2024-02-08

4. 分数量子ホール効果 vol.3

4.3 ハイゼンベルク代数と分数スピン


前節に引き続いて分数量子ホール効果の正孔動力学(ダイナミクス)について代数的な考察を行う。ハイゼンベルク代数については既に1.2節で取り上げた。一般にハイゼンベルク代数は交換関係
\[ \begin{eqnarray} [ \hat{x}^{(\al )}_{i} , \hat{x}^{(\bt )}_{j} ] &=& 0 \\ [ \hat{x}^{(\al )}_{i} , \hat{p}^{(\bt )}_{j} ] &=& i\, \del_{ij}\, \del^{\al \bt} \\ [ \hat{p}^{(\al )}_{i} , \hat{p}^{(\bt )}_{j} ] &=& 0 \end{eqnarray} \tag{4.31} \]
で表せる。ただし、$\al, \bt = 1,2, \cdots , N $であり、$i , j$は空間座標の添え字を示す。1.2節で言及したように、この代数に関してストーン-フォン・ノイマンの定理がある。この定理によると、ハイゼンベルク代数の表現は$N$が有限かつ$(x,p)$で定義されたすべての相空間が単連結であるならば(ユニタリー等価を除いて)唯一の表現をもつ。ここで、$N$が有限であることと相空間が単連結であるという2つの前提条件が重要となる。例えば、もし$N$が有限でないと互いに区別できる代数の表現が存在可能であり、それらは異なる相に対応すると考えられる。よって、$N \rightarrow \infty$の極限では相転移が起こる。(この極限はしばしば熱力学極限と言及される。)これは超伝導のBCS理論で起きていることであり、この場合については別の章で取り上げる。(詳しくはBCS理論の基底状態を議論した6.3節を参照のこと。)

 一方、定義空間に穴が開いていると単連結の前提が崩れる。これは、以下に示すように、分数量子ホール効果の正孔励起状態の場合に起きる。

 まず、座標$x$の空間が単連結であるならば、代数(4.31)は唯一の表現しか持たないとはどういうことかを見ていく。$x$はそれ自身と可換なので$x$-演算子がすべて同時に対角化される表現を求めることができる。当然ながら、これは量子力学の標準的な表現
\[ \hat{x}^i \rightarrow x^i \, , ~~ \hat{p}_i \rightarrow - i \frac{\d}{\d x^i} \tag{4.32} \]
を導く。これは代数(4.31)に従うシュレーディンガー表現である。代数(4.31)の別の解は
\[ \hat{x}^i \rightarrow x^i \, , ~~ \hat{p}_i \rightarrow - i \frac{\d}{\d x^i} + a_i (x) \tag{4.33} \]
で与えられる。ただし、$a_i (x)$は$[ \hat{p}_i , \hat{p}_j ] = 0$を満たさなければならない。つまり、
\[ \left[ -i\frac{\d}{\d x^i} + a_i (x) \,  ,  \, -i \frac{\d}{\d x^j } + a_j (x) \right] = - i \left( \frac{\d a_j}{\d x^i} - \frac{\d a_i}{\d x^j} \right) =0 \tag{4.34} \]
となる。もし$x^i$が単連結空間で定義されているなら、$a_i$は
\[ a_i = \d_i \La \tag{4.35} \]
とパラメータ表示できる。ただし、$\La$は$x^i$の任意関数である。このとき、表現(4.33)は
\[\begin{eqnarray} && \hat{x}^i  = U^{-1} x^i U \, , ~~ \hat{p}_i = U^{-1} \left( -i \frac{\d}{\d x^i} \right) U \tag{4.36} \\ && U = \exp ( i \La ) \tag{4.37} \end{eqnarray}\]
と表せる。したがって、表現(4.33)はユニタリー変換のもとでシュレーディンガー表現(4.32)と同等である。この意味で、ハイゼンベルク代数は唯一のユニタリー表現をもつ。言い換えると、$x^i$が単連結空間である場合、ハイゼンベルク代数はユニタリー等価を除いて唯一の(ユニークな)表現をもつ。

 もし定義空間が単連結でなければ、つまり、もし定義空間が非可縮なループをもつなら、条件式(4.34)は(4.35)以外の非自明な解をもつ。より正確に述べると、「$\d_i a_j - \d_j a_i = 0$は空間が非可縮なループをもつ場合に限り非自明な解をもつ」ことを示せる。例えば、前節のように複素座標を導入して、
\[ a_z = ic \frac{1}{z-w} \, , ~~ a_\bz =  -ic \frac{1}{\bz - \bw} \tag{4.38} \]
と選ぶ。ただし、$c$は定数である。前節で導出した通り、これは分数量子ホール効果の有効理論において正孔が従う運動方程式の解
\[ a_\bz = - \frac{i}{2k} \frac{1}{\bz - \bw} \, , ~~ a_z = \frac{i}{2k}\frac{1}{z-w}  \tag{4.27} \]
に対応する。ただし、$c= \frac{1}{2k} = \frac{1}{2 (2p+1) }$ ($p = 1,2, \cdots $) と置ける。関係式
\[ \d_z \frac{1}{\bz - \bw} = \pi \del^{(2)} (x -w ) \, , ~~ \d_\bz \frac{1}{\bz - \bw} = \pi \del^{(2)} (x -w ) \tag{4.26} \]
を用いると、${\mathbb R}^2 - \{ w \}$で定義される空間上で$\d_z a_\bz - \d_\bz a_z = 0$が成り立つことが分かる。この空間は分数量子ホール効果の1-正孔ダイナミクスの配位空間に対応する。2次元空間から点$w$除外されるが、これはこの点に他の粒子が接近できないという意味である。例えば、任意の電子の位置$z_i$が$w$に等しい場合には対応する波動関数はゼロとなる。解(4.38)は
\[\begin{eqnarray} && a_z = \d_z \La \, , ~~ a_\bz = \d_\bz \La  \nonumber \\ && \La (z, w) = ic \left[ \log ( z- w ) - \log ( \bz - \bw ) \right] \tag{4.39} \end{eqnarray}\]
と書き換えられる。変換(4.36)と同様に、ユニタリー変換を施された演算子${\hat x}^i = U^{-1} x^i U$, $ {\hat p}_i = U^{-1} (-i \d/\d x^i) U$を定義してみよう。ここで、$U$は
\[ U (z, w) = e^{ i \La (z, w) } \tag{4.40} \]
と置ける。しかし、ここで重要なのは$U (z, w)$は定義空間上で一価関数でないことである。下図に示したように点$w$のまわりの曲線$C$に沿った軌跡を考える。

複素曲線$C$に沿ったユニタリー変換$U$を考える

(4.39)の因子$\log (z-w)$は$2\pi i$だけシフトするので、曲線を一周すると$U \rightarrow e^{-4 \pi i c} U$と変換する。言い換えると、
\[ U ( e^{2 \pi i}z , e^{2 \pi i} w ) = e^{-4 \pi i c} U(z, w) \tag{4.41} \]
となる。これは、$c= \frac{n}{2}$ ($n \in \Z $) でない限り、$U$は一価関数とならないことを意味する。分数量子ホール効果の正孔ダイナミクスの場合、 $c= \frac{1}{2 (2p+1)}$となるのでこの条件は一般に満たされない。例外は、$p =0$のときであり、これは整数量子ホール効果に対応する。

 いま考えている空間上で$\d_i a_j - \d_j a_i =0$が成り立つことを示した。よって、$U$の位相変化は曲線$C$の連続的な変形によって変わらない。これはトポロジカル不変量である。ここで、もし空間が単連結であるとすると、微小変形を繰り返すことで曲線を一点に収縮させることができる。このとき、$U$に変化がないことは明らかである。よって、単連結空間において許容される$U$は一価関数でなければならない。一方、単連結性がなければ、$U$は一価関数である必要はない。ここに矛盾はない。ただし、多価関数の$U$はユニタリー変換として利用することはできない。というのも、$U$は定義空間の各点において唯一つの(ユニークな)値をもつ関数でなければならないからである。つまり、$U$は一価関数でなければならない。

 まとめると、定義空間が単連結の場合、ハイゼンベルク代数は(ユニタリー等価を除いて)唯一の表現をもち、その表現はシュレーディンガー表現で与えられる。分数量子ホール効果の正孔ダイナミクスにおいては、定義空間は非単連結となり、前節の正準運動量
\[    p_i = m {\dot x}_i + a_i \equiv - i {\d \over \d x_i}    \tag{4.29} \]
で与えられる表現はシュレーディンガー表現とユニタリー等価とならない。

2正孔の動力学

 前節の(4.20)で議論したように1正孔系では$a_z$, $a_\bz$は方程式
\[ -  \frac{i k}{\pi} (\d_z a_\bz - \d_\bz a_z ) + j_0 = 0 \tag{4.42} \]
に従う。ここで、$j_0$は
\[ j_0 = \del^{(2)} (x- w) \]
である。2正孔系の場合、$j_0$は
\[ j_0 = \del^{(2)} (x - w_1 ) + \del^{(2)} (x- w_2 ) \tag{4.43} \]
で与えられる。式(4.42)は$a_z$, $a_\bz$について線形なので、この場合の解は
\[\begin{eqnarray} a_\bz &=& - \frac{i}{2k} \left( \frac{1}{\bz - \bw_1} + \frac{1}{\bz - \bw_2} \right) \tag{4.44}\\ a_z &=& \frac{i}{2k} \left( \frac{1}{z - w_1} + \frac{1}{z - w_2} \right) \tag{4.45} \end{eqnarray}\]
で与えられる。位置$w_1$と$w_2$にある2つの正孔の動力学は作用
\[ S = \int dt \left[  \frac{m}{2} \dot{\bw}_1 \dot{w}_1 + \frac{m}{2} \dot{\bw}_2 \dot{w}_2 + a_{w_1} \dot{w}_1 + a_{\bw_1} \dot{\bw}_1 + a_{w_2} \dot{w}_2 + a_{\bw_2} \dot{\bw}_2\right] \tag{4.46} \]
で表せる。ただし、2つの極での特異点を除いている。つまり、
\[\begin{eqnarray} && a_{w_1} = \frac{i}{2k} \frac{1}{w_1 - w_2} \, , ~~~~~ a_{w_2} = \frac{i}{2k} \frac{1}{w_2 - w_1} \tag{4.47}\\ && a_{\bw_1} = - \frac{i}{2k} \frac{1}{\bw_1 - \bw_2} \, , ~~~~~ a_{\bw_2} = - \frac{i}{2k} \frac{1}{\bw_2 - \bw_1} \tag{4.48} \end{eqnarray}\]
と置いた。この特異点はクーロン自己相互作用のようなものとして解釈できるので、これらの特異点を除くのは物理的に妥当である。1-正孔ダイナミクスの場合、正孔の運動量演算子は
\[\begin{eqnarray} m \dot{z} &=&  \frac{2}{i} \left( \d_\bz - i a_\bz \right) \nonumber\\ m \dot{\bz} &=& \frac{2}{i} \left( \d_z - i a_z \right) \end{eqnarray} \tag{4.30} \]
と書けた。複素座標への変換で関係式
\[\begin{eqnarray} && z= x_1 + i x_2 \, , ~~ \bz = x_1 - i x_2 \tag{4.21}\\ &&  \d_z =  {\half} ({\d_1 - i \d_2} ) ~~ \d_\bz = {\half} ({\d_1 + i \d_2} ) \tag{4.22}\\ && a_z = {\half} ({a_1 - i a_2} )\, , ~~ a_\bz = {\half} ({a_1 + i a_2})  \tag{4.23} \end{eqnarray}\]
を用いたので、(4.30)に因子2が現れることに注意しよう。2-正孔の場合も同様に、
\[\begin{eqnarray} m \dot{w}_1 &=& \frac{2}{i} \left(  \frac{\d}{\d \bw_1} - i  a_{\bw_1} \right) \equiv  \frac{2}{i} \overline{\D}_1 \tag{4.49}\\ m \dot{\bw}_1 &=& \frac{2}{i} \left( \frac{\d}{\d w_1} - i a_{w_1} \right) \equiv \frac{2}{i} {\D}_1 \tag{4.50} \end{eqnarray}\]
と表せる。ここで、$\overline{\D}_1$, ${\D}_1$は
\[\begin{eqnarray}  \overline{\D}_1 &=& \frac{\d}{\d \bw_1} - \frac{\d}{\d \bw_1} \left[ \frac{1}{2k} \log ( \bw_1 - \bw_2 ) - \frac{1}{2k} \log (w_1 - w_2 ) \right] \tag{4.51} \\  {\D}_1 &=& \frac{\d}{\d w_1} - \frac{\d}{\d w_1} \left[ \frac{1}{2k} \log ( \bw_1 - \bw_2 ) - \frac{1}{2k} \log (w_1 - w_2 ) \right] \tag{4.52} \end{eqnarray}\]
と書ける。同様に、もう1つの正孔に対して
\[\begin{eqnarray} \overline{\D}_2 &=& \frac{\d}{\d \bw_2} - \frac{\d}{\d \bw_2} \left[ \frac{1}{2k} \log ( \bw_2 - \bw_1 ) - \frac{1}{2k} \log (w_2 - w_1 ) \right]  \tag{4.53} \\ {\D}_2  &=& \frac{\d}{\d w_2} - \frac{\d}{\d w_2} \left[ \frac{1}{2k} \log ( \bw_2 - \bw_1 ) - \frac{1}{2k} \log (w_2 - w_1 ) \right] \tag{4.54} \end{eqnarray}\]
が成り立つ。

 2-正孔系のハミルトニアンは
\[ \H = \frac{m}{2} \dot{\bw}_1 \dot{w}_1 + \frac{m}{2} \dot{\bw}_2 \dot{w}_2 \tag{4.55} \]
で与えられる。$\overline{\D}_i$, $\D_i$ ($i=1,2$) で表すと、これは
\[ \H = - \frac{2}{m} \left( \D_1 \overline{\D}_1  + \D_2 \overline{\D}_2  \right) \equiv \H_{\D_1} + \H_{\D_2} \tag{4.56} \]
と書ける。ただし、運動量演算子(4.49), (4.50)に因子2があるのでハミルトニアンの係数が変化することに注意しよう。

 つぎに、$\H_{\D_1}$に関するシュレーディンガー方程式を考える。波動関数を$\Psi = e^{F} \Phi$の形で試行すると、$\Psi$への微分演算子$\overline{\D}_1$の作用は
\[\begin{eqnarray} \overline{\D}_1 \Psi &=& \left( \frac{\d}{\d \bw_1} - \frac{\d}{\d \bw_1} \left[ \frac{1}{2k} \log ( \bw_1 - \bw_2 ) - \frac{1}{2k} \log (w_1 - w_2 ) \right] \right) e^{F} \Phi \nonumber \\ &=& e^{F} \left( \frac{\d}{\d \bw_1} \Phi + \frac{\d F}{\d \bw_1} \Phi \right. \nonumber \\ &&~~~~~~~ \left. - \frac{\d}{\d \bw_1} \left[ \frac{1}{2k} \log ( \bw_1 - \bw_2 ) - \frac{1}{2k} \log (w_1 - w_2) \right] \Phi \right)  \tag{4.57} \end{eqnarray}\]
と表せる。これより、$F$を
\[ F ( w_1 , w_2 ) = \frac{1}{2k} \left[ \log ( \bw_1 - \bw_2 ) - \log (w_1 - w_2 ) \right] \tag{4.58} \]
と同定すると、シュレーディンガー方程式$\H_{\D_1} \Psi = E_1 \Psi$は$\H_{\d_1} \Phi = E_1 \Phi$と簡素化される。ただし、$\H_{\d_1}$は通常の自由粒子のハミルトニアン
\[ \H_{\d_1} = - \frac{2}{m} \frac{\d}{\d w_1}\frac{\d}{\d \bw_1} \tag{4.59} \]
であり、$\Phi$は正孔のシュレーディンガー波動関数を表す。$\H_{\D_2}$からも同様の寄与があるので、2-正孔系の波動関数$\Psi$は
\[ \Psi (w_1 , w_2 ) = \exp\left( {  \frac{1}{2k} \bigl[ \log ( \bw_1 - \bw_2 ) - \log ( w_1 - w_2 ) \bigr] }\right)~ \Phi  \tag{4.60} \]
と表せる。

正孔の位置の入れ替えは2点をラジアン単位で$\pi$だけ回転させて、元の位置$w_1$, $w_2$に並進移動させればよい。図示すると次のようになる。


並進移動は波動関数$\Psi$の形に影響を与えないことに注意する。また、$\Phi$の構成から$\Phi$は$w_1$と$w_2$の関数の変数分離形で表せるので$\Phi (w_1 , w_2 ) = \Phi (w_2 , w_1 ) $となる。よって、$\pi$-回転のもとで波動関数$\Psi (w_1 , w_2 ) $は
\[ \Psi (w_2 , w_1 ) = \exp\left( {\frac{1}{2k}(-i \pi - i \pi)} \right)~\Psi (w_1 , w_2 ) = \exp \left( -i \frac{\pi}{k} \right)~ \Psi (w_1 , w_2 ) \tag{4.61} \]
と変換する。ただし、前述の通り、分数量子ホール効果の場合、$k = 2p+ 1$ ($p=1,2, \cdots $) となる。整数量子ホール効果の場合は、$p= 0$となり、$k=1$に対応する。このとき、関係式(4.61)は正孔がスピン$\frac{1}{2}$のフェルミ粒子である事実と矛盾しない。しかしながら、$k > 1$の場合は分数量子ホール効果の正孔が「分数統計」に従うことを示している。

 2次元空間では、粒子が分数の値のスピンをもつことが可能である。通常の量子化ではスピンが整数か半奇数の値をとるが、その理由は角運動量演算子が可換でないことと量子化に当たり角運動量の成す代数のユニタリー表現が必要になることである。2次元空間では1回転しかないので、演算子の非可換性の問題は生じない。よって、スピンが分数の値をとることが可能となる。これは、ローレンツ不変な理論にも当てはまる。この場合、回転生成子とローレンツ変換の2つの生成子は交換しない。これは、ローレンツ群(及び並進移動を含めたポアンカレ群)が非コンパクトな性質をもつためであり、その帰着として分数スピンをもつユニタリー表現が許される。

 2次元空間におけるスピン統計の関係性も知られており、それによると上で示した結果は、分数量子ホール効果の正孔は分数スピンをもつこと、つまり正孔は「エニオン」であることを意味する。これらの結果は、ハイゼンベルク代数がシュレーディンガー表現とは異なる表現をもつことの帰結とみなせるが、そのような表現が生じる理由はそもそも定義空間が非単連結な性質をもつことであった。

0 件のコメント: