5.3 SU(3)の既約表現
SU(3)群はその名の通り、行列式が1となる全ての3×3ユニタリー行列U (detU=1) の集合で定義される。SU(3)群は、ユニタリー行列Uがベクトル空間の線形変換として働くとみなすと理解しやすい。このために、まず複素3成分の列ベクトル
ϕi=(ϕ1ϕ2ϕ3)
(i=1,2,3) を考える。この列ベクトルのUの作用による線形変換は ϕ′=Uϕ で与えられる。成分表示で表すと
ϕ′i=3∑k=1Uikϕk
となる。この3×3行列UはSU(3)群の定義表現を与える。(リー群の定義表現について詳しくは1.2節を参照のこと。)しばしば、用語の乱用から変換が作用する空間も表現と言及されることもある。よって、(5.18)の形の列ベクトルで張られる空間もSU(3)の定義表現(あるいは基本表現)と呼ばれる。
つぎに、変換のテンソル版 T′ij=UikUjlTkl を考える。群の合成則を確認すれば分かるように、これは群の表現を与える。実際、行列成分の直積UikUjlを(添え字に注目して)Uij,klと指定すると、群の2つの要素U1, U2の合成が要素U3となれば、Uについても同様に合成則が成り立つ。
U1U2=U3 ⟹ U1U2=U3
直積の表現Uは一般に可約である。つまり、この表現が作用するベクトル空間は群の作用によって不変な部分空間へ分解できる。これはテンソルを対称化すれば分かる。テンソルの対称成分と反対称成分は独立に変換するからである。対称テンソルの変換は
(Tij+Tji2)′=12(UijUjlTkl+UjkUilTkl⏟UjlUikTlk)=UijUjl(Tkl+Tlk2)
で与えられる。これは対称成分の集合はそれ自体に変換することを示している。つまり、対称成分は不変な部分空間を成す。これは既約な1成分であり、更に分解することはできない。同様に、反対称成分もそれ自体に変換し、別の不変な部分空間を成す。
(Tij−Tji2)′=UijUjl(Tkl−Tlk2)
これもまた既約である。よって、Tijの9つの要素は6次元と3次元の2つの既約表現に分解する。
テンソルを用いた直積の分解から、SU(3)の既約表現を得るには以下に示す3つの規則を課せばよいことが分かる。最初の規則はこれまでの議論から次のようになる。
規則1:対称成分と反対称成分を分離する
列ベクトルϕiの複素共役
ϕ∗i=(ϕ∗1ϕ∗2ϕ∗3)
ϕ†′=ϕ†U†
である。共役関係は線形変換ではないので、ϕとϕ∗は線形独立であることに注意しよう。よって、明らかにU†は別の表現を定義する。この表現は基本表現の共役あるいは反基本表現と呼ばれる。混乱を避けるため、共役な表現の添え字を上付きにして追跡できるようにする。
ϕi∗=Uik∗ϕk∗
よって、Tijの形のテンソルは
Tij′=Uik∗UjlTkl
と変換する。この変換にクロネッカー・デルタを当てはめると
δij′=Uik∗Ujlδkl=Uik∗Ujk=Ujk(U†)ki=(UU†)ij=δij
となることが分かる。ただし、Uのユニタリー性を用いた。したがって、δijは不変なテンソルであり、上下の添え字を縮約するのに利用できる。クロネッカー・デルタの作用によって得られる量は群の変換のもとで正しく変換するという意味で、この上下の添え字を縮約する演算は不変である。さらに、関係式
Tii′=Uik∗UilTkl=(U†U)klTkl=δklTkl=Tkk
が成り立つ。よって、Tii (つまり、Tのトレース) はUの変換のもとで不変である。言い換えると、これは恒等変換である。これらの結果から、テンソルTijは
Tij=(Ttraceless)ij+13δijTkk
と分解できる。トレースレス成分とトレース成分は2つの異なる不変部分空間(つまり、2つの既約表現)を成す。このことから2つ目の規則が導かれる。
規則2:上下の添え字の縮約はすべて分離する
添え字の縮約は不変テンソルδijを作用させることで実行できることをみたが、もう1つの不変テンソルが存在する。これはレビ-チビタ反対称テンソルϵijkであり、条件detU=1に起因する。実際、
ϵ′ijk=UiaUjbUkcϵabc=ϵijkdetU=ϵijk
と確認できる。ただし、行列式の定義式
ϵijkUiaUjbUkc=ϵabc(detU)
を用いた。よって、テンソルの添え字の縮約にϵijkまたはϵijkを利用することができる。例えば、Tijの添え字が反対称であるとすると、これらの成分は Tk=Tijϵijk と書き換えることができる。ϵijkは不変テンソルなので、これはTij(つまり、Tk)はSU(3)の反基本表現として変換することを示している。同様に、Tijϵijk=Tk のような縮約も実行できる。ϵ-テンソルを繰り返し用いると、テンソルの階数に関わりなく反対称の添え字を消すことができる。これより、3つ目の規則が導かれる。
規則3:反対称の添え字のペアは不変テンソルϵijkあるいはϵijkで縮約されなければならない
以上の3つの規則に基づいて、どのような既約テンソル表現がSU(3)において可能であるかを見ていく。一般のテンソルにこれらの規則を課すことを考える。テンソルの一般形は
Tj1j2⋯jqi1i2⋯ip
と書ける。ただし、添え字はそれぞれ1,2,3の値をとる。3つ目の規則から、テンソルの上付きの添え字 (j1j2⋯jq)、下付きの添え字 (i1i2⋯ip) はそれぞれ置換のもとで完全対称となるように取れる。このテンソルのトレースは SU(3) 変換のもとでそれ自体に変換する階数の低いテンソルである。よって、既約成分を取り出すには、このトレースはゼロと置ける。つまり、階数の低いテンソルの中で既に(5.32)のトレースは数えられているとみなす。これは、上記の規則2に当てはまる。よって、
δinjmTj1j2⋯jqi1i2⋯ip=0
を課すことができる。これより、既約表現を得るには(5.32)の形のテンソルのトレースレス成分のみを考えればよいことが分かる。SU(3)代数の有限次元の既約表現はすべて(5.32)と(5.33)の2つの条件の組み合わせで与えられる。
ここで、これらのテンソル表現の次元を数え上げよう。まず、各成分が1,2,3の値をもつ添え字の集合(i1i2⋯ip)を考える。これらは完全対称なので、k個の添え字が3の値をもつなら、(p−k)個の添え字は1か2の値をもつ。例えば、(p−k)個の1とゼロ個の2、(p−k−1)個の1と1個の2などとなる。明らかに、(p−k+1)通りの可能性がある。kはゼロからpの値をとるので、和をとると ∑k(p−k+1)=12(p+1)(p+2) となる。よって、(5.32)の独立成分の数は 12(p+1)(p+2)×12(q+1)(q+2) で与えられる。このトレースは(p−1)個の上付き添え字と(q−1)個の下付き添え字のテンソルに対応するので、トレースを除くと独立成分の数は
(p+1)(p+2)2(q+1)(q+2)2−p(p+1)2q(q+1)2=(p+1)(q+1)(p+q+2)2
となる。この数は(p,q)でラベルされるSU(3)の既約表現の次元を与える。いくつかの低次元の値は下表の通りである。
(p,q)次元 (p,q)次元(1,0)3 (3,0)10(0,1)3∗ (0,3)10∗(2,0)6 (2,1)15(0,2)6∗ (1,2)15∗(1,1)8 (2,2)27
(p,q)=(1,1) の表現は随伴表現と呼ばれる。これはTjiの形のテンソルに対応する。既出の関係式
Tij=(Ttraceless)ij+13δijTkk
は既約表現の次元を用いると
3⊗3∗=8⊕1
と表せる。ただし、1は恒等変換を示す。
余談:SU(2)のテンソル解析
これまでのテンソルを使った解析はSU(2)代数にも応用できる。SU(2)代数の場合、ランク2の不変テンソルϵijがある。ϵijあるいはϵijでテンソルの添え字を縮約すると、上付き添え字と下付き添え字の区別が付かなくなる。これは例えば、Tiϵij=Tj から分かる。よって、下付き添え字のテンソルTi1i2⋯ipだけを考えればよい。ただし、(i1,i2,⋯ip)は添え字について完全対称であり、添え字は1,2の値をもつ。したがって、既約表現は1つの整数pでラベルされる。スピンjの値はp/2で与えられる。この表現の次元はテンソルTi1i2⋯ipの独立成分の数に対応しており、その数は明らかに p+1=2j+1 である。
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