12.3 既約表現
この節ではリー群要素 $g \in G$ の既約表現について考える。12.1節の初めに紹介した群の公理(合成則、結合則、単位元・逆元の存在)は群の要素を(可逆な)正則行列と見做しても成立する。実際、群の要素と行列の集合は準同型 (homomorphic) であることが知られている。12.2節の(12.16)で $SU(2)$ 群の $2 \times 2$ 行列表現 $g (\th ) = \exp \left( i \frac{\si^a}{2} \th^a \right)$ を導入した。これは $SU(2)$ の定義表現と呼ばれる。この表現からさらに高次元の行列表現を構成できる。例えば、行列のブロック対角化
\[ \left( \begin{array}{cc} g_1 (\th ) & 0 \\ 0 & g_1 (\th ) \\ \end{array} \right) \left( \begin{array}{cc} g_2 (\th ) & 0 \\ 0 & g_2 (\th ) \\ \end{array} \right) = \left( \begin{array}{cc} g_1 g_2 & 0 \\ 0 & g_1 g_2 \\ \end{array} \right) . \tag{12.51} \]
を用いると、$4 \times 4$ 行列による可約表現を得る。一方、既約表現は行列の相似変換 (similarity transformation) によってブロック対角化されない表現で定義される。ここで、相似変換は一般に正則行列を変換行列として定義される。例えば、(12.51)の相似変換は $4 \times 4$ 特殊ユニタリー行列 $U$ を用いて
\[ U^\dagger \left( \begin{array}{cc} g_1 (\th ) & 0 \\ 0 & g_1 (\th ) \\ \end{array} \right) U \, U^\dagger \left( \begin{array}{cc} g_2 (\th ) & 0 \\ 0 & g_2 (\th ) \\ \end{array} \right) U \, = \, U^\dagger \left( \begin{array}{cc} g_1 g_2 & 0 \\ 0 & g_1 g_2 \\ \end{array} \right) U \, . \tag{12.52} \]
と表せる。
復習:テンソル解析
5.3節で解説したように $SU(3)$ 群の既約表現はテンソル解析によって構成できる。以下では一般のリー群についてテンソル解析を用いてどのように既約表現が構成できるかを見る。まず、$N \times N$ 行列はベクトル空間 $V$ の線形変換を定義することに注意する。$V$ の基底を $\phi_i$ $(i = 1,2, \cdots N)$ とおく。このとき $\phi_i$ の変換は
\[ \phi^\prime_i \, = \, g_{ij} \, \phi_i \tag{12.53} \]
と表せる。ただし、$g_{ij}$ は対象となる群の要素の行列表現である。同様に、直積空間 $V \otimes V$ の基底要素の集合である階数2のテンソル $\Psi_{ij} \equiv \phi_i \chi_j$ に注目し、その変換を考えよう。($\chi_i$ は2つ目のベクトル空間 $V$ の基底を表す。)
\[ \Psi^{\prime}_{ij} \, = \, g_{ik} \, g_{jl} \, \Psi_{kl} \, \equiv \, G_{ij,kl} \, \Psi_{kl} \tag{12.54} \]
このとき、$G_{ij,kl}$ は群の合成則 $g^{(1)} \cdot g^{(2)} = g^{(3)}$ を保存する。
\[ G^{(1)}_{ij,kl} G^{(2)}_{kl,mn} \, = \, g^{(1)}_{ik} g^{(2)}_{km} \, g^{(1)}_{jl} g^{(2)}_{ln} \, = \, g^{(3)}_{im} g^{(3)}_{jn} \, = \, G^{(3)}_{ij,mn} \tag{12.55} \]
この関係式は $G_{ij,kl}$ が2つの表現の合成表現であることを示している。一般に、このような合成表現は既約であり、対称成分と反対称成分を含む。任意の階数の合成表現から既約表現を得るには、次の還元則を適用する必要がある。
- 対称成分と反対称成分を分離する。5.3節の(5.21), (5.22)で見たように対称成分と反対称成分はそれぞれ独立に変換する。\[ \frac{1}{2} ( \Psi^{\prime}_{ij} \pm \Psi^{\prime}_{ji} ) \,=\, \frac{1}{2} ( g_{ik} \, g_{jl} \Psi_{kl} \pm g_{jk}\, g_{il} \Psi_{kl} ) \, = \, g_{ik} \, g_{jl} \frac{1}{2}( \Psi_{kl} \pm \Psi_{lk} ) \tag{12.56} \]この関係は群の構造に依らない。よって、任意の階数をもつテンソルの添え字は \[ \Psi^{j_1 j_2 \cdots j_m}_{i_1 i_2 \cdots i_n} \tag{12.57} \] とラベルできる。ただし、上付き添え字 $(j_1 j_2 \cdots j_m )$ は完全対称に、下付き添え字 $(i_1 i_2 \cdots i_n )$ は完全反対称に取れる。
- それぞれの群に応じて不変なテンソルが存在する。これらの不変テンソルを用いてテンソル(12.57)の添え字を縮約できる。
例えば、5.3節で解説したように $SU(3)$ 群の不変テンソルは $\del^{i}_{j}$ と $\ep_{ijk}$ で与えられる。反対称テンソル $\ep_{ijk}$ との縮約は添え字の分離(12.57)を保証する。また、クロネッカー・デルタ $\del^i_j$ との縮約はトレース・ゼロのテンソルのみがカウントされることを意味する。一方、$SU(2)$ 群の場合、不変テンソルは2階の反対称テンソル $\ep^{ij}$ だけである。$\ep^{ij}$ との縮約を繰り返すとテンソル(12.57)は $\Psi^{j_1 j_2 \cdots j_m}$ と上付き添え字のみで表せる。
既約表現を構成するこのテンソル解析はコンパクト群一般に適用される。実際、ワイル (Weyl) による次の定理が存在する。
- コンパクト群の全てのユニタリー既約表現は有限次元であり、定義表現のテンソル積に上記の還元則を適用することで具体的に求められる。
- 非コンパクト群において全ての有限次元の表現は非ユニタリーであり、全てのユニタリー表現は無限次元となる。
ここで、コンパクト群は有限体積をもつリー群 $G$ で定義される。12.2節で定義したカルタン-キリング計量は
\[\begin{eqnarray} ds^2 & = & - 2 \Tr ( g^{-1} d g \, g^{-1} dg ) \nonumber \\ & = & E^a_\mu E^a_\nu \, d \th^\mu d \th^\nu \, = \, g_{\mu \nu} \, d \th^\mu d \th^\nu \tag{12.58} \end{eqnarray}\]
であった。ただし、$g^{-1} d g = i t^a E_\mu^a \, d \th^\mu $ は $G$ のフレーム場1形式である。$t^a$ ($a = 1,2, \cdots, \dim G$) はリー代数 G の基底(生成子)を成す行列で代数 $[ t^a , t^b ] = i C^{abc} t^c$ を満たす。ここで、$C^{abc}$ は構造定数であり、規格化は $\Tr (t^a t^b ) = \hf \del^{ab}$ で与えられる。以上より、リー群 $G$ の体積要素は
\[ dV \, = \, \sqrt{|\det g |} \, d \th^1 d \th^2 \cdots d \th^{\dim G} \tag{12.59} \]
で与えられる。ただし、$\det g$ は計量テンソル $g_{\mu \nu} = E^a_\mu E^a_\nu $ を行列表示した際の行列式を表す。よって、コンパクト群は有限体積の条件式
\[ \int_{G} d V \, < \, \infty \tag{12.60} \]
で定義される。12.1節の最後に紹介したように、カルタン-キリングによる半単純リー代数の分類で現れたリー群は、パラメータが実数のとき全てコンパクト群となる。一方、非コンパクト群の典型的な例はローレンツ群で与えられる。
リー代数のランクに関するワイルの定理
リー代数 G のランク(階数)はその基底行列 $t^a$ のなかで同時対角化可能な行列の最大数で定義される。例えば、パウリ行列は唯一つの対角行列を持つので $SU(2)$ 代数のランクは1である。同様に、1.5節で紹介したゲルマン行列(1.49)は2つの同時対角行列を持つので $SU(3)$ 代数のランクは2である。
リー代数 G の基底行列 $t^a$ で構成されるより大きな集合 $\{ t^a , t^a t^b , t^a t^b t^c , \cdots \}$ を考えられる。これには $t^2 = \del^{ab} t^a t^b$ など添え字が縮約された要素も含まれる。行列 $t^a$ についての特性方程式(あるいはケイリー・ハミルトンの定理)を用いるとこれらの次数を下げることができる。しかし、一般にこれらの集合要素は元々の代数とは異なる代数を成す。というのも、$t^2$ などの縮約された要素は必ずしも元の代数の要素に属さないためである。このように構成された(大きな)代数は G の包絡代数 (enveloping algebra) と呼ばれる。包絡代数には元となるリー代数の全ての要素と交換する要素が含まれる。例えば、角運動量代数において2次の演算子 $J^2$ は $[ J^2 , J^a ] = 0$ を満たすので角運動量代数の全ての要素 $J^a$ $(a = 1,2,3)$ と交換する。このように元となるリー代数 G の全ての要素と交換する演算子をカシミール演算子と呼ぶ。この演算子は G の包絡代数の中心要素に対応する。リー代数のランクに関してワイルによる次の定理が存在する。
- リー代数において独立なカシミール演算子の数はそのリー代数のランクに等しい。
- リー群 $G$ において独立な不変テンソルの数は対応するリー代数 G のランクに等しい。
$SU(2)$ 代数のランクは1なので、カシミール演算子は $J^2$ の1つだけであり、不変テンソルは唯一 $\ep^{ij}$ で与えられる。上で見たように、これらの事実から $SU(2)$ 群の既約表現が求まる。
カシミール演算子: SU(3) とそれ以外
以上より、コンパクト・リー群の既約表現を求めるにあたりカシミール演算子と不変テンソルが重要であることが分かった。以下では、$SU(3)$ 代数のカシミール演算子を考えることでこの点をもう少し深堀する。$SU(3)$ 代数のランクは2であるので、2つの不変テンソルと2つのカシミール演算子が存在する。不変テンソルは生成子 $t^a$ ($a = 1,2, \cdots , 8$) の多重項のトレースから得られる。というのも、そのようなトレースは変換 $t^a \rightarrow h^{-1} t^a h$ のもとで不変なためである。ただし、$h \in G=SU(3)$ である。$SU(3)$ 群の要素 $g = \exp ( i t^a \th^a )$ は $g \rightarrow h^{-1} g h = \exp ( i h^{-1} t^a h \th^a )$ と変換することに注意しよう。トレース $ \Tr (t^a t^b )$ の不変性は次のように直接確認できる。
\[ \Tr (t^a t^b ) \longrightarrow \Tr (h^{-1} t^a h h^{-1} t^b h ) \, = \, \Tr (t^a t^b ) \, = \, \frac{1}{2} \, \del^{ab} \tag{12.61} \]
不変テンソル $\del^{ab}$ に対応するカシミール演算子は $\del^{ab} t^a t^b = t^a t^a = t^2$ で与えられる。
もう一方のカシミール演算子は3次のオーダーのトレース $ \Tr (t^a t^b t^c)$ から計算できる。このトレースは次にように対称成分と反対称成分に分離できる。
\[\begin{eqnarray} \Tr ( t^a t^b t^c ) &=& \Tr \left[ t^a \left( \frac{1}{2} [ t^b , t^c ] + \frac{1}{2} \{ t^b , t^c \} \right) \right] \nonumber \\ &=& \frac{1}{2} \Tr \left[ t^a \left( i C^{bck} t^k \right) \right] + \frac{1}{2} \Tr \left[ t^a \{ t^b , t^c \} \right] \nonumber \\ &=& \frac{i}{4} C^{abc} + \frac{1}{4} d^{abc} \tag{12.62} \end{eqnarray}\]
ただし、添え字について対称な記号
\[ d^{abc} \, \equiv \, 2 \Tr \left[ t^a (t^b t^c + t^c t^b ) \right] \tag{12.63} \]
を導入した。リー代数 $[ t^a , t^b ] = i C^{abk} t^k$ を用いると、(12.62)の反対称成分は2次のトレース $\Tr ( t^a t^k )$ に還元される。よって、(12.62)から新しいカシミール演算子を求めるにはこの反対称部分は必要ない。言い換えると、2次のトレースと独立な3次のトレースは対称化されたトレース(12.63)で与えられる。この不変な対称テンソルに対応するカシミール演算子は $d^{abc} t^a t^b t^c$ と表せる。$SU(2)$ の場合は、$t^a = \frac{\si^a}{2}$ となり $(t^b t^c + t^c t^b) = \hf \del^{bc} {\bf 1}$ が成り立つので、対称記号 $d^{abc}$ はゼロとなることに注意しよう。
同様に、$SU(n)$ $( n \ge 4) $ のカシミール演算子も高次の対称化されたトレースから計算できる。上記の $\frac{1}{4} d^{abc} = \frac{1}{2} \Tr (t^a t^b t^c + t^a t^c t^b ) $ に対応する $n$ 次の対称記号を $\ka^{a_1 a_2 \cdots a_n}$ とすると、これは対称化されたトレースを用いて
\[ \ka^{a_1 a_2 \cdots a_n} \, = \, \frac{1}{(n-1)!} \sum_{\si \in \S_{n-1}} \Tr ( t^{a_1} t^{a_{\si(2)}} t^{a_{\si(3)}} \cdots t^{a_{\si(n)}} ) \tag{12.64} \]
と定義できる。ただし、$\si \in \S_{n-1}$ についての和は集合 $\{ 2, 3, \cdots , n \}$ の置換 $\si$ について取る。ここで、$\si$ は $\si =\left( \begin{array}{c} 2 ~ 3 ~ \cdots ~ n \\ \si_2 \si_3 \cdots \si_n \\ \end{array} \right)$ とラベルされる。不変な対称テンソル $\ka^{a_1 a_2 \cdots a_n}$ に対応するカシミール演算子は $\ka^{a_1 a_2 \cdots a_n} t^{a_1} t^{a_2} \cdots t^{a_n}$ で与えられる。