15.1 サイン-ゴルドン・ソリトン解
ソリトンとはざっくり言うと非線型方程式の古典解のことである。この節ではサイン-ゴルドン模型と呼ばれる物理モデルにおける $(1+1)$ 次元のソリトンを考える。スカラー場 $\phi ( t, x)$ を用いると、このモデルはラグランジアン
\[ \L \, = \, \hf \left( \dot{\phi}^2 - \phi^{\prime 2} \right) - \la ( 1 - \cos \phi ) \tag{15.1} \]
で記述される。ただし、$\dot{\phi} = \frac{\d}{\d t} \phi (t, x)$, $\phi^\prime = \frac{\d}{\d x} \phi (t, x)$ であり、$\la$ は正の定数である。これより、運動方程式は
\[ \square \, \phi + \la \sin \phi \, = \, 0 \tag{15.2} \]
と求まる。ただし、$\square = \d_t^2 - \d_x^2$ である。これはサイン-ゴルドン方程式と呼ばれる。(サイン-ゴルドン方程式とそのソリトン解についてはこちらのノートも参考にされたい。)$\la = 0$ の場合方程式(15.2)は質量ゼロのクライン-ゴルドン方程式になる。「サイン-ゴルドン」の用語はこの方程式名をもじって(おそらくクラインの了承なしに)付けられた。ラグランジアン(15.1)に対応するハミルトニアンは
\[ \H \, = \, \int dx \left( \frac{\dot{\phi}^2 + \phi^{\prime 2} }{2} + \la ( 1 - \cos \phi ) \right) \tag{15.3} \]
で与えられる。
つぎに、サイン-ゴルドン方程式(15.2)のあるタイプの解について考えよう。ハミルトニアン $\H$ は正なので境界条件
\[ \begin{array}{rc} \phi^\prime \, \rightarrow \, 0 & \mbox{$( x \rightarrow \pm \infty )$} \\ (1 - \cos \phi ) \, \rightarrow \, 0 & \mbox{$( x \rightarrow \pm \infty )$} \\ \end{array} \tag{15.4} \]
を課すと、有限エネルギーを持つ解が得られる。よって、境界が $\phi (t, \pm \infty ) = 2 \pi n$ $( n \in \mathbb{Z} )$ で与えられるときに有限エネルギーを持つ解が存在する。例えば、境界を
\[ \phi (t , - \infty ) = 0 \, , ~~ \phi ( t, \infty ) = 2 \pi \tag{15.5} \]
に固定できる。$\phi$ の古典的な時間発展は $\phi$ の滑らかな変形で与えられる。従って、(15.5)の解が存在するならその解は古典的には完全に安定している。特に、解(15.5)はキンク解と呼ばれる。$\phi$ の滑らかな変形のもとで、キンク解は変位はしても決して無くならない。つまり、キンクの配位は保存される。よって、キンクの数を
\[ Q \, = \, \frac{ \phi (t, \infty ) - \phi (t, - \infty ) }{ 2 \pi } \tag{15.6} \]
と定義できる。これはソリトン数と呼ばれる。(15.5)の場合は $Q = 1$ に対応する。
ソリトン数は保存するのでこれは電荷と解釈できる。よって、$Q$ を
\[ Q \, = \, \frac{1}{2\pi} \int_{-\infty}^{\infty} \frac{ \d \phi}{\d x} dx \, \equiv \, \int J_0 \, dx \tag{15.7} \]
と表せる。ただし、$J_0 = \frac{1}{2\pi} \frac{\d}{\d x} \phi = \frac{1}{2\pi} \d_1 \phi$ は電荷密度を表す。このとき、相対論的な2元電流密度は
\[ J_\mu \, = \, \frac{1}{2 \pi} \ep_{\mu\nu} \, \d_{\nu} \phi \tag{15.8} \]
と定義される。2元電流密度の保存は
\[ \d_\mu J_\mu \, = \, \frac{1}{2\pi} \ep_{\mu\nu} \, \d_\mu \d_\nu \phi \, = \, 0 \tag{15.9} \]
から簡単に確認できる。これらの結果は運動方程式を使わずに導かれた。$J_\mu$ の保存則は単に数学的な恒等式であり、これはソリトン解の1つの特徴である。
ソリトン数 $Q$ をもつソリトン解 $\phi$ の滑らかな変形は $\widetilde{\phi} = \phi + \chi$ と書ける。ただし、$\chi (t, x)$ は $\phi$ からの揺らぎを表し、境界条件 $\chi (t, - \infty) = \chi (t, \infty ) = 0$ あるいはより一般に $\chi ( t, - \infty) = \chi (t , \infty )$ を満たす。式(15.7)から $\widetilde{\phi}$ の電荷は
\[ {Q} \, = \, \frac{1}{2\pi} \int ( \d_x \phi + \d_x \chi ) \, dx \, = \, Q + \frac{1}{2 \pi }\int \d_x \chi \, d x \, = \, Q \tag{15.10} \]
と計算できる。よって、ソリトン数 $Q$ は確かに $\phi$ の滑らかな変形のもとで保存される。任意のソリトン数 $Q$ のソリトンは $Q=1$ のソリトンから構成できるので、これらのソリトンの本質は境界条件(15.5)を満たすソリトンの存在にある。
ここで、汎関数
\[ u (t, x) \, = \, \exp (i \phi ) \tag{15.11} \]
を導入する。ただし、$u (t, x)$ は同一の境界値 $u(t, - \infty ) = u (t, \infty )$ を持つとする。関係式 $\dot{\phi} = -i u^\dagger \dot{u}$, $\phi^\prime = - i u^\dagger \d_x u$ から、ハミルトニアン(15.3)は
\[ \H \, = \, \int dx \left[ \frac{1}{2} \dot{u}^\dagger \dot{u} + \frac{1}{2} \d_x u^\dagger \d_x u + \la \left( 1 - \frac{u + u^\dagger}{2} \right) \right] \tag{15.12} \]
と書き換えられる。固定時間において $u(t , x)$ は写像
\[ u( x) \, : \, \mathbb{R} \, \longrightarrow \, S^1 \tag{15.13} \]
を与える。これは、$\H$ の被積分関数つまりエネルギー密度が $S^1$ の値をもつ関数の関数(汎関数)であることを意味する。積分範囲は $[ 0, 2 \pi n ]$ とおけるので、$Q = \frac{1}{2\pi} \int dx \d_x \phi$ は $\phi (t, x)$ が $x = - \infty$ から $x = + \infty$ まで移動する間に円周 $S^1$ を何周するかを数える巻き数であると解釈できる。写像(15.13)は14.5節のシグマ模型における写像(14.128)と類似している。よって、この円周 $S^1$ はサイン-ゴルドン系の標的空間と見做せる。定義より、$Q$ は整数なので自動的に $\dot{Q} = 0$ である。$u( t, x)$ が $u(t, - \infty ) = u (t, \infty ) = 1$ を満たし、$S^1$ 構造を保つ限り、この結果は摂動的にも成り立つ。異なる $Q$ の間の相互作用は存在しないので、$Q$ は量子力学的にも保存されると考えられる。
相対論的な2元電流密度は $u$ を用いて
\[ J_\mu \, = \, \frac{1}{2 \pi} \ep_{\mu\nu} \, \d_\nu \phi \, = \, - \frac{i}{2 \pi} \ep_{\mu\nu} \, u^\dagger \d_\nu u \tag{15.14} \]
と表せる。$J_\mu$ の特性をまとめると
- $\d_\mu J _\mu = 0$ は恒等式である。(運動方程式は必要ない。)
- $Q = \int J_0 \, dx $ は写像 $u( x): \mathbb{R} \rightarrow S^1$ の巻き数である。
- $J_\mu$ の変分 $\del J_\mu$ は発散量である。
となる。これらは $Q$ がトポロジカル不変量であることを示している。
ここで、$u(x): \mathbb{R} \rightarrow S^1$ となる全ての関数を考える。これは $Q \in \mathbb{Z}$ でラベルされる無限個の非連結セクターからなる無限次元空間を構成する(下図参照)。
$Q \ne 0$ セクターの配位は静的なサイン-ゴルドン方程式
\[ - \d_x^2 \phi + \la \sin \phi \, = \, 0 \tag{15.15} \]
の解として求められる。例えば、$C_1$ を $Q=1$ セクターの $\phi$ の配位とする。ことのき、静的なハミルトニアン
\[ \H \, = \, \int dx \left( \hf ( \d_x \phi )^2 + \la ( 1- \cos \phi ) \right) \tag{15.16} \]
は写像 $\H : C_1 \rightarrow \mathbb{R} $ を与える。この $\H$ を最小化する配位から $Q=1$ ソリトンが得られる。領域 $\phi \in [ 0 , 2 \pi ]$ で(15.15)を解くと、$Q=1$ ソリトンは確かに存在し、
\[ \phi \, = \, 4 \arctan \left( e^{ \sqrt{\la} x } \right) \tag{15.17} \]
と表せる。近似公式
\[ \arctan \left( e^{ a x } \right) \, \approx \, \frac{\pi}{4} \left( 1 + \tanh \frac{2 a}{ \pi} x \right) \tag{15.18} \]
を用いると、この $Q=1$ ソリトンは
\[ \phi \, \approx \, \pi \, + \, \pi \tanh \frac{2 \sqrt{\la}}{ \pi} x \tag{15.19} \]
とも表せる。$a = \sqrt{\la}$ を適当に固定すると、これらの解は次のように図示できる。
ローレンツ変換を施すと動的な解
\[ \phi \, \approx \, \pi \, + \, \pi \tanh \frac{2 \sqrt{\la}}{ \pi} \frac{( x - vt)}{\sqrt{1 - v^2}} \tag{15.20} \]
が求まる。ただし、$v$ は運動速度を表す。エネルギー分布の時間発展は孤立波のように振る舞うことに注意しよう。孤立波の特性から、動的なソリトンの配位は衝突時に重ね合わされる。また、電荷あるいはソリトン数の総和 $Q_{\rm tot}$ は保存される。ソリトンと反ソリトンの衝突では $Q_{\rm tot} = 0$ となる。つまり、これらは互いに消滅する。この意味でソリトンはある種の粒子と見做すことができる。

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