今回のノートでは後半でCKM(カビボ-小林-益川)行列を解説しました。先月、益川先生が亡くなられたそうです。ワインバーグに続いての訃報で一時代が過ぎ去ってしまった感じですが、標準模型は今後も素粒子物理学の古典として学び継がれるべき分野です。これらのノートが素粒子に興味のある学生あるいは一般の方々に役立てば幸いです。
μ-, τ-世代を追加してモデルを拡張する。これまでとほぼ同様に構築できるが、湯川結合の部分がより複雑になる。これによりクォーク・セクターに混合が起きる。
表記法:
(e,μ,τ)=Ei(νe,νμ,ντ)=Ni(u,c,t)=Ui(d,s,b)=Di
(NiEi)L=lLi , (UiDi)L=qLi
ただし、ここでは3世代(i=1,2,3)を考える。1世代モデルの湯川結合と同様に一般に多世代モデルの湯川結合は
Lyuk=f(e)ijˉlLiΦERj+f(u)ijˉqLi˜ΦURj+f(d)ijˉqLiΦDRj+h.c.
となる。自発的対称性の破れにより質量行列が現れる。まずはクォーク・セクターについて考えてみる。
Lmass=M(u)ijˉULiURj+M(d)ijˉDLiDRj+h.c.
物理的な粒子は質量の固有状態であるので、質量行列を対角化する必要がある。これには双ユニタリー変換 (biunitary transformations) を用いればよい。これは非対称で非エルミートな行列を対角するためのテクニックである。
M=S†MdiagT
ただし、S†, Tはユニタリー行列、Mdiagは対角行列。任意の行列はエルミート行列とユニタリー行列につねに分解できるというのがこの手法で基本となるポイントである。
M=HU
Hはエルミート行列、Uはユニタリー行列。Hはユニタリー変換Sによって対角化できる:
SHS†=Mdiag , H=S†MdiagS
→ M=S†MdiagSU=S†MdiagT
ここで、T=SU は T†T=U†S†SU=1 なのでユニタリー行列であることが確認できる。MとMdiag=mに双ユニタリー表現を使うと
Lmass=ˉULS†(u)m(u)T(u)UR+ˉDLS†(d)m(d)T(d)DR+h.c.
と書ける。クォーク場を
UR→T†(u)UR , DR→T†(d)DRˉUL→ˉULS(u) , ˉDL→ˉDLS(d)UL→S†(u)UL , DL→S†(d)DL
と再定義すると(4)は
Lmass=ˉULm(u)UR+ˉDLm(d)DR+h.c.
となる。クォーク場の再定義によりWボソンとフェルミ粒子の相互作用項が変わる。クォーク部分の相互作用は前回note05の(5)で見たように
J+μ=ˉDLγμUL⟶ˉDLS(d)γμS†(u)ULJ−μ=ˉULγμDL⟶ˉULS(u)γμS†(d)DL
となる。よって、クォークとWボソンの相互作用項は
Lq−int=−ig√2(W+μˉULiγμVijDLj+W−μˉDLjV∗ijγμULj)
ただし、
Vij=(S(u)S†(d))ij
はCKM(Cabibbo-Kobayashi-Maskawa)行列と呼ばれる。V†ij=V∗jiとなることに注意。
note05の式(8)より、電磁気カレント(のクォーク部分)は
Jemμ=23(ˉULγμUL+ˉURγμUR)−13(ˉDLγμDL+ˉDRγμDR)
明らかにこれは双ユニタリー変換(5)に影響を受けない。同様に、
J3μ=12(ˉULγμUL−ˉDLγμDL)
も双ユニタリー変換のもとで不変である。よって、中性カレントは混合項を含まない。これはGIM (Glashow-Iliopoulos-Maiani) 機構のひとつの特徴である。GIM機構では、チャーム・ストレンジクォークで構成される第2の弱いアイソスピン二重項(cs)Lを追加することで、フレーバーが変化する中性カレントを除外できる。
クォーク・ヒッグス相互作用は(1)から
Lq−H=1vˉULm(u)URη+1vˉDLm(d)DRη
で与えられる。これは明らかに対角化されている。よって、中性ヒッグス粒子はフレーバーが変化する過程を媒介することはない。
フレーバーが変化する中性散乱過程が抑えられることについての備考
1.中性カレント演算子はアップ・セクターで1に比例し、これはダウン・セクターでも同様である。つまり、
J(0)μ=J3μ−sin2θWJemμ∼(I3−Qsin2θW)
全ての u-クォークは同じ電荷とアイソスピンをもち、これは d-クォークも同様である。よって、クォークのユニタリー変換によって混合が起こることは無い。
2.クォーク・ヒッグス相互作用は質量行列の対角化によって対角化される。(なぜなら、クォーク・ヒッグス相互作用の結合定数はm/vなので。2つのヒッグス場Φ1, Φ2があり、Φ1がu-クォークとΦ2がd-クォークと個別に結合する場合にもこの対角化は適用される。しかし、あるクォークと複数のヒッグス場が相互作用する場合はこの適用されない。
Lmass∼ˉU(m1+m2)U , m=m1+m2
Lq−H∼ˉUm1Uη1+ˉUm2Uη2+h.c.
なので、m=m1+m2の対角化によりm1とm2が同時に対角化されることは無い。
CKM行列のパラメータ数え上げ
世代数をnとするとCKM行列Vijはn×nユニタリー行列である。(Vij=(S(u)S†(d))ij なので V†V=S(d)S†(u)S(u)S†(d)=1)行列成分はn2個あるが、これら全てが物理的なパラメータ(角度)ではない。例えば、対角化されたユニタリー行列Sdiag(α,ϕ)=eiαdiag(eiϕ1,eiϕ2,⋯,eiϕn), S′diag(θ)=diag(eiθ1,eiθ2,⋯,eiθn) を使って
V=Sdiag(α,ϕ)˜VS′diag(θ)
とおける。ただし、∑ϕi=0, ∑θi=0 である。というのも、もし ∑ϕi≠0, ∑θi≠0 ならこれらの和は αに吸収できるためである。クォーク場を再定義するとSdiag(α,ϕ)とS′diag(θ)を除外することができる。双ユニタリー変換(5)から
ˉUL→ˉULS†diag(α,ϕ) , DL→S′†diag(θ)DL
とおくと(6)の荷電カレントJ±μは˜Vにのみ依存する。つまり、このような双ユニタリー変換は ˉULγμUL, ˉDLγμDL に影響を与えない。影響を受ける項は(8)のLq−Hにある ˉULm(u)UR, ˉDLm(d)DR だけであるが、これらについても
UR→Sdiag(α,ϕ)UR , DR→S′†diag(θ)DR
とすればよい。これで全ての項が以前と同じに×。よって、物理的なパラメータの数は
n(˜V)=2n2−n2−2(n−1)−1=(n−1)2
となる。ここで、2n2は行列要素の実数の数、n2はユニタリー条件の数、2(n−1)は ∑ϕi=∑θi=0 の条件(クォーク状態の再定義する仕方の数)であり、最後の1はαの選択(グローバルな位相回転)を表す。
2世代の場合 (n=2):
˜Vは1つの物理的パラメータ(角)θcをもつ。これはカビボ角と呼ばれる。
˜V=(cosθcsinθc−sinθccosθc)
3世代の場合 (n=3):
˜Vは4つの物理的パラメータ(角)をもつ。一方、3×3直交行列は3つの角をもつので、1つの角が余り、これが位相となる。つまり、˜Vは実行列では表されないことが分かる。これがCP対称性の破れを導く。
CP対称性の破れについては以前「中性K粒子系と弱い相互作用でのCP対称性の破れ」というエントリー
で解説したので参考にして下さい。以下ではこれまでの流れに沿って議論します。
荷電カレント(7)の相互作用
Lq−int=−ig√2(W+μˉULiγμDLj˜Vij+W−μˉDLjγμULj˜V∗ij)
のCP対称性の破れを考えよう。ここでは簡単のため添え字のLを省略する。CP共役な場をプライムで表すと
Ui=−CU′∗i(−→x) , ˉUi=U′TCγ0Di=−CD′∗i(−→x) , ˉDi=D′TCγ0W±μ(x)−W′±μ(−→x)
(CP共役なフェルミオン場の定義は例えばこちらの式(2)を参照のこと。)これより式(10)の空間積分は
∫d3xLq−int=−ig√2∫d3x(W+μˉUiγμDj˜Vij+W−μˉDjγμUj˜V∗ij)=−ig√2∫d3x(W′+μˉU′iγμD′j˜V∗ij+W′−μˉD′jγμU′j˜Vij)
と書ける。もし V∗ij=Vij ならこの相互作用項はCP共役な場においても同じである。したがって、
V∗ij≠Vij ⟹ CP violation
2世代の場合:CP対称性の破れはない
3世代の場合:1つの位相によるCP対称性の破れが起きる
CKM行列要素の小林-益川パラメータ表示
3世代のときVijは4つの角度(物理パラメータ)を用いて次のようにパラメータ表示できる。
˜V=(c1s1c3s1c3−s1c2c1c2c3−s1s2eiδc1c2s3+s2s3eiδ−s1s2c1s2c3+c2s3eiδc1s2s3−c2c3eiδ)
ただし、ci=cosθi, si=sinθi (i=1,2,3) である。以下ではこのパラメータ表示がどのように得られるか見ていく。U(n)群の生成子を次のように定義する。
(Aab)ij=δiaδjb , a≠b (a,b=1,2,⋯,n)
Aはn×n行列とみなせる。a≠bなのでこれらは非対角成分にあたりn(n−1)個ある。対角成分の生成子Aaはn個あるので合わせてn2個の生成子を成す。ここで、ηabを複素数、αaを実数として
ω(ηab)=eηabAab−η∗abAba , ω0(α)=eiαaAa
とおくと任意のユニタリー行列は
U=ω0(α)∏a<bω(ηab)
と表せる。ここで
ηab=|ηab|eiθab
と仮定すると、
ω0(α)ω(ηab)ω0(β)=ω(|ηab|ei(αa+ηab+βb))
となる。これより、θabはω0の一部に吸収できることがわかる。実数|ηab|にとってω(|ηab|)は(a,b)-平面における実回転を与える。そのような混合角の数はn(n−1)2となる。また、(9)より残りの物理パラメータ(角)の数は(n−1)2−n(n−1)2=(n−1)(n−2)2なる。したがって、一般にユニタリー行列˜Vは
˜V=∏a<bω(|ηab|)⏟n(n−1)2個の混合角∏ω0(α)⏟(n−1)(n−2)2個の位相
と表せる。
n=3のとき、˜Vは例えば次のように書ける。
˜V=(1000c2s20−s2c2)(c1s10−s1c10001)(10001000eiδ)(1000c3s30−s3c3)
小林-益川パラメータ表示(12)はdiag(1,1,−1)˜Vから得られる。(diag(1,1,−1)がユニタリー行列であることは明らか。)
レプトン・セクターでの混合
レプトンの荷電カレントにも混合があると考えると、式(10)と同様にその相互作用項は
Ll−int=−ig√2(W+μˉNLiγμELj˜Vij+W−μˉELjγμNLj˜V∗ij)
と表せる。
NiをNi→VijNjと再定義する。通常これは質量項に問題を来す。例えば、ˉNmN→ˉN(V†mV)Nとなり、mは対角化されていてもVと可換ではない。標準模型の場合、ニュートリノは質量ゼロなので、この再定義でも問題はなく、レプトン・セクターで混合は消失する。しかし、現実にはニュートリノは微小ではあるが質量を持つので、レプトンの荷電カレント相互作用(13)にも混合が存在する。
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