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2026-04-11

中学校入学おめでとう!

 先日の水曜日、次女の中学校入学式がありました。長女の中学入学式は7年前か。あの時は休日だったので家族で参加できましたが、今回は平日で保護者1名だけと制限されているので妻に行ってもらいました。オンラインでライブ配信があったので雰囲気分かったので良かったです。玄関前の花。


2021-06-04

天安門事件から32年、1989年のころ

 あの天安門事件が起きてから32年、1989年私は中学3年生でしたが、今でもよく覚えています。その年は年始に昭和天皇のご崩御で元号が平成に変わり、6月4日の天安門事件、秋にはベルリンの壁崩壊、年末のマルタ会談で米ソ冷戦終結、そしてルーマニアのチャウシェスク大統領銃殺。TVを通してリアルタイムで刺激的な映像が流れてきました。

その頃、私は受験勉強で大忙しでしたが、歴史的な事件は試験に出るかもしれないということで時事問題も熱心にフォローしていました。中2までは地元の塾に通っていたのですが、なんとなく物足りなかったので中3になる直前の春休みに通学路に落ちていた大手進学塾TAPのチラシを手に八丁堀まで行ってそれらしい生徒の後を追って無料の入塾試験を受ける手続きをしました。親には事後報告でした。春期講習後なんとか上から2番目のクラスに入って新学期から八丁堀に通うことになりました。大手だけあって進度が全く違ったので追いつくのに大変でしたが、外国帰りで英語がペラペラの友達などが出来てとても刺激的でした。

5月ごろには一番上のクラスに上がれたのですが、その頃、塾長の小田先生が会社上層部と揉めたので小学部の先生と一緒に新しい塾を興すからそちらに来ないかという話になりました。私としてはみんなが行くなら当然行くでしょ!という感じで迷うことは全くありませんでした。確か上のクラスの生徒は授業料が半額になるという話もあったと記憶しています。7月には人形町の事務所のような所でホッチキス止めのプリント教材を使って授業が始まりました。それが今のSAPIX中学部の始まりです。

先生方も一年目の進学実績が今後の経営にも重要だと認識されていたのでしょう、とても熱心に教えてくれました。授業終了時間から 1, 2 時間オーバーするのは当たり前で終電間近の地下鉄で帰宅したこともあります。数学では出来るまで帰れないという問題が出て、その中には大学入試の問題もありました。たまに東大の問題も出されたりして困りました。でも何故か出来るようになるものです。英語・数学の小田先生だけでなく、数学・理科の高橋先生、英語の中山先生、社会の関戸先生、理科の石崎先生、国語の桑原先生などなどあの頃の先生方には大変お世話になりました。自分としては5教科全てで密度の濃い授業が展開されたので途中で一時期オーバーヒート気味でしたが、周りの優秀な友人に支えられて何とか乗り切った感じです。

一度、常に左側の最前列に座っていた寡黙な鬼頭君が問題が解けなかった際に拳を机に叩き付けて悔しがった様を見て自分とは気合の入り方が違うと畏れ入ったことがあります。勉強であんな風に真剣に率直に悔しがる姿は鮮烈で今でも記憶に残っています。あれだけやったのだから当然ながら最後まで上のクラスに居た人はほぼ全員志望校に合格しました。大学に入ってからあの頃仲良かった仲間と会う機会がありましたが、その際、1989年のことは高校受験と重なっていて異常に覚えているんだよなぁという大沢君の言葉に深く共感したことがあります。

2020-05-20

最近読んだ本:「フランクリンの凧」の一般化!

「フランクリンの凧」と聞いてピンとくる人は中学の時に平面幾何が好きだった人ですよね。今回はそんな人向けのエントリーです。私も中学生の時は平面幾何が好きで矢野健太郎先生の名著『幾何の有名な定理』


をよく読んだものです。今でも本棚に飾っています。平面幾何を深めていくと結局平面上の点を複素平面上で解析的に考えれば補助線などに頼らなくても機械的に平面幾何を理解できるということに気づきます。つまりガウス平面の導入です。ガウス平面は単に2次元上のデカルト座標$(x, y)$を虚数 $z= x + i y$ として考え、$x$ 座標、$y$ 座標をそれぞれ実軸、虚軸とみなすことで得られます。こうするとガウス平面上での点 $z$ を極座標表示 $z = r e^{i \th} = r ( \cos \th + i \sin \th )$ することが出来、角度 $\th$ の議論がしやすくなります。極座標表示を使うと単位円の場合($r = 1$)に $z^n = e^{i n \th } = ( \cos \th + i \sin \th )^n =  \cos n \th + i \sin n \th$ となることは容易にわかりますがこれはド・モアブルの定理と呼ばれています。この辺りの話は三角関数が出てくるので高校で習います。この頃には、三角関数の加法定理や余弦定理などを覚えることで忙しく平面幾何なんて算数だよなあなんて感じるかもしれませんが、中学生の時に知った九点円の話のようなシンプルだけどエレガントで美しい結果はやはり魅力的です。

そんな平面幾何の問題であれは何だったのだろうとたまに思い出すのが「フランクリンの凧」と呼ばれる解法で角度を求める問題です。有名な問題なので検索をかけてみると

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2004/08/post_3.html

からの一連の投稿で昔の中学生たちが活発に議論しているのを興味深く読みました。また、こちらのサイト

https://tsujimotter.hatenablog.com/entry/langley-problem

を覗いてみるとなんと素晴らしいタイトルの本が紹介されていました。斉藤浩著『ラングレーの問題にトドメをさす!―4点の作る小宇宙完全ガイド』


です(税別2700円)。少しためらいましたがアマゾンで購入しました。本が配送されるまで著者のサイトで所謂ラングレー問題あるいは4点角問題について復習しました。こちら


の証明例8で「フランクリンの凧」という通称のもとになった証明が紹介されています。類似のラングレー問題一覧ページ

https://www.gensu.co.jp/saito/challenge/index.html

から一問を適当に選んで


中学生になった気分で手を出してみました。しかし、いくら考えても全く歯が立ちません。理論物理でPhDまで取得したのに中学生の問題が解けないのか~と己を奮い立たせて頑張りましたがダメでした。仕方なく解答を見ると

2019-04-10

中学校入学おめでとう!

先月、卒業式の話をしたので入学式の記録も残しておきます。家の前のチューリップもちょうど見ごろになった先週末4/6(土)に長女の入学式がありました。


ハナミズキのつぼみも膨らんできました。


ヒイラギの新葉も出てきています。そろそろヘリグロテントウノミハムシが現れるころなので注意しないといけません。


2019-01-19

ヒトミオンザの法則とドナルド・トランプ

前回のエントリーで英語の話が出たので、少しだけ英語の話をしたいと思います。英語表現で我々日本人に悩ましいのは前置詞と冠詞の使い方です。ゲルマン系・ラテン系の言葉を母国語にするヨーロッパの人たちは同じ品詞を使っているのでこのあたりは何も考えずにできるでしょうが、東アジアの私たちにとっては概念としてわかっていても口をついて出てくるまでには訓練が必要です。前置詞と冠詞の組み合わせは慣用句として決まっているので、適当に使うとおかしな顔をされてしまいます。(つまり、話す相手にもよりますが、この人教養がないなと思われて損をしてしまいます。逆に、ちゃんと使えていれば仲間として受け入れてくれます、すこし大げさですが。)例えば、in a moment, for the moment とは言いますが、in the moment, for a moment とはネイティブは(私の知る限り)言いません。このような表現は語彙力とは関係ないので中学高校で習っていると思いますが、いざ話したり書いたりする際にはあやふやになりがちです。少なくとも私はそうでした。小さいときから英語に慣れ親しんでいたり、英語のセンスのある人は問題ないでしょうが中学校から英語を習う一般の日本人はどうすればいいのでしょうか?

2019-01-17

最近読んだ本:世界の中の日本史

最近子供の受験勉強に影響されたのか久しぶりに日本史の本を読みました。茂木誠著の『世界史とつなげて学べ超日本史』です。


話題になっているそうですが、とても良かったです!著者は予備校の世界史の先生だそうで、グローバルで科学的な視点から日本史の解説をされているので楽しく読めました。世界史の専門家ならではの知識(例えば各時代における覇権国内外の状況理解)を織り交ぜながら、これまでの教科書では断片的にしか知りえなかった日本の歴史を一貫した流れの中で理解できるように配慮してくれた力作です。教養人である皆様には是非お勧めしたいです。導入部分で最近のDNA研究が紹介され、日本人には中国人や韓国人にはほとんど見られないD2(最新の分類ではD1b)というY染色体を持つ人の割合が高い(およそ4割)ことが示されています。D2はチベット人やインド洋のアンダマン諸島の人たちにも共通するY染色体で縄文系の人たちのDNAだと考えられています。日本では縄文系の人たちと中国・朝鮮に多い弥生系の人たちとの混血が進んだようです。日本語のルーツである大和言葉と漢語(中国語)が明らかに違うことから日本には中華文明が流入する以前から縄文系の文化が発展していたことが想像できます。もうお亡くなりになりましたが言語学者の大野晋さんが大和言葉とインドのタミル語との共通点を指摘されていましたがやはりそうだったのかとの思いを強くしました。

2018-09-05

お世話になった先生方2:中学校

前回の続きです。中学校は1987年から1990年まで目黒区立第十中学校に通いました。神戸から引越してきたので標準語がすべて自分にケンカ売っているように聞こえてしまい入学早々教室で盛大にケンカして負けてしまいました。その日の下校時にケンカ相手が「君、名前なんていうの?」と声をかけて来てたので、私は「なんやこいつ」と思いながらも負けたからには逆らえないので「阿部だけど」と(できるだけ関西弁にならないように)ぎこちなく答えたところ、「オレ、佐藤、よろしくな!」とまるでさっき何もなかったかのように爽やかに言って去って行きました。私は、ポカ~ンとして「なんやあいつ、話し方なんかハガたらしいけど、まあ許しといたるわ!」と呟きながら何故か笑ってしまいました。佐藤君は学年で一番サッカーが上手く、何度か一緒にサッカーして遊ぶうちにすぐ仲良くなりました。これが私の東京生活のスタートです。

1年生の時の担任は大日方(おびなた)先生という新任の女の先生でした。日体大でバスケットをやってたらしく、バリバリの体育会系で男勝りな印象の先生でした。しゃべり方も、ちゃきちゃきの江戸っ子らしくべらんめえ調でハッキリ物を言うので私には新鮮でした。特に理不尽に怒られることもなく、生徒の話も素直に聞いてくれるいい先生でした。中学生になると教科別に先生が変わりますが、特に印象に残っているのは社会(地理)を教えてくれた有田先生です。180cmぐらいある長身ですらっとした女の先生で校舎内でもサングラスをかけていてモデルのようでした。八王子にあるバレーボールの名門校から早稲田に進まれたそうでおそらくバリバリの体育会出身だったはずですが、そのような感じは全くなく、話し方も穏やかで授業も色々なエピソードを交えてくれて興味深かったです。学生のころにバックパックをしてバンコクでチャオプラヤ川沿いの寺院に泊まった朝の風景の話をしてくれた後に、「皆さんも大きくなったら是非世界中旅行してくださいね!」とおっしゃられたことが頭から離れず、大学1年の夏に初めて1人でバンコクに行き、その後も長期休みはバックパック旅行を楽しんだすえ、それでは飽き足らず大学院は海外に行くことに決めたのはあの有田先生の言葉がキッカケだったかもしれません。授業で東欧地域を取り上げた際にはマストロヤンニとソフィア・ローレン主演の映画『ひまわり』を紹介してくれました。ウクライナの肥沃な農地に広がる画面いっぱいのひまわり、戦争で離ればなれになった男女、そして切なく心にしみる音楽、素晴らしい映画なのでぜひ見てくださいね!との言葉も忘れられません。もちろん観ましたよ!ロサンジェルスという先生の板書に真面目な生徒が教科書にはロサンゼルスと書いてますがどちらが正しいのでしょうかと指摘したときに、どっちでもいい、元々 Los Angels が正しくてこれはスペイン語で天使という意味です、スペイン語ではロスアンヘルスと言うけど英語読みするとロサンジェルスです、と教えてくれとても勉強になりました。