6.1 超伝導入門
超伝導は超低温下において多くの物質で観測される現象である。これは、1911年に初めて観測されて以来、実験・理論の双方で広範囲に研究されている分野である。超伝導理論の基本的な枠組みはバーディーン(Bardeen)、クーパー(Cooper)、シュリーファー(Schrieffer)によって1957年に与えられた。この章ではBCS理論の代数的な側面について考える。その導入として、まず超伝導の基本事項を以下に示す。
原子核の格子内にある多電子系において、2種類の電子間相互作用が重要となる。1つはもちろんクーロン斥力であり、もう1つは格子振動あるいはフォノンによって媒介される相互作用である。いま考えている状況、つまり原子核格子が背景となる多電子系ではクーロン相互作用は遮蔽されることが知られている。この遮蔽効果は湯川ポテンシャルVYuk∼(e−ar)/rで記述される。ただし、a−1はクーロン相互作用が有効となる距離を表す。運動量空間表示では湯川ポテンシャルは(k2+a2)−1に比例する。ただし、→k (k=√|→k|2) は3次元空間の運動量ベクトルである。この関係はフーリエ変換
∫d3k(2π)31k2+a2ei→k⋅→r=e−ar4πr∼VYuk(r)
から簡単に確認できる。よって、VYukが比較的小さいエネルギー準位では電子-フォノン相互作用が引力として優勢になり、この引力によって電子のペア(電子対)が生成される。電子対はボース粒子として振る舞うため、超伝導はボース-アインシュタイン凝縮の帰結として解釈できる。これがBCS理論の主要なアイデアである。この電子対はクーパー対と呼ばれる。ここで、ばね振動との類推からkvibを原子核振動の「ばね定数」とみなすと、大まかに言って、電子フォノン相互作用の典型的なエネルギー準位は ωvib∼√kvib/Mnuc で与えられる。よって、電子がフォノンとの相互作用を通してペアリングされるという描像から関係式 Tc∝Mnuc−12 を理解することは可能である。
フェルミオン演算子
最初に多電子系における電子の生成・消滅演算子について復習しよう。運動量が→kの1電子状態は |⋯1k⋯⟩≡|1k⟩ と表せる。ただし、ここでは電子のスピンを無視する。この電子の消滅演算子Ckをとする。つまり、
Ck|1k⟩=|0k⟩
と定義する。これは、⟨0k|Ck|1k⟩=1 と同じことである。この関係は ⟨ψ|1k⟩=1 と書き換えられる。ただし、|ψ⟩=C†k|0k⟩ であるが、これは基本的にCkの随伴の定義を与える。よって、
C†k|0k⟩=|1k⟩
C†kC†k|⋯0k⋯⟩=0
が成り立つ。(ここではスピンの自由度を無視していることに注意。)任意の状態から始めても同様の結果が得られるので、一般に排他律は
C†kC†k=CkCk=0
と表せる。以上より、関係式
CkC†k|0k⟩=Ck|1k⟩=|0k⟩C†kCk|0k⟩=C†kCkCk|1k⟩=0CkC†k|1k⟩=CkC†kC†k|0k⟩=0C†kCk|1k⟩=C†k|0k⟩=|1k⟩
が成り立つ。よって、CkとC†kは反交換関係
CkC†k+C†kCk=1
に従うことが確認できる。
これらの関係式は多電子系にも簡単に拡張できる。例えば、異なる運動量→k, →lでラベルされる状態を考える。2電子状態は粒子の交換について反対称なので C†kC†l|0k0l⟩=|1k1l⟩=−|1l1k⟩ とおける。これより、関係式 C†kC†l=−C†lC†k が得られる。この共役も考えると
C†kC†l+C†lC†k=0CkCl+ClCk=0
が成り立つ。反交換関係(6.7)は
CkC†l+C†lCk=δkl
と一般化される。関係式(6.8)-(6.10)はフェルミオンの生成・消滅についての代数を与える。また、(6.6)からフェルミオンの数演算子はC†kCkで与えられることが分かる。
より一般的に、1粒子状態ラベルα, βなどで表示できる。これらは運動量やスピンのラベルを表す複合的な添え字であり、例えば、|α⟩=|→k,↑⟩ と書ける。そのような状態にあるフェルミオンの消滅演算子をCαで表すと、フェルミオン全体の代数は
CαCβ+CβCα=0C†αC†β+C†βC†α=0CαC†β+C†βCα=δαβ
で与えられる。
電子-フォノン相互作用
つぎに、超伝導、少なくとも標準的なBCS型の超伝導体にとって重要となる電子-フォノン相互作用について考える。この相互作用は結晶格子の振動イオン場を背景とする電子の静電エネルギーに起因する。まず、格子振動の振幅が格子間隔に比べて小さいという近似を用いてこの相互作用の解析を始めよう。
xαi=aαi + ξi(x0,aα)
と書ける。ここで、aαi=→aα は格子位置であり、i=1,2,3, α=1,2,⋯,Nとおく。イオンの総数はNである。(また、時間成分はx0, y0などで表す。)格子振動ξiは
ξi(x0,aα)=∑α(bik√2ωkei→k⋅→aα−iωkx0+b†ik√2ωke−i→k⋅→aα+iωkx0)
ρ(x)=Ze∑αδ(3)(x−aα−ξ(aα))
である。ただし、分数量子ホール効果の解説(4.2節)のときと同様に、以下ではベクトルであることが明らかな場合は矢印を省略する。イオンによる静電ポテンシャルは次のように計算できる。
A0(x)=∫d3y∫d3q(2π)3ei→q⋅(→x−→y)1q2 ρ(→y)=Ze∑α∫d3q(2π)3ei→q⋅(→x−→aα)e−i→q⋅ξq2≈Ze∑αG(→x−→aα)−iZe∑α→q⋅ξ(aα)q2ei→q⋅(→x−→aα)+⋯
ただし、G(→x−→y)はクーロン相互作用のグリーン関数
G(→x−→y)=∫d3q(2π)31q2ei→q⋅(→x−→y)
である。静電相互作用エネルギーはe∫ψ∗ψA0で与えられる。ただし、ψは(非相対論的な)電子の場を表す。(6.15)を代入すると第1項は格子振動とは独立な定数となり、電子-フォノン相互作用には関与しない。第2項目以降は
Sint=−iZe2∫d4x ψ∗ψ(x)∑α→q⋅ξ(aα)q2ei→q⋅(→x−→aα) +⋯≈−Ze2∫d4x ψ∗ψ(x)δδxi(∑αG(→x−→aα)ξi(aα))
と表せる。ここで、長波長極限あるいはaαが連続的になる連続極限を考えると ∑α→(定数)∫d3y とおけるので、上式は
Sint=−Ze2(定数)∫d4xd3y ψ∗ψ(x)∇iG(→x−→y)ξi(y)
と書ける。さらに、連続極限でのフォノン場ϕi(x)を導入する。
ϕi(x)=∑k(bikuk(x)+b†iku∗k(x))uk(x)=1√2ωkVexp(−iωkx0+i→k⋅→x)
比例係数を1つの因子Fにまとめると、相互作用項は
Sint=F∫dx0d3xd3y ψ∗ψ(x)G(→x−→y) ∇⋅ϕ
と表せる。ここでは、多くの効果を厳密に取り扱っていない。例えば、電子が受ける原子核の静電ポテンシャルは遮蔽効果のために少なくなるはずであるがその効果は無視した。しかし、ここで重要なのは電子-フォノン相互作用の形が(6.20)で与えられることである。ここでは、係数Fを未知の因子をまとめたものとして扱い、その値を固体中の電子と原子の相互作用を詳しく計算して導くのではなく、誘電率など測定可能な物理量と関係づけることで決定するという方針をとる。以下ではこの方針に沿ってFを求める。相互作用項(6.20)をもちいてフォノンの交換による電子間の相互作用を摂動論で計算する。2次摂動での寄与は
Γ=−i2!⟨(iSint)2⟩=i2F2∫x,yψ∗ψ(x) ψ∗ψ(y)∫d4k(2π)4 ie−ik0(x0−y0)k20−ω2k+iϵ ei→k⋅(→x−→y)→k⋅→k
で与えられる。電荷密度がほぼ静的であるとすると、ψ∗ψ(x)はx0に対して非常にゆっくりとしか変化しないのでy0について時間積分を実行すると
Γ=i2F2∫d4xd3y d3k(2π)3ψ∗ψ(x) ψ∗ψ(y)ei→k⋅(→x−→y)i(−ω2k) 1→k⋅→k
となる。ただし、∫dy0exp(ik0y0)=2πδ(k0) を用いた。ポーラロン問題においてフォノンは光学フォノンとして扱うのが妥当である。この場合、角運動量ωkはkに依存しない定数 ωk≈ω0 と近似できる。よって、
Γ≈F22ω20∫d4xd3y ψ∗ψ(x)G(→x−→y)ψ∗ψ(y)
と表せる。標準的な電子間のクーロン相互作用は
SCoul=−e22∫d4xd3y ψ∗ψ(x)ψ∗ψ(y)∫d3k(2π)3ei→k⋅(→x−→y)ϵ(ω)k2
で与えられる。ただし、ϵ(ω)は角運動量ωのフォノンの比誘電率である。電子-フォノン相互作用の寄与がないときの比誘電率をϵ∞とおく。フォノンの効果は高振動数で無視できるので、基本的に ϵ(ω)→ϵ∞ (ω→∞) となる。記号ϵ∞の意味はこのことから理解できる。一方、振動数が低いとき比誘電率は電子-フォノン相互作用の効果を含む。この比誘電率をϵ0と表すと、ϵ(ω)→ϵ0 (ω→0) となる。よって、(6.23)と(6.24)を比較すると、
1ϵ0 = 1ϵ∞ − F2e2ω20
と書ける。これより、電子-フォノン相互作用は比誘電率を用いて
Sint = eω0√1ϵ∞−1ϵ0 ∫d4xd3y ψ∗ψ(x) G(→x−→y) ∇⋅ϕ(y)
と表せる。これは1952年にフレーリッヒ(Fröhlich)によって得られた電子-フォノン相互作用(フレーリッヒ相互作用)と同じ形をしている。
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