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2022-06-10

月間 200km 走ってみたけど減量 3kg のみの怪

 前回の血液検査の結果から糖尿病予備軍であることが判明したので定期的に走ることにしました。以前は市民駅伝があったのでそれを目標に走る機会があったのですがコロナ禍でここ2年駅伝がありません。先日市報を見ていると月間100km走破にチャレンジするアプリが紹介されていたので折角なのでインストールしました。減量のモチベーションもあり最初の2週間で100km達成。その後は軽くジョギングする程度でしたが、1ヵ月間(6/12日曜まで)イベント開催中のためとりあえず200kmを目標に走ることにしました。


先ほどようやく200km達成!誰も褒めてくれないのでここでこっそり報告します。さて、懸案の減量ですが80kgから77kgになっただけでした。走ってはいるけどその分食べているのが良くなかったです!特に一昨日、深夜には食べないと決めていたのに録画していたNHKの「歴史探偵」を見ながらウィンナー9本食べたのは失敗でした。今後は走る量を減らすので同時に食事制限もしてとりあえず75kgを目指したいと思います。

2021-10-31

No sports, no life

 今日は雨でナイターテニスができません。時間ができたのでこれまでのスポーツとの関わりについてざっと書いてみようと思います。私にとってはスポーツとは球技です。小学校でのドッジボールや放課後にやる友達との野球とサッカーが大好きでした。球技をするまではメンコとかプラモデル、団子作り、プロレス観戦、蝉取りなど一過性のイベントにに夢中でしたが、小学校3年生の時に木製バットとミズノのグローブを買ってもらってからは野球、4年生の時にサッカーボールを買ってもらってからはサッカーが楽しかったです。同じマンションで仲の良かったしんちゃんとしんちゃんのお兄ちゃんたちと野球やサッカーを学年関係なく一緒にワイワイ遊んだり、5,6年生からは同級生の友達と放課後に遊んだりして、どんどん友達が増えました。野球の上手い子たちが少年野球チームに入っているので自分も入りたいと一度母に頼みましたが、うちはムリやという感じでそっけなかったです。今考えると母も自分のテニスで忙しかったので子供の遊びにかまってられなかったのでしょう。その代わり、休日によくテニスコートに連れて行かされました。母も罪悪感があったのか一度コートでテニスさせられましたが、私としては野球がしたかったので反抗の意味も込めてホームラン狙いのスイングをしていると呆れられてそれ以来コートには入れてもらえませんでした。4年生からは神戸FCのコーチの方がボランティアで登校前に早朝サッカーのレッスンをしてくれたのでそこに通うようになりました。しんちゃんが熱心に練習するので私も一緒になってやっていました。休みの日には外大グラウンドで早朝ランニングにいったり、夜にマンションの駐車場でドリブル練習をしました。しんちゃんは一人でもやっていたようでどんどん上手くなっていました。(その後、高校では兵庫県選抜に入り大学はサッカーで関学に行ったそうです!)今ではクラブチームに入っている子が多いでしょうけど私たちの頃は殆んどの子は放課後に公園でサッカーして遊びながら体力をつけていました。サッカーやらないときは野球をしていました。私はどちらも好きで中学になったらサッカーか野球かどっちにしようかなあなんて考えていました。

 多分しんちゃんがサッカーやるから自分もサッカーかななんて思っていましたが、なんと中学から東京に引っ越すことになってしまいました。中学ではサッカー部に入るつもりでしたが当初は越境通学で早朝練習に参加できないため一緒に仮入部して入るかどうか迷っていた井上君と相談して陸上部に入ることにしました。井上君は中1で180cmあったので2人でバレー部に誘われましたが、何となく結局楽そうな陸上部にしました。あのときバレー部に入っていたら父の後輩になっている所でした。そう、父も目黒十中でバレー部でした。その頃、男子バレーは大人気だったそうです。目黒十一中に木村という選手がいたそうで、小学校が一緒だった父は木村、木村と呼び捨てにしていましたが、なんとミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得し数年前までバレーボール協会の会長をされていた木村憲治さんのことでした。陸上部では短距離をやりました。とにかくタイムを出すことがゴールなのでストイックに繰り返し練習することが重要になるのですが、記録が伸びないこともあり私には単調すぎたため高校になったら小学校の時に想っていたように野球かサッカーをやろうと決めていました。

2019-11-24

アニメ映画、市民駅伝

去年もこの時期に似たようなエントリーを行いましたが、今年も恒例の市民駅伝が無事終了しました。去年と同じ1区を走ることになったので、前回の反省を活かしてスタートから飛ばしましたが初めの500mほどで失速してその後は我慢のレースになってしまいました。後半はヘロヘロになり一気にペースが落ちてしまいました。ただ、距離が前回から400m短くなったので何とか目標タイム以内に収めることができ、他のメンバーに迷惑をかけずに済みました。1区の区間距離2.9kmが正しいとするとキロ4分7秒ペースで走ったことになります。前回は4分16秒ぐらいだったので少しは良かったのでしょうか。練習ではこのタイムでは走れなかったのでやはり本番のレースでは気合が入って無茶しているようです。毎年レース後に来年はもう少し練習しようと思うのですがいつも10月になって焦り始めて何とかごまかしごまかしで走っているので改善しないといけないですね。とはいえ、あまりプレッシャーになるのも良くないので体調管理もかねて気長に取り組みたいと思います。走り過ぎるとケガの危険もあるので。

駅伝の後は子供が楽しみにしていた『アナと雪の女王2』を家族で見に行きました。前作はDVDで子供と何度も見たので興味深く見ました。子供も大人も楽しめるアニメミュージカルでした。個人的には前作よりも面白かったです。ミュージカルと言えばCATSの映画が近日公開されるそうです。アニメではなく実写とのこと。もし機会があれば観てみようと思います。とはいっても最近は子供が見たいものしか劇場では見ていませんが。先月は去年同様、子供のお友達のパパにチケットを融通してもらってプリキュアの映画を子供2人パパ2人で観に行きました。去年は歴代のシリーズキャラクター全員集合の豪華版だったので圧倒されましたが、今年は何故か途中で眠くなって寝てしまいました。チケットもらったのに悪いことしました。ただ、子供たちは楽しかったようで良かったです。来年は小学生なのでプリキュアの映画に行くことはもうない気がします。

2018-11-28

アニメ映画、高尾山、市民駅伝

久しぶりの投稿です。この間、子供とお友達とそのパパと4人でプリキュアの映画を見に行ったり、保育園のクラス会で高尾山に行ったり駅伝に出たりしていました。プリキュアは上の子もこの頃に保育園の友達と映画に行ったなあと感慨深かったです。あの頃(7年ほど前)は立川から東村山のイオンモールにまで行ったけど今回は調布に新しくシネコンができたのでバスで調布まで行きました。お友達のパパが仕事の関係でチケット融通してくれたのでタダで観れました。上の子のときはハートキャッチプリキュアでしたがそれ以外にも歴代のシリーズキャラクタが全員集合しており声優さん集めるだけでも大変なのではと思いました。終盤に各シリーズのテーマ曲がメドレーで流れるところは特に力が入っている演出で印象深かったです。現行シリーズのHugっと!プリキュアでは以前に知り合う機会のあった東映のアニメーター・アニメーション監督がいまも活躍されているようで懐かしく感じました。

2018-10-19

今年の将門ハーフは出場断念

毎年健康診断代わりに7年連続で出場していた坂東市いわい将門ハーフマラソン大会ですが、今年は家族の集まりがあるため出場を取りやめることにしました。エントリー代がもったいないけど家族優先です(当然です、ハイ)。私は中学生の時は陸上部でしたが短距離が専門で長距離はいつも横っ腹が痛くなるので嫌いでした。高校で野球部の時も合宿などではなぜか長距離を延々と走らされた記憶がありますがその頃はタイムは気にせずマイペースで走ることを意識していました。大学・大学院のころもたまに気分転換に家の周りをジョギング程度で走っていました。子供が生まれてからはあまり走ることは無かったのですが、7年前に保育園のパパ友たちに誘われて市民駅伝に出ることになったためその練習を兼ねて(なぜか)ハーフマラソンを走ろうということでわざわざ都内から茨城県の坂東市にまで遠征しました。駅伝の区間は3キロ程度なので21キロも走る準備などしていなかったので初めて走った時は「撃沈」しました。初めの10キロぐらいは順調に周りについて行ったのですが、12キロあたりから脚が急に動かなくなりそれからは罰ゲームのようなレースでした。17キロあたりから歩く人がちらほらいたので、「歩いていいんだ~」と甘い誘いに乗っかるように給水時に少し歩くとその後走り出すのが大変でした。最後までホントしんどかったです。結局、初めてのハーフマラソンのタイムは 2:24:35 でした。

今思い出したのですがアメリカに居た頃、たしか2001年に一度ボストンマラソンを走りました。あの爆破事件があったのでいまでは無理でしょうが、当時はエントリーしなくても勝手に自分でゼッケンのような名札を付けて走ってもOKだったので、その時も誘われるままにぶっつけで走りました。何とか完走できたもののあれはハーフマラソンよりきつかったです。まだ若かったので初めの20キロぐらいは地元のランナーズクラブのTシャツを着た人について順調に走っていたのですが、途中から付いていけなくなり30キロあたりで足がつりそうになり、35キロぐらいの市街地の坂道でとうとうふくらはぎがつってしまいそれ以降はほぼ歩きながらで何とかゴールしました。タイムは5時間半ぐらいでした。その日のうちにNYにバスで帰りましたが地下鉄の階段がつらかったです。翌日右足親指の爪がはがれてしまいました。