2021-08-26

QCD 量子色力学 note12: 汎関数積分表示 QEDの場合

このノートでは量子電磁気学(QED)を例にゲージ理論の汎関数積分表示を考える。汎関数積分の基本についてはナイアの教科書(基礎編)


の第8章を参考にして下さい。自由場のラグランジアンは
\[ \L = -\qu F_{\mu\nu}F_{\mu\nu} \]
で与えられる。スカラー場やフェルミオン場の理論からの類推で$S$行列の生成汎関数として
\[ Z[ J] = \int e^{ -\qu \int F_{\mu\nu} F_{\mu\nu} d^4 x }e^{\int J_\mu A_\mu} [d A_\mu ] \tag{1} \]
を考える。ここで、
\[ \begin{eqnarray} \int \qu F_{\mu\nu} F_{\mu\nu} d^4 x  &=& \int \hf \left[ \d_\mu A_\nu \d_\mu A_\nu - \d_\nu A_\nu \d_\nu A_\mu \right] d^4 x \\ &=& \int \hf \left[ \d_\mu A_\nu \d_\mu A_\nu - ( \d \cdot A )^2 \right] d^4 x \\ &=& \int \hf A_\mu \left[ - \d^2 \del_{\mu \nu} + \d_\mu \d_\nu \right] A_\nu d^4 x \end{eqnarray} \]
なので、
\[ M_{\mu \nu} (x, y) = \left( - \d^2 \del_{\mu \nu} + \d_\mu \d_\nu \right) \del (x- y) \tag{2}\]
とおく。このとき、$M$の逆行列$M^{-1}$は存在しない。というのも$4 \times 4$行列$( - \d^2 \del_{\mu \nu} + \d_\mu \d_\nu )$が特異行列、つまり光子$k^2 = 0$に対して$\det ( - k^2 \del_{\mu\nu} - k_\mu k_\nu ) = 0$となるためである。この問題はゲージ不変性に起因する。それを見るためにゲージ変換 $A_\mu \rightarrow A_\mu + \d_\mu \La$ を考えよう。 $\phi_\mu = \d_\mu \La$の形で表せるモードに対して
\[ \int d^4 y M_{\mu\nu} (x , y) \phi_\nu (y)  = \left( -\d^2 \phi_\mu + \d_\mu ( \d \cdot\phi ) \right) = 0 \tag{3} \]
となる。つまり、$\phi_\mu = \d_\mu \La$は固有値がゼロとなる$\M_{\mu\nu}$の固有ベクトルである。汎関数積分(1)を定義するに当たりそのようなゲージあるいは物理的でない自由度は$A_\mu$から除かれる必要がある。

そこでまず関数空間$\A$を
\[ \A = \{ A_\mu (x) \}= \{ \mbox{すべてのポテンシャルの空間} \} \]
と定義する。$A_\mu (x)$はリー代数の要素でもある。
\[ [dA_\mu ] = \prod_{x, \mu , a} A_\mu^a (x) \]
$\A$はアフィン空間である。
\[ A_\mu (x) = A_{\mu}^{(0)} + \xi_\mu \]
ただし、$\xi_\mu (x)$はリー代数の値をもつベクトル場。理論の物理空間$\A_{phys}$は
\[ \A_{phys}  = \A / {\cal G}_* \]
\[ {\cal G}_* = \{ \La (x) \} = \{ \mbox{$|\vec{x}| \rightarrow 0$のとき$\La (x) \rightarrow 0$}となるすべてのゲージ変換 \} \]
と表せる。${\cal G}_*$の要素は理論の中で非物理的な(重複のある)変数を表す。その意味で${\cal G}_*$は理論の真のゲージ対称性と言える。

$\La = 0$から始めて変換の連続を考えると、ゲージ変換は$\A$においてある流れを生成することが分かる。ゲージ自由度を除外するには、これらの流れのラインを横断するような断面$S$を選ぶ必要がある。$S$上の点は$\A_{phys}$の表現を与える。$S$をどのように選ぶかはポテンシャルに課される条件によって決まる。そのような条件はゲージ固定条件と呼ばれ、例えば、$\d \cdot A = 0$や$f(A)=0$などがある。($f(A)$は$A$の汎関数。)

汎関数積分の測度は$[d A_\mu ] = [d A_{phys} ][d \La ]$となるので$[d \La ]$を落とさなければならない。そこで$[d A_\mu ]$を保ちつつゲージ固定条件をデルタ関数として入れることを考える。ゲージ固定条件を$f(A) = 0$としてこの条件のもとで$S$がゲージ軌道(ゲージ変換の流れ)を1度だけ切断すると仮定すると
\[\begin{eqnarray} [d A_\mu ] \det \left( \frac{\del f}{\del \La} \right) \del (f ) &=& [d A_{phys} ] d \La  \left( \det \left( \frac{\del f}{\del \La} \right) \right) \del (f) \\ &=& [d A_{phys} ] df \del (f ) = [d A_{phys} ]  \end{eqnarray} \tag{4} \]
$A_{phys}$は断面$S$に対して接線方向の成分をもつ。$f(A) = 0$の解を$A_0$とすると(4)より
\[ \int [d A_{phys} ] F(A_0 ) = \int [d A_\mu ] \det \left( \frac{\del f}{\del \La} \right) \del ( f ) F (A_0 )  \]
$F (A_0 )$がゲージ不変な汎関数である場合は一般に$F(A_0 ) = F(A)$と表せる。$\det \left( \frac{\del f}{\del \La} \right)$はファデーエフ・ポポフ行列式と呼ばれる。以上より式(1)の$S$行列の生成汎関数は物理的な積分測度を用いて
\[ Z[ J] = \int [d A_\mu ] \det \left( \frac{\del f}{\del \La} \right) \del ( f )~ e^{ -\qu \int F_{\mu\nu}^{2} + \int J_\mu A_\mu}  \tag{5} \]
と表せる。

式(5)を変形するのに以下の2つのことを利用する。

(a) 一般に行列式はグラスマン数の汎関数積分を使って表せることから、ファデーエフ・ポポフ行列式は
\[ \det \left( \frac{\del f}{\del \La} \right) = \int [d c d \bar{c}] e^{\int \bar{c}\left( \frac{\del f}{\del \La} \right) c } \]
と変形できる。

(b) 式(5)はゲージ固定条件$f(A) = 0$についての$Z[J]$を与える。$g(x)$を$A$に依らない関数として$f - g(x) = 0$をゲージ固定条件とすると$Z$は
\[ Z_{f-g}[J] = \int [d A_\mu ] \det \left( \frac{\del f}{\del \La} \right) \del ( f -g  )~ e^{ -\qu \int F_{\mu\nu}^{2} + \int J_\mu A_\mu}  \tag{6} \]
と書ける。これはもちろん(5)とは異なるが、$S$行列の要素は$f(A)$に依存しないので(6)を使うこともできる。$g(x)$は任意に取れるので$S$行列を導くのに$Z_{f-g}$, $Z_{f-g'}$あるいは$\int [dg] F(g) Z_{f-g}$のどれを用いてもいい。($F(g)$は$g$の任意の汎関数。)つまり、これらは全て同じ$S$行列を定義する。

したがって、$S$行列を計算するという目的で$F(g)= \exp \left[ - \frac{1}{2 \al}\int g^2(x) \right]$と選んで改めて$Z[J]$を定義できる。ただし、$\al$は実数とする。
\[ \begin{eqnarray} Z[J] &=& \int [dg] e^{ - \frac{1}{2 \al} g^2(x) } Z_{f-g} \\ &=& \int [d A_\mu ] \det \left( \frac{\del f}{\del \La} \right) e^{- \frac{f^2}{2 \al } } e^{-\qu \int F_{\mu\nu}^{2} + \int A \cdot J } \\ &=& \int [ d A_\mu dc d \bar{c} ] e^{S_q + \int A \cdot J } \end{eqnarray} \tag{7}\]
ここで$S_q$は
\[ S_q  = \int \left[ \qu F_{\mu\nu}F_{\mu\nu} + \frac{f^2}{2 \al} -\bar{c}  \left( \frac{\del f}{\del \La} \right) c \right] d^4 x \tag{8}\]
で定義される。式(7)が我々の求めるべき$S$行列の生成汎関数を与える。$\al$は任意に実数パラメータである。得られる断面$S$がゲージの流れのラインをただ一回だけ横切る場合、そのゲージ固定は「良いゲージ固定」と考えられる。そのような断面が存在するかどうかは$\A / {\cal G}_*$の広域的な性質に依存する。もしそのような断面が存在しなければ、断面上の全ての点を積分すると自由度を重複して数えることになってしまう。この問題はグリボフ問題と呼ばれる。グリボフ問題は汎関数積分(7)を摂動的に計算する分には影響を与えない。

具体例

(1) $f(A) = \d_\mu A_\mu$の場合
\[ \frac{\d f(x)}{\del \La (y) } = \d^2 \del ( x- y) ~~(= \Del_{FP} ~: \mbox{Faddeev-Popov演算子}) \]
$\al = 1$として式(8)に代入すると
\[ \begin{eqnarray} S_q &=& \int \left[ \qu F_{\mu\nu}^{2} + \hf ( \d \cdot A )^2 + \bar{c} ( - \d^2 ) c \right] \\ &=& \int \left[ \hf A_\mu ( - \d^2 ) A_\mu + \bar{c} (-\d^2 ) c \right] \end{eqnarray} \tag{9}\]
これは通常のファインマン・ゲージ選択に対応する。$c$, $\bar{c}$の項は定数因子$\det ( - \d^2 )$を与えるだけなので、規格化定数の中に吸収できる。光子の伝播関数は
\[ \bra A_\mu (x) A_\nu (y) \ket = \frac{1}{- \d^2} \del_{\mu \nu} = \del_{\mu\nu} \int \frac{d^4 k}{(2 \pi)^4}\frac{e^{ik ( x-y)}}{k^2} \]
で与えられる。$\al \rightarrow 0$の極限はランダウ・ゲージとして知られている。

(2) $f(A) = \d_\mu A_\mu + A_\mu A_\mu = \d \cdot A + A^2$の場合
\[ \frac{\del f}{\del \La } = \d^2 + 2 A \cdot \d \]
なので$\al = 1$として式(8)に代入すると
\[ \begin{eqnarray} S_q &=& \int \left[ \qu F_{\mu\nu}^{2} + \hf \left( ( \d \cdot A )^2 + 2 A^2 (\d \cdot A ) + A^4 \right) + \bar{c} ( - \d^2 -2 A \cdot \d ) c \right] \\ &=& \int \left[ \hf A_\mu ( - \d^2 ) A_\mu + + A^2 (\d \cdot A ) + \hf A^4 + \bar{c} (-\d^2 -2 A \cdot \d ) c \right] \end{eqnarray} \tag{10}\]
となる。これより光子の伝播関数の可能な頂点ダイヤグラムは以下のように書ける。


この場合、$\bar{c} ( A \cdot \d ) c$の項があるのでゴースト場$c$は光子$A$と相互作用する。しかし、(9)と(10)は同じ物理を別のゲージ選択で表現していることから(9)に表れる上記の3つの頂点作用素の効果は$S$行列の計算においてすべて相殺される(はずである)。

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