2021-08-03

ワインバーグ・サラム理論 note03: 1世代モデル

 前回からの続き。新しいタイプのフェルミ粒子がないとすると、フェルミ粒子の基本構成は
\[\begin{matrix} \nu_e & \nu_\mu & \nu_\tau \\ e & \mu & \tau \\ u & c & t \\ d & s & b \end{matrix} \]
で与えられる。

第1世代 $( \nu_e , e, u, d )$ だけを使って、後知恵ではあるが、数学的に矛盾のないモデルを構成できることが知られている。

備考:
(a) もし新しいフェルミ粒子が導入されると別の可能性がある。例えば、$O(3) \rightarrow U(1)_{em}$となるGeorgi-Glashow模型があるが、これは中性カレントの発見により除外された。
(b) $s$クォークを$u, d$クォークと同様に扱ってみることもできるが、ストレンジネス($s$クォークのこと)が変化する中性カレントが存在しないことからその可能性は排除される。

まず1世代モデルを考えるが、この段階で既に、量子異常の問題を別にすると、レプトン・セクターを個別に扱えることが知られているので、ここでは $\nu_e$ と $e$ を考える。

カイラルな組み合わせ: $\nu_{e_L}= \nu_L $, $e_L$, $e_R$(質量ゼロを仮定して$\nu_R = 0$)
\[ e_L = \frac{1- \ga_5}{2} e , ~~~ e_R = \frac{1+ \ga_5}{2} e \]
自由場のラグランジアン:\( \L_0 =  - [  \bar{e}_L \ga \cdot \d \, e_L  + \bar{e}_R \ga \cdot \d \, e_R + \bar{\nu}_L \ga \cdot \d \, \nu_L] \)  

左巻きのレプトン場を$ l_L = \begin{pmatrix} \nu_L \\ e_L \end{pmatrix} $とまとめると
\[ \L_0 = - \bar{l}_L \ga \cdot \d \, l_L - \bar{e}_R \ga \cdot \d \, e_R \tag{1} \]
となる。ただし、$\bar{l}_L = l^\dagger_L \ga_0$

対称性は$U(2)_L \times U(1)_R$となる。というのも、$U^\dagger U = 1$のとき $l^\prime_L = U l_L$ でラグランジアンは不変となり、$e^\prime_R = (e^{i \al} ) e_R$が$U(1)_R$を定義するため。$U(2)_L \sim SU(2)_L \times U(1)_L$なので対称性は
\[ SU(2)_L \times U(1)_L \times U(1)_R = SU(2)_L \times U(1)_Y \times U(1)_l \tag{2} \]
$U(1)_L \times U(1)_R$の一つの組み合わせがレプトン数$U(1)_l$に対応する。もしレプトン数をゲージ固定すると電弱相互作用の群$G_W$は$SU(2)_L \times U(1)_Y$の形になる。

ここで$U(1)$群は電荷$Q$が$U(1)$生成子と$SU(2)$の$t^3$の線形結合で表されるように選ばれる。
\[ Q \cdot l_L =  \begin{pmatrix} 0&0 \\ 0&-1 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \nu_L \\ e_L \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0 \\ -1 \end{pmatrix} \]
\[ (Q - t^3) l_L =  \begin{pmatrix} -\hf & 0 \\ 0 & -\hf \end{pmatrix} l_L = -\hf l_L \]
ただし、$SU(2)_L$の生成子は$t^a = \frac{\si^a}{2}$で与えられる。$Y  = 2(Q - t^3) $を弱いハイパーチャージと呼ぶ。上記より$l_L$に施されると$Y_L = -1$となる。また弱いアイソスピン一重項である$e_R$については、$Q e_R = - e_R$なので$Y_R = -2$となる。したがって、$U(1)_Y = U(1)_{(L+2R)}$と書ける。

備考:電荷$Q$を$SU(2)_L$に完全に埋め込むことはできない。つまり、余計な$U(1)$部分をゲージ変換させずに$SU(2)_L$に埋め込めない。もしそうなれば$e_R$の電荷がゼロとなってしまうためである。

$SU(2)$の生成子$I^a$について $(a=1,2,3)$:
基本表現: $I^a = t^a = \frac{\si^a}{2}$,  $[t^a ,t^b ] = i \ep^{abc}t^c$
随伴表現: $I^a = (T^a)_{kl} = -i (\ep^a )_{kl}$

まとめるとレプトン数を別にすると利用可能なゲージ群は$SU(2)_L \times U(1)_Y$となる。

それぞれの群について次のようにゲージ場を導入する。

$SU(2)_L$: ゲージ場 $b_\mu^a$  結合定数 $g$
$U(1)_Y$:   ゲージ場 $c_\mu$  結合定数 $g^\prime$

共変微分は
\[ D_\mu \Psi  = \left( \d_\mu -i g b_\mu^a t^a - i g^\prime C_\mu \frac{Y}{2} \right) \Psi \]
となる。$\Psi$はフェルミオン場であり、具体的には
\[ D_\mu l_L  = \left( \d_\mu -i g \frac{\si^a}{2} b_\mu^a  + i \hf g^\prime C_\mu \right) l_L \]
\[ D_\mu e_R = \left( \d_\mu + i g^\prime C_\mu \right) e_R \]
レプトン・セクターの自由場ラグランジアンは
\[ \L_0 = - \bar{l}_L \ga \cdot \left( \d - ig b \cdot t + i \hf g^\prime C \right) l_L - \bar{e}_R \ga \cdot \left( \d + ig^\prime C \right) e_R \]
と表せる。

次に$b_\mu^a$と$C_\mu$の運動項を導入する。それぞれについて場の強さテンソルは
\[ F_{\mu\nu}^{a} (b)  = \d_\mu b_\nu^a -\d_\nu b_\mu^a + g \ep^{abc}b_\mu^b  b_\nu^c \]
\[ G_{\mu\nu}^{a} (C) = \d_\mu C_\nu^a -\d_\nu C_\mu^a \]
となる。ゲージ場の運動項は
\[ \L_{g} = \qu F_{\mu\nu}^{a} (b) F_{\mu\nu}^{a} (b) - \qu G_{\mu\nu}^{a} (C) G_{\mu\nu}^{a} (C) \]

クォーク・セクター

レプトンの場合と同様に$u_L$と$d_L$も二重項 $q_L = \begin{pmatrix} u_L \\ d_L \end{pmatrix} $としてまとめられる。その理由はハドロンの荷電カレントがレプトンの荷電カレントと同じ構造を持つためである。ハイパーチャージの量子数は$Q = t^3 + \frac{Y}{2}$から求まる。
\[ Q q_L = \begin{pmatrix} \frac{2}{3} & 0 \\ 0 & -\frac{1}{3} \end{pmatrix} q_L ~~~ \rightarrow ~~ Y = \frac{1}{3} \]
\[Q u_R = \frac{2}{3} u_R ~~~ \rightarrow ~~ Y = \frac{4}{3} \]
\[Q d_R = - \frac{1}{3} d_R ~~~ \rightarrow ~~ Y = - \frac{2}{3} \]
よって、クォーク・セクターの運動項は
\[ \L_q = - \bar{q}_L \ga_\mu \left( \d_\mu -igb_\mu^a t^a - i \frac{g^\prime}{6} C_\mu \right) q_L - \bar{u}_R \ga_\mu \left( \d_\mu - i \frac{2}{3} g^\prime C_\mu \right) u_R  - \bar{d}_R \ga \cdot \left( \d + i \frac{1}{3} g^\prime C \right) d_R \]
クォークは$b_\mu, C_\mu$に加えてグルーオン(強い相互作用のゲージ場)とも相互作用するが、ここでは省略する。

ヒッグス・ラグランジアン

ヒッグス・スカラー場 $\phi$ が必要な理由は (a) $G_W = SU(2)_L \times U(1)_Y$の対称性を$U(1)_{em}$へと破るためと (b) フェルミ粒子に質量を与えるためである。原理的にはこれらの役割を果たす複数のスカラー場を導入できるが最小(ミニマル)スキームでは1つのスカラー場だけで充分である。
\[ \begin{matrix} & \bra \phi \ket \ne 0  & \\ SU(2) \times U(1) & \longrightarrow & U(1)_{em} \\ \mbox{four gauge bosons $b_\mu^a$, $C_\mu$} & & \mbox{one gauge boson (photon)} \end{matrix}\]

$\phi$への要請:
(a) 真空期待値が$\bra \phi_0 \ket \ne 0$で$U(1)_{em}$対称性をみたす中性な成分が必要。
(b)3つのゲージボソンが質量をを持つので少なくとも3つ以上の成分が必要。

ミニマルなモデルとして複素$SU(2)_L$二重項 $\Phi = \begin{pmatrix} \phi^+ \\ \phi_0 \end{pmatrix}$ とハイパーチャージ$Y(\Phi) = 1$を選択できる。ただし、$Y(\Phi) = 1$となることは、$\phi_0$が$U(1)_{em}$を保存することから導かれる。(詳しくは次回note04の冒頭も参照のこと。)このとき共変微分は
\[ D_\mu \Phi = \d_\mu \Phi - ig b_\mu t \Phi - i \frac{g^\prime}{2} C_\mu \Phi \]
となりヒッグス・ラグランジアンは
\[ \L_{\Phi} = - ( D_\mu \Phi )^\dagger (D_\mu \Phi ) - V(\Phi ) \]
\[ V(\Phi ) = \la \left( \Phi^\dagger \Phi - \frac{v^2}{2} \right)^2 \]
で与えられる。

湯川結合

スカラー粒子とフェルミ粒子との最も一般的な$SU(2) \times U(1)$湯川結合は
\[ \L_{yuk} = f_{(e)} \bar{l}_L \Phi e_R +  f_{(u)} \bar{q}_L \widetilde{\Phi} u_R +  f_{(d)} \bar{q}_L \Phi d_R + h.c. \]
ここでアイソ二重項$\widetilde{\Phi}$ は $\widetilde{\Phi} = i t^2 \Phi^{*}$で定義されハイパーチャージ $Y( \widetilde{\Phi} )= -1$ を持つ。

備考:
(1) $\bar{l}_L e_R$のような質量項はゲージ不変でない。よって、湯川結合のみが許され、対称性の破れの後に質量が獲得される。
(2) $\Phi$は$SU(2)$の表現なので、$SU(2)$表現の持つ擬実数性を用いて$Y( \widetilde{\Phi} )= -1$となる$\widetilde{\Phi}$を定義でき、ヒッグス場を新たに追加しなくても良い。
(3) $\L_{yuk}$は$SU(2)_L \times U(1)_Y$のもとで対称でローレンツ・スカラーである。

(2)についての補足:$g \in SU(2)$とすると $\Phi^\prime = g \Phi$, $g = a + i \vec{b}\cdot \vec{\si}$ ($a^2 + b_1^2 + b_2^2 + b_3^2 = 1$)
$\Phi^{\prime *} = g^{*} \Phi$, $g^* = a - ib_1 \si_1^T + i b_2 \si_2^T - i b_3 \si_3^T$
$ i \si_2 \Phi^{\prime *} =  i \si_2 g^* \Phi^* = g ( i \si_2 \Phi^* )$  $~~ \because ) ~ i \si_2 g^* = ( a + i \vec{b}\cdot \vec{\si} ) ( i \si_2 )$
よって、
\[ \widetilde{\Phi}^\prime = g \widetilde{\Phi} \]
したがって、$\bar{q}_L \widetilde{\Phi}$は$SU(2)_L$不変となる。

以上、すべての項を足し合わせると1世代モデルのラグランジアンは次のようになる。
\[ \begin{eqnarray} \L &=& \L_0 + \L_g + \L_q + \L_\Phi + \L_{yuk} \\ &=& -\qu ( F_{\mu\nu}^{a} )^2 -\qu  ( G_{\mu\nu} )^2 - \bar{q}_L \ga_\mu \left( \d_\mu - ig b_\mu^a t^a - i \frac{g^\prime}{6} C_\mu \right) q_L \\ && - \bar{u}_R \ga_\mu \left( \d_\mu - i \frac{2}{3}g^\prime C_\mu \right) u_R - \bar{d}_R \ga_\mu \left( \d_\mu + i \frac{1}{3}g^\prime C_\mu \right) d_R  \\ &&   - \bar{l}_L \ga_\mu \left( \d_\mu - ig b_\mu^a  t^a + i \hf g^\prime C_\mu \right) l_L - \bar{e}_R \ga_\mu \left( \d_\mu + ig^\prime C_\mu \right) e_R \\ && - ( D_\mu \Phi )^\dagger (D_\mu \Phi ) - \la \left( \Phi^\dagger \Phi - \frac{v^2}{2} \right)^2 \\ && + \left[  f_{(e)} \bar{l}_L \Phi e_R +  f_{(u)} \bar{q}_L \widetilde{\Phi} u_R +  f_{(d)} \bar{q}_L \Phi d_R + h.c. \right] \end{eqnarray} \]
初めのエントリーで紹介したようにこれらはユークリッド計量による計算結果であることに注意されたい。通常のミンコフスキ計量$g_{\mu\nu} = \diag (1, -1,-1,-1)$, $\ga_i = \begin{pmatrix} 0 & \si^i \\ -\si^i & 0 \end{pmatrix}$などを使うと上記のラグランジアンは一部符号が変化し、次のようになる。
\[ \begin{eqnarray} \L &=&  -\qu ( F_{\mu\nu}^{a} )^2 -\qu  ( G_{\mu\nu} )^2 + i \bar{q}_L \ga_\mu \left( \d_\mu - ig b_\mu^a t^a - i \frac{g^\prime}{6} C_\mu \right) q_L \\ && +i \bar{u}_R \ga_\mu \left( \d_\mu - i \frac{2}{3}g^\prime C_\mu \right) u_R +i \bar{d}_R \ga_\mu \left( \d_\mu + i \frac{1}{3}g^\prime C_\mu \right) d_R  \\ &&  + i \bar{l}_L \ga_\mu \left( \d_\mu - ig b_\mu^a  t^a + i \hf g^\prime C_\mu \right) l_L +i \bar{e}_R \ga_\mu \left( \d_\mu + ig^\prime C_\mu \right) e_R \\ && + ( D_\mu \Phi )^\dagger (D_\mu \Phi ) - \la \left( \Phi^\dagger \Phi - \frac{v^2}{2} \right)^2 \\ && + \left[  f_{(e)} \bar{l}_L \Phi e_R +  f_{(u)} \bar{q}_L \widetilde{\Phi} u_R +  f_{(d)} \bar{q}_L \Phi d_R + h.c. \right] \end{eqnarray} \]


0 件のコメント: