12.2 リー群の幾何学的側面
前節ではリー群の概要について復習した。今節ではリー群を幾何学的な視点から考察する。まず、$SU(2)$ 群について調べ、その一般化を考える。結論として、リー群は一般にリーマン多様体と解釈できることを示す。
SU(2)群
$SU(2)$ 群の要素は $2 \times 2$ 特殊ユニタリー行列
\[ u = e^{iH} \, , ~~~ {\rm det}u = 1 \tag{12.14} \]
で与えられる。ここで、$H$ は $2 \times 2$ トレースレス・エルミート行列である。一般に、$H$ はパウリ行列を用いて
\[ H = \frac{\si_i}{2} \th^i ~~~~ (i = 1,2,3) \tag{12.15} \]
と表せる。よって、$SU(2)$ 群の要素は
\[ g ( \th ) = u = \exp \left( i \frac{\si_i}{2} \th^i \right) \tag{12.16} \]
とパラメータ表示できる。これは1.2節の(1.38)と同じである。要素 $u$ の変分は(線形のオーダーで)次のように計算できる。
\[\begin{eqnarray} u + du &=& \exp \left( i \frac{\si_k}{2} ( \th^k + d \th^k ) \right) \nonumber \\ &=& 1 + i \frac{\si_k}{2} ( \th^k + d \th^k ) + \frac{i^2}{2!} \frac{\si_k}{2} \frac{\si_l}{2} ( \th^k + d \th^k )( \th^l + d \th^l ) + \cdots \nonumber \\ &=& u + i \frac{\si_k}{2} d \th^k + \frac{i^2}{2!} \left( \frac{\si_k}{2} \frac{\si_l}{2} + \frac{\si_l}{2} \frac{\si_k}{2} \right) \th^k d \th^l + \cdots \nonumber \\ &=& u + i \frac{\si_k}{2} d \th^k + i \frac{\si_k}{2} \th^k \, i \frac{\si_l}{2} d \th^l + \frac{i^2}{2} \underbrace{ \left[ \frac{\si_l}{2} , \frac{\si_k}{2} \right]}_{ = \, i \ep_{lkm} \frac{\si_m}{2} } \th^k d \th^l + \cdots \nonumber \\ &=& u + \left( 1 + i \frac{\si_k}{2} \th^k \right) \left[ i \frac{\si_l}{2} d \th^l - \frac{i}{2} \ep_{lkm} \frac{\si_m}{2} \th^k d \th^l \right] + \cdots \nonumber \\ & \equiv & u + i u \frac{\si_m}{2} E^m_l (\th ) d \th^l \tag{12.17} \end{eqnarray}\]
ただし、$E^m_l ( \th )$ は
\[ E^m_l ( \th ) \, \simeq \, \del^m_l - \hf \ep^{m}_{~ \, lk} \, \th^k \tag{12.18} \]
と表せる。すなわち、
\[ u^{-1} d u \, = \, i \frac{\si_m}{2} E^m_l (\th ) \, d \th^l \tag{12.19} \]
を得る。上式は前回求めた関係式
\[ g^{-1} d g \, = \, i T_k d \, \th^k \tag{12.11} \]
の具体的な形を与える。リーの第1定理から$\exp \left( i \frac{\si_k}{2} ( \th^k + d \th^k ) \right)$ の級数展開とその収束が保証されていることに注意しよう。
前節で議論したように $E^m_l ( \th )$ は微分演算子 $X_i = i ( E^{-1} )^k_i \frac{\d}{\d \th^k}$ の定義に必要な量であり、この微分演算子は対応するリー代数を成す。よって、 $E^m_l ( \th )$ はリー群の解析に非常に重要な量である。以下で見るように、$u$ の行列成分から $E^m_l ( \th )$ を直接計算することもできる。$u$ は $2\times 2$ ユニタリー行列で表せるので
\[ u \, = \, a {\bf 1} + b_i \si_i \, = \, \left( \begin{array}{cc} a+ib_3 & ib_1 + b_2 \\ ib_1 - b_2 & a - i b_3 \\ \end{array} \right) \tag{12.20} \]
とパラメータ表示できる。ただし、$a$, $b_i$ $(i=1,2,3)$ は実数である。条件 ${\rm det} u = 1$ から
\[ a^2 + b_1^2 + b_2^2 + b_3^2 = 1 \tag{12.21} \]
が分かる。これより、簡単に $u^\dag u = {\bf 1}$ を確認できる。ただし、$u^\dag = u^{-1} = a {\bf 1} - i b_i \si_i$ である。関係式(12.21)は $SU(2)$ 群を3次元球面 $S^3$ と解釈できることを意味する。ここで、$a = \sqrt{ 1 - b \cdot b}$ を用いると、
\[ d u \, = \, d a + i d b \cdot \si \, = \, - \frac{b \cdot d b}{a} + i db \cdot \si \tag{12.22} \]
と書ける。ただし、恒等行列 ${\bf 1}$ を省略した(以下同様)。このとき、$u^{-1} d u $ は次のように計算できる。
\[\begin{eqnarray} u^{-1} d u &=& ( a - i b \cdot \si ) \left[ - \frac{b \cdot d b}{a} + i db \cdot \si \right] \nonumber \\ &=& - b_i \, d b_i + i a \, db_i \, \si_i + i \frac{b_i b_j}{a} \si_i \, d b_j + b_i \, db_j \, \si_i \si_j \nonumber \\ &=& i \si_i \left[ a \, d b_i + \frac{b_i b_k }{a} \, d b_k + \ep_{ijk} \, b_j \, db_k \right] \nonumber \\ &\equiv& i \frac{\si_i}{2} E^i_k (a, b) \, d b_k \tag{12.23} \end{eqnarray}\]
ただし、関係式 $\si_i \si_j = \del_{ij} + i \ep_{ijk} \si_k$ を用いた。これより、興味ある量 $E^i_k (a, b) $ は
\[ E^i_k (a, b) \, = \, 2 \left( \del^i_k \, a + \frac{b^i b_k }{a} + \ep^{i}_{\, jk} \, b_k \right) \tag{12.24} \]
と求まる。
SU(2)群のカルタン-キリング計量
$SU(2)$ 群の計量はカルタン-キリング計量
\[ ds^2 \, = \, -2 \Tr ( u^{-1} d u \, u^{-1} du ) \tag{12.25} \]
で定義される。この計量は多くのアイソメトリーを持つ。実際、そのようなアイソメトリーの集合は $SU(2)$ 代数を成す。関係式(12.23)を用いると、カルタン-キリング計量は
\[\begin{eqnarray} ds^2 &=& -2 \Tr \left( i \frac{\si^a}{2} \right) \left( i \frac{\si^b}{2} \right) E^a_\al E^b_\bt \, db^\al d b^\bt \nonumber \\ &=& E^a_\al E^a_\bt \, db^\al d b^\bt \tag{12.26} \end{eqnarray}\]
と表せる。8.2節の(8.13)で議論したように曲がった多様体上の計量 $ds^2$ はフレーム場 $e_\mu^a$ を用いて $ds^2 = g_{\mu \nu} dx^\mu dx^\nu = e_\mu^a e_\nu^a dx^\mu dx^\nu$ と定義される。したがって、$SU(2)$ 群を計量(12.26)をもつ曲がった多様体とみなすと、上式は $E^a_\al$ が $SU(2)$ 群のフレーム場を与えることを示す。この意味で $u^{-1} d u$ はフレーム場1形式と呼べる。
一般化とモーレー-カルタン恒等式
以上 $SU(2)$ の場合を扱ったがこれらの結果はスムーズに一般化できる。リー群 $G$ の要素を $g ( \th )$ とすると、$G$ のカルタン-キリング計量 $ds^2$ はフレーム場1形式
\[ g^{-1} d g \, = \, i t^a E^a_\al (\th ) \, d \th^\al \tag{12.27} \]
を用いて
\[ ds^2 \, = \, -2 \Tr ( g^{-1} d g \, g^{-1} d g ) \, = \, E^a_\al \, E^a_\bt \, d \th^\al d \th^\bt \tag{12.28} \]
と定義される。ただし、$t^a$ ($a = 1,2, \cdots , {\rm dim}G$) はリー代数 $\mathfrak{G}$ の生成子の行列表現であり、規格化 $\Tr (t^a t^b ) = \hf \del^{ab}$ のもと、
\[ \left[ t^a , t^b \right] \, = \, i C^{abc} t^c \tag{12.29} \]
を満たす。$C^{abc}$ はリー代数の構造定数である。(12.27)から次の量を定義できる。
\[ A_\al \, \equiv \, g^{-1} \frac{\d g}{\d \th^\al} \, = \, i t^a E^a_\al \tag{12.30} \]
パラメータ $\th^\al$ による $A_\bt$ の微分は
\[\begin{eqnarray} \frac{\d}{\d \th^\al} A_\bt &=& \left( -g^{-1} \frac{\d g}{\d \th^\al} g^{-1} \right) \frac{\d g}{\d \th^\bt} + g^{-1} \frac{\d^2 g}{\d \th^\al \d \th^\bt} \nonumber \\ &=& - A_\al A_\bt + g^{-1} \frac{\d^2 g}{\d \th^\al \d \th^\bt} \tag{12.31} \end{eqnarray}\]
と計算できる。ただし、関係式 $\frac{\d g^{-1}}{\d \th^\al} = - g^{-1} \frac{\d g}{\d \th^\al} g^{-1}$ を用いた。この関係式は $\frac{\d}{\d \th^\al} (g g^{-1}) = 0$ から自明である。微分を反対称化させると恒等式
\[ \d_\al A_\bt - \d_\bt A_\al + [ A_\al , A_\bt ] \, = \, 0 \tag{12.32} \]
を得る。これはモーレー-カルタン恒等式と呼ばれる。フレーム場で表すとこの恒等式は
\[ \d_\al E^a_\bt - \d_\bt E^a_\al - C^{abc} E^b_\al E^c_\bt \, = \, 0 \tag{12.33} \]
と書ける。$E^b_\al E^c_\bt$ の因子を反対称化させると、上式は
\[ \d_\al E_\bt^a - \d_\bt E_\al^a - \hf C^{abc} \left( E^b_\al E^c_\bt - E^b_\bt E^c_\al \right) \, = \, 0 \tag{12.34} \]
とも表せる。
上式の左辺は8.2節の(8.22)で定義されたトーション $T^{a}_{\mu\nu}$ と類似していることに注意しよう。このトーション $T^{a}_{\mu\nu}$ を書き下すと
\[ T^{a}_{\mu\nu} \, = \, \d_\mu e^a_\nu - \d_\nu e^a_\mu + \om^{ab}_{\mu} e^b_\nu - \om^{ab}_{\nu} e^b_\mu \tag{12.35} \]
となる。ただし、$\om^{ab}_{\mu}$ はスピン接続である。モーレー-カルタン恒等式(12.34)とトーション・ゼロの条件式 $T^{a}_{\mu\nu} = 0$ には構造上の類似性がある。そこで、モーレー-カルタン恒等式(12.34)の解あるいは解釈を関係式(12.35)との比較で考えてみよう。