14.5 シグマ模型と $G/H$ 標的空間
リーマン多様体 $\M$ 上の点粒子の軌跡を $x^\mu (t)$ とする。つまり、写像 $x^\mu (t): {\bf R} \rightarrow \M$ を考える。測地線方程式方程式は作用
\[ \S \, = \, \hf \int dt \, g_{\mu\nu} \frac{\d x^\mu}{\d t} \frac{\d x^\nu}{\d t} \tag{14.124} \]
の極値を取ることで求まる。ただし、$g_{\mu\nu}$ は $\M$ の計量を表す。つぎに、4次元時空からコセット空間への写像
\[ \phi^a (x) \, : \, {\bf R}^4 \, \longrightarrow \, G/H \tag{14.125} \]
を考えよう。このとき、測地線の作用(14.124)に対応する作用は
\[ \S \, = \, \frac{1}{2} \int d^4 x \, G_{ab} \, \d_\mu \phi^a \d_\mu \phi^b \tag{14.126} \]
と書ける。ただし、$G_{ab} $ は $G/H$ 空間の計量を表す。この作用の被積分関数は前節で求めた南部-ゴールドストン粒子の低エネルギー有効ラグランジアン(14.102)に比例する。
シグマ模型
上の議論を一般化すると、作用(14.126)は
\[ \S \, = \, \frac{1}{2} \int d^4 x \, G_{ab} \, \d_\mu \phi^a \d_\nu \phi^b \, \sqrt{- \det g} \, g^{\mu \nu} \tag{14.127} \]
と表せる。ただし、$\phi^a (x)$ は計量 $g^{\mu \nu}$ のリーマン多様体 $\N$ から計量 $G^{ab}$ の別のリーマン多様体への写像
\[ \phi^a (x) \, : \, \N \, \longrightarrow \, \M \tag{14.128} \]
を与える。作用(14.127)は $\M$ 上のシグマ模型を定義する。作用(14.127)の極小化から求まるシグマ模型の古典解は調和写像 (harmonic maps) と呼ばれる。また、$\N$, $\M$ はそれぞれシグマ模型の基底空間、標的空間と呼ばれる。以上より、自発的対称性の破れ G → H により生じる南部-ゴールドストン粒子の低エネルギー有効作用は G/H を標的空間とするシグマ模型で与えられることが分かる。
G/H 標的空間と G → H のパターン
ここで、あるリー群 $G$ で表せる連続的な対称性がその部分群 $H$ に自発的に破れるとき、この自発的な破れ $G \rightarrow H$ がどのように誘引されるかを考えよう。$G$ の既約表現に属すベクトル場 $\phi$ に対して、その基底状態での期待値 $\phi_0 = \bra \Om | \phi | \Om \ket $ がゼロでないとき対称性 $G$ は自発的に破れる。この期待値の等方部分群(小群)が $G$ の部分群 $H$ に当たる。つまり、$\phi_0$ は $h$ 変換 $( h \in H )$ のもとで不変であり、一重項を成す。よって、群論的には自発的な破れのパターン $G \rightarrow H$ は $G$ の分解が部分群 $H$ の一重項を含むような $G$ の表現から $H$ の表現への還元、あるいは $H$ 表現の $G$ 表現への埋め込みで与えられる。
一例として、$G/H = SU(2)/U(1)$ を考えよう。このとき、$h$ 変換は $\phi$ への $\si_3$ 作用に対応する。ただし、$\si_i$ $( i=1,2,3 )$ は $2 \times 2$ パウリ行列を表す。${\bf 2}$ 表現(あるいはスピン $\frac{1}{2}$ 表現)では
\[ h \, = \, \left( \begin{array}{cc} e^{i \th} & 0 \\ 0 & e^{-i\th} \\ \end{array} \right) \tag{14.129} \]
となるので $h $ 作用のもとで一重項は $\th =0$ でない限り存在しない。しかし、${\bf 3}$ 表現(あるいはスピン 1 表現)では $\si_3$ 作用のもとで $\phi$ は ${\bf 3} \rightarrow {\bf 2} \oplus {\bf 1}$ と分解できる。よって、基底状態の期待値 $\phi_0 = ( \phi_0^1 , \phi_0^2 , \phi_0^3 )^T $ を $\phi_0^1 = \phi_0^2 = 0$, $\phi_0^3 = v \ne 0$ と選べる。このとき、自発的破れ $SU(2) \rightarrow U(1)$ を引き起こすポテンシャル項は $V = \la (\phi^a \phi^a - v^2 )^2$ $( a = 1,2,3) $ で与えられる。ただし、$\la > 0$ である。このポテンシャルは $O(N)$ 理論のハミルトニアン
\[ \H \, = \, \int d^3 x \left[ \hf \dot{\phi}_i \dot{\phi}_i + \hf (\nabla \phi_i )(\nabla \phi_i ) + \la (\phi_i \phi_i )^2 + \frac{\si}{2} (\phi_i \phi_i ) \right] \tag{14.29}\]
で $N=3$ とおいたものに対応する。この理論は回転対称性を持つので南部-ゴールドストン粒子 $\phi^a$ は直交群 $O(3)$ の生成子 $R_{ab}$ を用いて $\phi^a = R_{ab} \phi_0^b$ と表せる。明らかに、$\phi^a$ は条件式 $\phi^T \phi = \phi^a \phi^a = v^2$ を満たす。期待値 $\phi_0$ の等方部分群は $O(2) \subset O(3)$ である。以上より、自発的対称性の破れに関連するコセット空間 $SU(2)/U(1)$ は幾何学的に2次元球面 $S^2 = O(3)/O(2) $ と等しいことが分かる。
\[ \begin{array}{ccc} {\bf 3} &=& {\bf 2} ~ \oplus ~ {\bf 1} \, . \\ \mbox{$\small{SU(3)}$} && \mbox{$\small{SU(2)}$} \\ \end{array} \tag{14.130} \]
これは $SU(2)$ の一重項を含むので、自発的破れ $SU(3) \rightarrow SU(2)$ を引き起こす。南部-ゴールドストン粒子は ${\bf 3}$ 表現 (基本表現) に属す複素ベクトル場 $\phi^a$ $( a = 1,2,3)$ で表せる。基底状態の期待値 $\phi_0$ は $SU(2)$ 部分群に対応する変換のもとで不変である。よって、$\phi_0$ は
\[ \phi_0 = \left( \begin{array}{c} 0 \\ 0 \\ v \\ \end{array} \right) \tag{14.131} \]
と選べる。ただし、$v$ はゼロでない実数である。$\phi_0$ の複素共役は $\phi_0^\dag = ( \phi_{0}^{1*} , \phi_{0}^{2*} , \phi_{0}^{3*} ) = ( 0, 0, v )$ で与えられる。自発的対称性の破れを引き起こすポテンシャル項は $V = \la ( \phi^{*a} \phi^a - v^2 )^2$ ($a=1,2,3$) と表せる。南部-ゴールドストン粒子は複素ベクトル場 $\phi^a = g^{ab} \phi_0^b$ で記述される。ただし、$g^{ab}$ は ${\bf 3}$ 表現に属す $SU(3)$ 群の要素である。上の例と同じく、これより条件式 $\phi^{*a} \phi^a = v^2$ が得られる。すなわち、
\[ ( {\rm Re} \phi)^a ({\rm Re} \phi)^a + ({\rm Im} \phi)^a ( {\rm Im} \phi)^a \, = \, v^2 \tag{14.132} \]
が成り立つ。よって、関連するコセット空間 $SU(3)/SU(2)$ は5次元球面 $S^5 = SU(3)/SU(2)$ で与えられる。なお、同様な議論から一般に $S^{2n-1} = SU(n)/SU(n-1) $ が成り立つ。
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