広範な国際協力プロジェクトでもある。政府は誘致の判断を先送りにしてきた。国際社会から日本への期待と信頼を損なう「遅延行為」に等しい。
 30年後の日本が国際社会から必要とされ、尊敬される国であるために、政府は早急にILC誘致を表明すべきである。(なかもと てつや)
と結ばれています。私もおおむね賛成ですが、政府(文科省)のギリギリまでの折衝努力をもう少し評価してあげてもいいのではと感じました。せっかく柴山大臣が頑張ってくれていたのに大臣が代わってしまい引き継ぎは大丈夫なのか少し心配です。萩生田大臣の座右の銘は"One for all, All for one"だそうなのでその精神でILC誘致へ向けリーダーシップを発揮してもらいたいです。

もう一つ気になった関連情報として日刊サイゾーによる山下特任教授へのインタビュー記事があります。最後の質問とその答えは以下の通り。
ーーでは、山下さんはILCがつくられることによって、どんな未来が待っていると思いますか?
山下:世界の人が集まれる知のフロンティアができることがまず第一。きっと人類の歴史に残る大発見がある。そして技術の波及と国際的な人材の宝庫になることが2つ目。何万年もかかる核廃棄物の処理も、超電導加速器を使って100年単位に短くなる可能性があるし、原子核を変えて新しい物質を作り出すことで、がん治療などにも効果を発揮することが期待されます。また、インターネットを普及させた基盤技術WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)も、粒子線がん治療もPET診断も、もともとは素粒子物理学の分野から生み出されたもの。ディープラーニングの前のニューラルネットワークも20年以上前から使ってきたし、超電導の大規模施設の初めての実用も米国の加速器施設です。新しいものを開発することだけしかできない研究者が何千人も集まることによって、副次的にもさまざまな先端技術が生み出されていきます。
 それに、ILCの建設は、技術的な面だけでなく、日本人の心理的な面にも大きな影響を及ぼすでしょう。世界でも最先端の施設が生み出されることによって、新しいことにチャレンジしていくマインドが生まれます。科学技術は何よりも、人の気持ちを変えるもの。ILCによって「日本はすごい!」という自信を持つことができ、「これもできるんじゃないか?」と未来への希望を生み出すことができれば、日本人のメンタリティは大きく変わっていくはず。ILCを通じて、日本人を、どんどんチャレンジをしていくメンタルに変えていきたいですね。
若者向けの(ゴシップ)雑誌にILC誘致の話題が取り上げられるとは意外でした。山下先生も堅苦しい表現は避け、若者にも分かり易くILC誘致の意義を説かれているようで概ね共感しました。WWWやニューラルネットワークについては以前から誇大広告のように感じていましたが、サイゾー向けなら仕方ないでしょう。それよりも「何万年もかかる核廃棄物の処理も、超電導加速器を使って100年単位に短くなる可能性がある」との言葉に原発処理の問題も誘致の交渉カードとして使っているのではと勘ぐってしまいました。もちろん東北に誘致するのだからILCの科学的な役目が充分に果たされた遠い将来には原発の廃炉処理や核廃棄物の処理へ転用されうることは理解できますが、もしそうする可能性があるのなら、誘致の段階から情報公開しておいて欲しいです。

2019年9月5日

Mathematical Review 103: higher spin theory 雑感

久しぶりにMathematical Reviewsへ寄稿しました。これまでのレビューリストはこちら。今回の寄稿内容はこちら。これまで話だけは聞いていたスピンの数が大きい粒子(higher spin あるいは infinite spin と呼ばれる粒子、以下では「高スピン粒子」と呼ぶ)の理論についてです。この論文では質量ゼロの高スピン粒子をツイスター変数で記述することによって、高スピン粒子の場の方程式を具体的に書き出し、これらの場が以前から知られている高スピン粒子の${\cal N}=1$超対称代数の表現を与えることが示されています。

4次元上の質量ゼロの粒子はツイスター空間上で定義されるツイスター変数を用いると2次元のワイル・スピノールで表現できるため、スピン1のグルーオンやスピン2のグラビトン(重力子)の散乱振幅を計算を飛躍的に簡素化できることが知られています。(その背景や詳しいことはこちらを参照ください。)この論文ではそれらの発展に刺激されて無質量の高スピン粒子のダイナミクスをツイスター変数で記述・解析したものです。高スピン粒子については全く専門外で良く知りませんでしたが、ツイスター変数を用いた散乱振幅についてはいくつか論文を書いていたため私に寄稿依頼が回ってきたようです。式だけ追っていてはなかなか全体像が分かりませんでしたが、とりあえず関連論文も参照しながらレビューしました。

この論文の結果は数学的には興味深いものですが、そもそもスピンが2より大きい高スピン粒子は自然界に(これまでの観測では)実在しないので物理的なモチベーションには欠けます。高スピン粒子の場あるいは波動関数が議論されていますが、個人的にはこれはグルーオンの多粒子系の状態関数と関係づければもう少し面白くなるのではと思いました。グルーオンの多粒子系ではそのような状態関数は(古典レベルでは)共形性をもつので2次元の共形場理論の情報から4次元のゲージ理論を解析できるという面白い関係性がありますが、高スピン粒子の理論では共形性はどうなっているのでしょうか?高スピン粒子を定義する拘束式の形からは共形性は見て取れませんでした。調べてみると共形性をとりこんだ高スピン理論(Conformal higher-spin theories)というのが既にあるそうです。ただ、これも数学的には興味深いでしょうが、物理理論としては抽象的すぎる気がします。以上、あまり建設的でない雑感でした。