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2024-02-20

5. クォークとハドロン・スペクトル vol.4

5.4 メソンとバリオンと質量公式


この節では前節の結果(SU(3) 群の既約表現についての結果)をハドロン・スペクトルの解析に応用する。5.1節で解説したように軽いクォークで構成されるハドロンはフレーバー SU(3) 対称性をもつ。ただし、この対称性はクォーク間の質量差により明示的に破れる。フレーバー SU(3) 対称性はウィグナー表示で実現されるので、SU(3) のユニタリー既約表現を用いればかなり簡単にハドロン・スペクトルを解析できる。まず、軽いクォーク Q とその反クォーク ¯Q の束縛状態であるメソンを考えよう。メソンのクォーク構成は Mij=Qi¯Qj で与えられる。クォークは SU(3) の基本表現 3 として変換するので、メソンは直積 33 に属す。随伴表現の次元分解
33=18
を用いると、メソンは1重項(トレース成分)と8重項(トレースレス成分)に分解できる。よって、だいたい同じ質量をもつ8個のメソンと明らかに異なる質量をもつ1つのメソンの存在が期待できる。さらに、クォークはスピン-12粒子であるので、束縛クォークの軌道角運動量がゼロの状態にあるとして、少なくともスピン-0とスピン-1のメソンのセットが期待できる。ただし、束縛クォークの角運動量がゼロでない場合はより高いスピンのメソンも存在できる。また、パリティは強い相互作用で保存するので、それぞれのスピンと SU(3) 既約表現に対してパリティが偶・奇の状態が期待できる。典型的なスピン-0、パリティが奇のメソン(擬スカラー中間子)の質量、クォーク構成の一覧は以下のようになる。

スピン-0とスピン-1の最軽量メソン(中間子)の一覧
スピン-0質量スピン-1質量クォーク構成(MeV)(MeV)1重項η958ω783(uˉu+dˉd+sˉs)/3π0135ρ0775(uˉudˉd)/2π+140ρ+775uˉdπ140ρ775dˉu8重項K+494K+892uˉsK494K892sˉuK0498K0896dˉsˉK0498ˉK0896sˉdη548φ1019(uˉu+dˉd2sˉs)/6

上付きの添え字はメソンの電荷を表し、これは軽クォーク (u,d,s) の電荷 (+2/3,1/3,1/3) から計算できる。一覧には最も軽いスピン-1でパリティが奇のメソン(ベクター中間子)の8重項も示した。

 バリオンは3つのクォークの束縛状態 (QQQ) である。テンソル表現を用いると、これは Tijk と表せる。これは、Tijkϵjkl=Tli などと縮約を取れるので、可約である。よって、バリオンは10重項(decuplets) Bijk と8重項(octets) Bij に分類される。実際、SU(3) の次元を用いると、これは
333=(63)3=10881
と分解できる。クォークはスピン 12 をもつので、バリオンはスピン 1232 をもつ。最初に、10重項のバリオンを考える。これらは (3,0) 表現に対応し、フレーバーの添え字について完全対称である。また、これらはカラーの添え字について反対称である。なぜなら、粒子は必ずカラー1重項でなければならず、3つのクォークからカラー1重項を作る唯一の方法はカラーの組み合わせを完全反対称にしなければならないからである。よって、パウリの排他律からこれらはスピンについて完全対称でなければならないことが分かる。つまり、10重項バリオンはスピン-32粒子である。同様の理由から、8重項バリオンはスピン-12粒子であると分かる。8重項バリオンの例はバリオンの集合 {Σ±,Σ0,p,n,Λ,Ξ,Ξ0} で与えられる。ここで、p は陽子、n は中性子であり、その他の粒子はストレンジ・クォークを含むバリオンである。行列表現を用いると、この8重項バリオンは
B=(Σ02+Λ6Σ+pΣΣ02+Λ6nΞΞ023Λ)=8a=1ψaλa2
と表せる。ただし、λa (a=1,2,,8) は1.5節で紹介したゲルマン行列
λ1=(010100000)   λ2=(0i0i00000)   λ3=(100010000)λ4=(001000100)   λ5=(00i000i00)   λ6=(000001010)λ7=(00000i0i0)   λ8=13(100010002)
である。ψa は対応する粒子の場(あるいは演算子)であり、例えば、ψ3=Σ0, (ψ4iψ5)/2=p などと対応する。(5.37)の係数は Tr(¯BB) の規格化から決まる。
Tr(¯BB)=ˉpp+ˉnn+¯ΣΣ+¯Σ0Σ0+¯ΣΣ+¯ΞΞ+¯Ξ0Ξ0+¯ΛΛ
ただし、¯B
¯B=(¯Σ02+¯Λ6¯Σ¯Ξ¯Σ+¯Σ02+¯Λ6¯Ξ0ˉpˉn23¯Λ)
で与えられる。行列表示する利点は、フレーバー SU(3) の変換で BUBU と表せることである。ただし、USU(3) 群の要素である 3×3 行列を表す。行列(5.37)からそれぞれのバリオンのクォーク構成が分かることに注意しよう。例えば、p, n, Σ+
pB 31ϵ3ijB1ijB112uudnB 32B212uddΣ+B 21B131uus
と表せる。こららのバリオンはスピン-12でパリティが偶の粒子である。その質量とクォーク構成は以下の通りである。

8重項バリオンとその質量
バリオン質量(MeV)クォーク構成p938uudn940uddΛ1116uds8重項Σ+1189uusΣ01193udsΣ1197ddsΞ01315ussΞ1322dss

同様に、10重項バリオンとその質量の一覧は次のようになる。

10重項バリオンとその質量
バリオン質量(MeV)クォーク構成Δ++1232uuuΔ+1232uudΔ01232uddΔ1232ddd10重項Σ+1383uusΣ01384udsΣ1387ddsΞ01532ussΞ1535dssΩ1672sss

バリオンの質量公式

 もしフレーバー SU(3) 対称性が完全な対称性ならば、同じ多重項のバリオンはすべて同じ質量を持つはずである。しかし、フレーバー対称性はクォーク間の質量差および弱い相互作用の効果によって破れる。よって、例えば8重項バリオンの質量差はこれらの効果で理解できると考えられる。実際、対称性の破れのパターンから可能な質量項を書き下すことによって、定性的でない議論も行える。例えば、8重項バリオンの質量項を
M=aTr(¯BB)+(SU(3)対称性を破る項)
と表すことができる。ただし、Tr(¯BB)SU(3) 対称性のもとで不変なので、係数 a は8重項に共通する質量を示す。ここで、B=UBU¯B=U¯BU から、Tr(¯BB)=Tr(¯BB) であることは簡単に確認できる。したがって、(5.41)の第1項はクォーク間の束縛エネルギーからの寄与を表している。残りの項は SU(3) 対称性を破る項に対応する。この章の始め(5.1節)で議論したように、軽いクォークの有効ラグランジアンは
L(Q)=¯Qiγ(igA)Q+¯Q(mu000md000ms)Q
で与えられる。ただし、Q, ¯Q
Q=(uds),  ¯Q=(ˉu  ˉd  ˉs)
と定義される。クォークの質量項 ¯QmQ はその質量差 mumdms によって、フレーバー SU(3) 対称性を破る。もし mumd の質量差を無視することが出来れば、(5.1)の質量行列は
m(mumums)=mu1+(00msmu)
と近似できる。よって、対称性の破れの主な要因がクォーク間の質量差である場合、(5.42)より(5.41)の2項目以降は 3×3 行列 ¯BB あるいは B¯B(3,3) 成分で近似できることが分かる。つまり、8重項バリオンの一般的な質量公式は
M=aTr(¯BB)+b(¯BB)33+c(B¯B)33(¯BB)33=ˉpp+ˉnn+23¯ΛΛ(B¯B)33=¯ΞΞ+¯Ξ0Ξ0+23¯ΛΛ
と書ける。ただし、a, b, c は未知のパラメータである。(これらのパラメータはクォークの動力学から原則的には計算可能であるが、それは非常に困難である。ここではこれらのパラメータを観測されているいくつかのバリオンの質量から求めることにする。)8つの質量と3つのパラメータがあるので、実際にはこの公式から質量を予測することが出来る。前出の関係式
Tr(¯BB)=ˉpp+ˉnn+¯ΣΣ+¯Σ0Σ0+¯ΣΣ+¯ΞΞ+¯Ξ0Ξ0+¯ΛΛ
と(5.43)-(5.45)から、関係式
{Mp=Mn=a+bMΣ0=MΣ+=MΣ=aMΞ0=MΞ=a+cMΛ=a+23(b+c)
が求まる。これより、8重項バリオン質量の関係式
{Mp+MΞ0=2a+b+c,12MΣ0+32MΛ=2a+b+c2(Mp+MΞ0)=MΣ0+3MΛ
が得られる。(5.47)のバリオン質量のうち1つが分からないと仮定すると、この式から未知の質量を予測することが出来る。8重項バリオン質量の一覧と比べるとこの関係式はかなり良い精度で成り立つことが確認できる。

8重項バリオンとその質量
バリオン質量(MeV)クォーク構成p938uudn940uddΛ1116uds8重項Σ+1189uusΣ01193udsΣ1197ddsΞ01315ussΞ1322dss

また、この質量データは(5.46)から予測できる関係式 Mp=Mn, MΣ0=MΣ+=MΣ, MΞ0=MΞ ともよく一致する。

 10重項バリオンについても同様に mu=md と仮定して質量公式を求めることが出来る。(5.43)に対応する質量公式は
M = a+b×(¯Q3の数)+c×(Q3の数)
と表せる。ただし、Q3 はストレンジ・クォークに対応する。(10重項バリオンはフレーバーの添え字について完全対称であることに注意して、そのうちの ud を同一視すれば上式が導ける。)この公式(5.48)を10重項バリオンの質量の一覧に当てはめてみる。

10重項バリオンとその質量
バリオン質量(MeV)クォーク構成Δ++1232uuuΔ+1232uudΔ01232uddΔ1232ddd10重項Σ+1383uusΣ01384udsΣ1387ddsΞ01532ussΞ1535dssΩ1672sss

すると、10重項バリオン質量の関係式
MΩMΞ=MΞMΣ=MΣMΔMΔ=MΔ++=MΔ+=MΔ0=MΔMΣ=MΣ+=MΣ0=MΣMΞ=MΞ0=MΞ
が求まる。これは実際の質量と良い精度で一致する。歴史的にはゲルマンが公式(5.49)を用いてその当時まだ見つかっていなかった1962年に Ω 粒子の質量を(およそ 1675MeV と)予測した。その2年後の1964年に Ω 粒子が質量 1672MeV と共に発見されたことはまさしく対称性に基づいた解析の偉業であったといえる。(5.41)や(5.48)といった質量公式は、ハドロン・スペクトルの予測と解釈に非常に便利な基準をもたらした。これらの質量公式は1960年代初頭にゲルマンと大久保によって発展した。

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