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2022-11-24

2022 World Cup 日本 vs ドイツ 2-1

 昨夜行われた2022年W杯の大事な初戦、見事あのドイツに勝利。選手・スタッフのみなさん素晴らしい試合をありがとう! 勇気を持ってチャレンジするとの言葉通り後半の攻撃的なシステム変更には痺れました。攻撃的な三笘と伊東がウィングバックに入るなんてオプションあるんか~、最初からゆっといてくれや~、と応援している私にとっても驚きだったので、対戦相手のドイツは当然混乱したことでしょう。森保監督の采配がズバリと当たりました。前半終了時点では、あ~これはヤバい(負ける)なという内容でハーフタイムには部屋掃除&食器洗いをして気持ちを切り替えました。

後半始まって3バックになって長友と酒井がウィングバックに上がってから流れが変わりました。後半12分に長友と三笘、FWの前田大然と浅野が交代。後半26分に中盤で走り回っていたボランチの田中碧と堂安が交代。この時、2列目の鎌田が引き気味になり伊東の位置に堂安が入り伊東と浅野の2トップになりました。これでチャンスも作れたのでこのままいくかと思いましたが、酒井負傷のため後半29分に南野と交代。アクシデント的な要素もあったと思いますが、他に負傷者が出るかもしれない中、最後の一枚の交代枠を使い切る思い切りの良さに驚きました。そして、このリスクをとった選択が得点につながりました。

右ウィングバックの酒井の位置に伊東が下がり、浅野が1トップになり南野、堂安が左右のウィングに入りました。臨機応変なポジションチェンジに対応できる伊東のポリバレント性と最後まで衰えないスピードには感服しました。田中碧が抜けてからほぼ1人でボランチをこなしていた遠藤の球際の強さ、中盤のバランスを取っていた鎌田のポジショニング、三笘のクレバーなキープ力、南野の守備の意識、前線からプレスをかけ続けた浅野と堂安。前半では前線が孤立していましたが後半30分以降は全員が連動していました。最後まで負傷しながらも守り切ったバックス陣、板倉、吉田、冨安。そしてキーパー権田のスーパーセーブが無ければ勝ちきることはできなったでしょう。

2021-10-31

No sports, no life

 今日は雨でナイターテニスができません。時間ができたのでこれまでのスポーツとの関わりについてざっと書いてみようと思います。私にとってはスポーツとは球技です。小学校でのドッジボールや放課後にやる友達との野球とサッカーが大好きでした。球技をするまではメンコとかプラモデル、団子作り、プロレス観戦、蝉取りなど一過性のイベントにに夢中でしたが、小学校3年生の時に木製バットとミズノのグローブを買ってもらってからは野球、4年生の時にサッカーボールを買ってもらってからはサッカーが楽しかったです。同じマンションで仲の良かったしんちゃんとしんちゃんのお兄ちゃんたちと野球やサッカーを学年関係なく一緒にワイワイ遊んだり、5,6年生からは同級生の友達と放課後に遊んだりして、どんどん友達が増えました。野球の上手い子たちが少年野球チームに入っているので自分も入りたいと一度母に頼みましたが、うちはムリやという感じでそっけなかったです。今考えると母も自分のテニスで忙しかったので子供の遊びにかまってられなかったのでしょう。その代わり、休日によくテニスコートに連れて行かされました。母も罪悪感があったのか一度コートでテニスさせられましたが、私としては野球がしたかったので反抗の意味も込めてホームラン狙いのスイングをしていると呆れられてそれ以来コートには入れてもらえませんでした。4年生からは神戸FCのコーチの方がボランティアで登校前に早朝サッカーのレッスンをしてくれたのでそこに通うようになりました。しんちゃんが熱心に練習するので私も一緒になってやっていました。休みの日には外大グラウンドで早朝ランニングにいったり、夜にマンションの駐車場でドリブル練習をしました。しんちゃんは一人でもやっていたようでどんどん上手くなっていました。(その後、高校では兵庫県選抜に入り大学はサッカーで関学に行ったそうです!)今ではクラブチームに入っている子が多いでしょうけど私たちの頃は殆んどの子は放課後に公園でサッカーして遊びながら体力をつけていました。サッカーやらないときは野球をしていました。私はどちらも好きで中学になったらサッカーか野球かどっちにしようかなあなんて考えていました。

 多分しんちゃんがサッカーやるから自分もサッカーかななんて思っていましたが、なんと中学から東京に引っ越すことになってしまいました。中学ではサッカー部に入るつもりでしたが当初は越境通学で早朝練習に参加できないため一緒に仮入部して入るかどうか迷っていた井上君と相談して陸上部に入ることにしました。井上君は中1で180cmあったので2人でバレー部に誘われましたが、何となく結局楽そうな陸上部にしました。あのときバレー部に入っていたら父の後輩になっている所でした。そう、父も目黒十中でバレー部でした。その頃、男子バレーは大人気だったそうです。目黒十一中に木村という選手がいたそうで、小学校が一緒だった父は木村、木村と呼び捨てにしていましたが、なんとミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得し数年前までバレーボール協会の会長をされていた木村憲治さんのことでした。陸上部では短距離をやりました。とにかくタイムを出すことがゴールなのでストイックに繰り返し練習することが重要になるのですが、記録が伸びないこともあり私には単調すぎたため高校になったら小学校の時に想っていたように野球かサッカーをやろうと決めていました。

2021-08-12

東京オリンピック2020終了

 8/8に終了しました。都民として一度現地で観戦したかったですが、残念ながら無観客での開催でした。途中で観客入れるかなぁなんて期待しましたがダメでした。オリンピックでしか観ることのない競技も多く、週末は山へ行かずにテレビ観戦しました。野球、サッカー、テニス、陸上は経験があるので興味深く見ました。また球技全般が好きなので卓球、バレー、バスケも一部見ました。個人的な感想ですがオリンピックや球技大会と言えばバレーが一番盛り上がるので日本バレーが早く復活してくれると嬉しいです。

今回、テニスでは錦織選手が男子シングルスで3大会連続でベスト8まで勝ち上がるという快挙を成し遂げましたが、あまり報道されていなくて残念でした。またテニスのトップ選手たちの試合もあまりテレビでやっておらず、NHKのビデオでいくつかフォローしました。卓球、バドミントンなど他のラケットスポーツと比較しても今回テニスがあまり取り上げられなかったのには何か理由があったのでしょうか?(有明での松岡修造さんのアツい応援が観たかったです。)それにしても卓球の混合ダブルスの金メダルはすごかった。ドイツ戦の崖っぷちから勝ち上がったのは奇跡的でした!

野球は初戦のドミニカ戦が接戦で危なかったですが、それ以降は所々にバントを入れて短期決戦で負けない野球に徹していたので心強かったです。一度勝ったアメリカとまた決勝で当たるという変則的なトーナメント方式には興醒めでしたが、念願の金メダルを取れたのは素晴らしかったです。今後オリンピックで野球の開催は当分なさそうですが、WBCなどの国際大会で本気のアメリカと対戦する機会が設けられることを期待します。

サッカーはあと少しでメキシコ大会の銅メダルに並ぶところでしたが、残念ががら4位でした。銅メダルの壁を超えるのはいつになるのでしょうか?近いような遠いような。グループリーグは3連勝と完璧な勝ち上がりでしたが、決勝トーナメントに入り守り重視になって点が取れなくなったのが残念でした。ニュージーランドにPK戦で勝ったこともあり、点を取られなければ負けないという意識が強くなりすぎた気がします。準決勝のスペイン戦では0-0なのに1-0で勝っているような試合展開をしていたので、どういうこと!?とテレビにツッコんでしまいました。監督がディフェンス出身ということもあるのでしょうが、あれでは見ている方もやっている方も面白くありません。もっと前からボール取りに行って攻めて欲しかったです。オーバーエイジの3人ともディフェンスの選手だったので守り重視になるのは仕方がないのでしょうが、PK戦狙いなのが見え見えでフォワード出身(といっても学校の体育祭や草サッカーでの話ですが)の私からすると歯がゆくて仕方ありませんでした。もっと前からプレス行けなかったのかな~。フォワード出身のオシム監督だったら違ったのにな~、なんて思いながら観ていました。失点シーンでのディフェンダーのミスが指摘されていますがあれは守備のミスではなく、ゲームプランのミス。前線がプレスに行っていなかったことからくるディフェンダー陣の疲労の蓄積によるものです。むしろ、守備陣はあの時間までよく頑張ったと思います。3位決定戦では先に不運なPKを取られて試合巧者の相手にリズム良くプレーさせてしまったので仕方ありません。三笘選手の得点はさすがでした。ただ、あれほどプレーできるのになぜスペイン戦で三笘選手をベンチにすら置かなかったのか私にはよく理解できませんでした。メダルが掛かっていたので少し批判的になってしましましたが、全体的にはよく健闘したと思います。

2021-08-02

2021年夏の家族旅行2:白神山地、平泉

 前回の続きです。国道102号で十和田湖から弘前まで。山道を抜けると後は走りやすい道でした。眼前に雄大な岩木山を仰ぎながらのドライブです。弘前市内を抜けて白神山地ビジターセンターへ。途中でガソリンスタンドのお兄ちゃんがビジターセンターの隣の道の駅「ビーチにしめや」のソフトクリームが美味しいと教えてくれたので、寄ってみました。確かにおいしかったです!山なのにビーチってと思いましたが、beechって「ブナ」のことなのね。隣のビジターセンターで英語の冊子みて分かりました。ビジターセンターのシアターで「南極の恐竜」というビデオが上映されるというので、子供が観たがりましたが40分もあるというので諦めさせるのが大変でした。白神山地についての上映なら観たのですが。生憎タイミングが合いませんでした。

道の駅ビーチにしめや

道の駅から岩木山方面

2021-05-02

バルガス・リョサのこと

午前中、愛車のNMAXで市内の図書館めぐり。

バイク置き場に困らなかったので助かりました。緊急事態宣言下で机は利用不可。南部図書館に併設されているアジア・アフリカ図書館にも寄りました。南部図書館で市内図書館の利用カードを更新してもらい気になった本『水を得た魚―マリオ・バルガス・ジョサ自伝』(寺尾隆吉 訳)


を借りました。二段刷りで500ページもあったので、訳者あとがきだけを立ち読みして済ますつもりでしたが何故か自宅まで持ってきてしまいました。訳者あとがきで『緑の家』


2018-07-20

シジュウカラが我が家にやってきた5:そして突然の巣立ち

順調に餌やりを継続し、雛の声もだんだんと大きくなってきたシジュウカラの子育て。家族の挨拶が「おはよう」、「だだいま」ではなくなり「しっちゃんどうしてる?」、「てぃっくんいたよ!」などとなってきました。6/9にシジュウカラが巣箱に飛来してきてもう一月経ちました。巣箱の中でヒナも騒がしくなっています。もうそろそろ巣立ちかなとソワソワしてきたので三連休の初日7/14(土)には慣れない障子の張り替え、家庭菜園の草むしり、ソーラーパネルの設置準備などの作業をしながら、しっちゃん、ていっくん、雛達の声に聞き耳を立てていました。7/15, 16は受験生の長女が集中できないから下の子と実家に行ってくれとの妻からの(断れない)要請を受けたため後ろ髪を引かれる思いで一泊二日で鎌倉に行ってきました。

15日の夕方に海に行きました。だいぶ前に潮干狩りした際に購入した熊手をもって砂浜を掘ってみましたが、アサリ、ハマグリの時期は過ぎていて小さなハマグリしか見つかりませんでした。16日はワールドカップの決勝戦をテレビ観戦後、渋滞回避のため昼前に自宅に帰りました。決勝戦は4対2でフランスが勝ち、クロアチアが準優勝でした。モドリッチが大会MVP、この日は残念でしたがクロアチアは走れるし、技術力も高く、なにより選手一人一人のハートの強さが印象的な素晴らしいチームでした。特に予選リーグでアルゼンチンに快勝したのは圧巻でした!

2018-07-19

シジュウカラが我が家にやってきた4:餌やり鋭意継続中

7月10日(火)の早朝はいつにもましてシジュウカラがうるさかったので、お弁当作りのために早起きした妻が気になって覗いたところ、ネコがいたそうです。地面から1メートルぐらいのブロック塀のところに座って巣箱を見上げていたそうです。首輪をしていたから飼い猫のようで人間に慣れているのか、妻がしっしっと手で追い払ってもビクともしなかったとのこと。ジクジクジクジクと威嚇するような鳴き声をずっとあげていたのはこのせいでした。ネコがいなくなると、しっちゃん、てぃっくんとも精力的に餌やりを続けていたので安心しました(7/10)。