前回のエントリーの最後に$K^0$メソンの$CP$変換が
\[
K_{CP}^{0} = - \bar{K^0} \, , ~~~~ \bar{K^0}_{CP} = - K^0
\tag{1}
\]
となることをさらっと紹介しました。しかし、厳密には$K^0$メソン場(擬スカラー場)の定義に含まれる自由度から$CP$変換に起因する位相$\eta_K$が生じるため、$K_{CP}^{0} = \eta_K \bar{K^0} \, , ~ \bar{K^0}_{CP} = \eta_K^* K^0$となる。ただし、文献では慣習的に$\eta_K =1$あるいは$\eta_K = -1$が採用される。以下では、復習もかねてナイアの教科書(基礎編の326ページ)
\[
K_{CP}^{0} = - \bar{K^0} \, , ~~~~ \bar{K^0}_{CP} = - K^0
\tag{1}
\]
となることをさらっと紹介しました。しかし、厳密には$K^0$メソン場(擬スカラー場)の定義に含まれる自由度から$CP$変換に起因する位相$\eta_K$が生じるため、$K_{CP}^{0} = \eta_K \bar{K^0} \, , ~ \bar{K^0}_{CP} = \eta_K^* K^0$となる。ただし、文献では慣習的に$\eta_K =1$あるいは$\eta_K = -1$が採用される。以下では、復習もかねてナイアの教科書(基礎編の326ページ)
に沿って$K^0 = i {\bar s} \ga_5 d = i s^\dagger \ga_0 \ga_5 d$の$CP$変換を具体的に計算してみよう。フェルミオン場(スピノール)$\psi$の$CP$変換を$\widetilde{\psi}$とおくとこれは
\[
\psi ( x^0 , \vec{x} ) = C \widetilde{\psi}^* ( x^0 , - \vec{x} )
\tag{2}
\]
で定義される。ここで$C$は荷電共役行列でありガンマ行列を用いて
\[
C^{-1} \ga_\mu C = - \ga_{\mu}^{T}
\tag{3}
\]
で定義される。ガンマ行列として良く使われるもの
\[
\ga_0 =
\left(
\begin{array}{cc}
1&0 \\
0&1 \\
\end{array}
\right) \, , ~~
\ga_i =
\left(
\begin{array}{cc}
0& \si_i \\
- \si_i & 0 \\
\end{array}
\right)
\tag{4}
\]
($i = 1,2,3, ~~ \si_i$はパウリ行列)を選ぶと
\[
C = i \ga_0 \ga_2 \, , ~~~~ C^\dagger = C^{-1} = - C
\tag{5}
\]
C = i \ga_0 \ga_2 \, , ~~~~ C^\dagger = C^{-1} = - C
\tag{5}
\]
となる。以下では時間変化を考えないので$x^0$は省略する。また表記上の理由から$s = \psi_s$, $d = \psi_d$とする。($s$のままだと$CP$変換が$\widetilde{s}$となってしまい、${\bar s}$と区別がつきにくいため。)$\psi_s(\vec{x}) = C \widetilde{\psi_s}^* ( - \vec{x} )$, $\psi_d (\vec{x}) = C \widetilde{\psi_d}^* ( - \vec{x} )$となるので$K^0 = i {\bar \psi_s} \ga_5 \psi_d $は次のように書き換えられる。
\begin{eqnarray}K^0 (\vec{x}) & = & i \psi_s^\dagger (\vec{x}) \ga_0 \ga_5 \psi_d (\vec{x}) \\
&=& i \widetilde{\psi_s}^{T} ( - \vec{x} ) C^{-1} \ga_0 \ga_5 C \widetilde{\psi_d}^* ( - \vec{x} ) \\
&=& - i \widetilde{\psi_s}^{T}( - \vec{x} ) \ga_0^T \ga_5^T \widetilde{\psi_d}^* ( - \vec{x} ) \\
&=& i \left( \widetilde{\psi_d}^\dagger \ga_5 \ga_0 \widetilde{\psi_s} \right) ( - \vec{x} ) \\
&=& - i \left( \widetilde{\psi_d}^\dagger \ga_0 \ga_5 \widetilde{\psi_s} \right) ( - \vec{x} ) \\
&=& - \bar{K^0}_{CP} ( - \vec{x} )
\tag{6}
\end{eqnarray}
ただし、上式では${\bar \psi_s} = \psi_s^\dagger \ga_0$, $\psi_s \psi_d = - \psi_d \psi_s $, $\ga_5 = i \ga_0 \ga_1 \ga_2 \ga_3$, $\ga_0 \ga_5 = - \ga_5 \ga_0$などの関係式を用いた。同様にして
\[
\bar{K^0} (\vec{x}) = - K^{0}_{CP} ( - \vec{x} )
\tag{7}
\]
となる。また${K^0}^* = \bar{K^0}$である。
つぎに、$K^0$, $\bar{K^0}$を場の演算子として中性$K$粒子系を直接記述する低エネルギー有効ラグランジアン
\[
{\cal L}_{eff}^{K^0 \bar{K^0}} = \d_\mu K^0 \d_\mu \bar{K^0}
- 2 \al K^0 \bar{K^0} + \bt K^0 K^0 + \bt^* \bar{K^0} \bar{K^0}
\tag{8}
\]
を考えよう。ここで$\al$は主に強い相互作用によって決まる実係数である。これは$K^0
\bar{K^0}$の項が$s$クォークの数を保存することから予測できる。一方、ラグランジアンがエルミート共役であることから$\bt$は複素係数でありこれは主に弱い相互作用によって決まる。というのも、$K^0 K^0$, $\bar{K^0} \bar{K^0}$は$s$クォークが$|\Del s| = 2$だけ変化する過程に対応するためである。第一項$\d_\mu K^0 \d_\mu \bar{K^0}$は運動項であり、その作用は$CP$不変である。つまり、
\[
S_{kin} (K^0 , \bar{K^0} ) = \int d^4 x \d_\mu K^0 \d_\mu \bar{K^0} =
\int d^4 x \d_\mu \bar{K^{0}}_{CP} (- \vec{x}) \d_\mu K_{CP}^{0} (- \vec{x}) = S_{kin} (K_{CP}^{0} , \bar{K^{0}}_{CP})
\]
となる。全項を含めた有効作用$S_{full} = \int d^4 x {\cal L}_{eff}^{K^0 \bar{K^0}}$は$(1)$あるいは$(6,7)$から
\[
S_{full} (K^0 , \bar{K^{0}} , \al , \bt ) = S_{full} (K_{CP}^{0} , \bar{K^{0}}_{CP} , \al , \bt^* )
\]
となることがわかる。したがって、$\bt$が実数なら有効作用は$CP$不変となり、$CP$対称性の破れは$\bt$の虚部に起因する。$\al, \, \re \bt , \, \im \bt$はそれぞれ強い相互作用、 $CP$不変な弱い相互作用、$CP$対称性を破る弱い相互作用を表すパラメータなので、これらの関係性は
\[
\al \gg | \re \bt | \gg |\im \bt |
\tag{9}
\]
となると予想される。
有効ラグランジアン(8)の質量項は
\[
\left(
\begin{array}{cc}
\bar{K^{0}} & K^{0} \\
\end{array}
\right)
\left(
\begin{array}{cc}
\al & - \bt^* \\
- \bt & \al \\
\end{array}
\right)
\left(
\begin{array}{c}
K^{0} \\
\bar{K^{0}} \\
\end{array}
\right)
\tag{10}
\]
と書ける。行列の固有値は
\[
\la = \al \pm \sqrt{ \bt \bt^*}
\tag{11}
\]
となり、対角化行列として
\[
P =
\left(
\begin{array}{cc}
- \frac{\sqrt{\bt^* }}{|\bt |} & \frac{\sqrt{\bt^* }}{|\bt |} \\
\frac{\sqrt{\bt}}{|\bt |} & \frac{\sqrt{\bt}}{|\bt |} \\
\end{array}
\right)
\]
を取ることができる。ただし、$|\bt | = \sqrt{\bt \bt^*}$である。対応する質量固有状態を$(K_1 ~ K_2 ) = (\bar{K^{0}} ~ K^{0} )P$で定義すると
\begin{eqnarray}
K_1 &=& \frac{\sqrt{\bt} K^0 - \sqrt{\bt^*} \bar{K^{0}}}{|\bt|} \\
K_2 &=& \frac{\sqrt{\bt} K^0 + \sqrt{\bt^*} \bar{K^{0}}}{|\bt|}
\tag{12}
\end{eqnarray}
となる。これらの状態が束縛を受けないとするとそのラグランジアンは
\[
{\cal L}_{eff}^{K_1 K_2} = \hf \d_\mu K_1 \d_\mu K_1 + \hf \d_\mu K_2 \d_\mu K_2 - \hf \la_+ K_1 K_1 - \hf \la_- K_2 K_2
\tag{13}
\]
と書ける。これらの固有状態の質量差(正確には質量の2乗の差)は固有値$(11)$の差から生じので、$\Del m^2 = 2 m_K \Del m = 2 |\bt |$で与えられる。観測によるとこの値は
\[
\Del m \simeq 3.5 \times 10^{-12} \, MeV \, , ~~~~~~ m_K \simeq 497 \, MeV
\]
で与えられる。$CP$対称性の破れは$\bt$の虚部に由来するのでこの値は基本的に$\re \bt$で決まることに注意されたい。そこで$\bt = b (1 + i \ep )$とおく。ただし、$b$は実数、$\ep \ll 1$とする。このとき
\begin{eqnarray}
\sqrt{b} K_1 & \simeq & ( K^0 - \bar{K^{0}}) + i \frac{\ep}{2} ( K^0 + \bar{K^{0}})
\\
\sqrt{b} K_2 & \simeq & ( K^0 + \bar{K^{0}}) + i \frac{\ep}{2}( K^0 - \bar{K^{0}})
\tag{14}
\end{eqnarray}
となる。
冒頭(1)の結果より$( K^0 - \bar{K^{0}})_{CP} = ( K^0 - \bar{K^{0}})$, $( K^0 + \bar{K^{0}})_{CP} = - ( K^0 + \bar{K^{0}})$なので、$CP$対称性の破れがなければ$K_1$, $K_2$状態の崩壊過程はそれぞれ$CP$ $+1$, $-1$のものに限られる。$K$メソン崩壊過程の終状態は$\pi$メソンで表される。$\pi^+ \sim {\bar d} \ga_5 u$, $\pi^- \sim {\bar u} \ga_5 d$, $\pi^0 \sim \frac{1}{\sqrt{2}} ( \bar{u} \ga_5 u - \bar{d} \ga_5 d )$であることから$\pi$メソン$のCP$変換は$K$メソンと同様なので、$\pi$メソン2つ ($\pi^0 \pi^0$, $\pi^+ \pi^-$) の終状態の$CP$固有値は$+1$、$\pi$メソン3つ ($\pi^0 \pi^0 \pi^0$, $\pi^+ \pi^- \pi^0$) の終状態の$CP$固有値は$-1$となると考えられる。ただし、厳密には$\pi^+ \pi^- \pi^0$の場合は$CP$固有値は$(-1)^{I_{3 \pi} }$で与えられる。ここで、$I_{3 \pi} = 0,1,2,3$は$pi^+ \pi^- \pi^0$系のアイソスピンであり、系の角運動量はゼロと仮定した。しかし、$I_{3 \pi} = 0, 2$となるのは$3\pi$系が内部軌道角運動量をもつ場合に限られるため$( K^0 - \bar{K^{0}})$が3つの$\pi$メソンに崩壊することは稀であるがその可能性は否定できない。一方、$( K^0 + \bar{K^{0}})$はその$CP$固有値から3つの$\pi$メソンに崩壊するが、2つの$\pi$メソン崩壊できないことがわかる。したがって、$K^0 \bar{K^0}$系の$CP$対称性の破れは$K_2$の質量固有状態が2つの$\pi$メソン状態に崩壊するかどうかを調べることで確認できる。このあたりの詳細については日本の教科書だけでは分かりづらいので興味ある方はLangacker先生の教科書(380ページ)
を参照にしてください。実際に上述のような$CP$対称性の破れを示す崩壊過程が実験で観測されており、$K_2$の全ての崩壊過程における$2 \pi$状態への崩壊比率は
\begin{eqnarray}
\frac{ \Ga (K_2 \rightarrow \pi^{+} \pi^{-} ) }{ \Ga (K_2 \rightarrow {\rm anything} ) } &=& 2.0 \times 10^{-3}
\\
\frac{ \Ga (K_2 \rightarrow \pi^{0} \pi^{0} ) }{ \Ga (K_2 \rightarrow {\rm anything} ) } &=& 8.7 \times 10^{-4}
\tag{15}
\end{eqnarray}
となる。これより$K^0 \bar{K^0}$系において$CP$対称性の破れは$10^{-3}$のオーダーで発生していることがわかる。なお、(14)式で定義した$\sqrt{b}K_1$, $\sqrt{b}K_2$は一般には$K_S$, $K_L$と表記される。
最後に前回エントリーの式(2)で出てきたクォークレベルでの相互作用
\[
{\cal L}_{int} = - \frac{g}{\sqrt{2}}
\left( W^{+}_{\mu} \bar{U}^{i} \ga_\mu \frac{1 - \ga_5}{2} D^{j} V_{ij} +
W^{-}_{\mu} \bar{D}^{j} \ga_\mu \frac{1 - \ga_5}{2} U^{i} V_{ij}^{*} \right)
\tag{16}
\]
に戻って、その$CP$変換を考えよう。上記(6)式と同様に
\begin{eqnarray}
\bar{U}^{i} \ga_\mu (1 - \ga_5) D^{j} V_{ij}
&=&
\left[ \widetilde{U^{i}}^{T} C^{-1} \ga_0 \ga_\mu (1 - \ga_5) C \widetilde{ D^{j}}^{*} \right]_{- \vec{x}} V_{ij} \\
&=&
\left[ \widetilde{U^{i}}^{T} \ga_0^T \ga_\mu^T (1 - \ga_5)^T \widetilde{ D^{j}}^{*} \right]_{- \vec{x}} V_{ij} \\
&=&
- \left[ \widetilde{ D^{j}}^{\dagger} (1 - \ga_5) \ga_\mu \ga_0 \widetilde{U^{i}} \right]_{- \vec{x}} V_{ij} \\
&=&
- \left[ \widetilde{ D^{j}}^{\dagger} \ga_\mu \ga_0 (1 - \ga_5) \widetilde{U^{i}} \right]_{- \vec{x}} V_{ij} \\
&=&
\left\{
\begin{array}{ll}
- \left[ \bar{\widetilde{ D^{j}}} \ga_0 (1 - \ga_5) \widetilde{U^{i}} \right]_{- \vec{x}} V_{ij} & ~~~~(\mu = 0 ) \\
\left[ \bar{\widetilde{ D^{j}}} \ga_k (1 - \ga_5) \widetilde{U^{i}} \right]_{- \vec{x}} V_{ij}& ~~~~(\mu = k = 1,2,3 ) \\
\end{array}
\right.
\tag{17}
\end{eqnarray}
と書ける。また、ディラック・ラグランジアン $\bar{\psi} i \ga \cdot ( \d - i A ) \psi$ が$CP$不変であることからゲージ場の$CP$変換は
\[
W_k^+ (\vec{x} ) = \widetilde{W_k}^{-} ( - \vec{x}) \, , ~~~
W_0^- (\vec{x} ) = \widetilde{W_0}^{-} (\vec{x} )
\tag{18}
\]
($k = 1,2,3$)で与えられる。これらより(16)の1項目は(係数を除いて)
\[
W_\mu^+ \bar{U}^{i} \ga_\mu (1 - \ga_5) D^{j} V_{ij}
= \left[ \widetilde{W_\mu}^{-} \bar{\widetilde{ D^{j}}} \ga_\mu (1 - \ga_5) \widetilde{U^{i}} \right]_{- \vec{x}} V_{ij}
\tag{19}
\]
となることがわかる。複素共役項との和をとるとクォークレベルのラグランジアン(16)に対応する作用$S_{int} = \int d^4 x {\cal L}_{int}$は
\[
S_{int} ( U, D , W , V) = S_{int} (\widetilde{U} , \widetilde{D} , \widetilde{W} , V^* )
\tag{20}
\]
となることがわかる。これは$V \ne V^*$なら作用が$CP$対称性を破ること示している。クォークが3世代あるとき$V_{ij}$の全ての要素が実数であるとは限らない(小林・益川モデル)ので、式(20)の結果から$K^0 \bar{K^0}$系に現れる弱い相互作用で$CP$対称性が破れることが標準模型の枠組みでも保証されていることが分かった。
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