2024-02-05

4. 分数量子ホール効果 vol.1

この章では分数量子ホール効果を考える。前章で述べたように分数量子ホール効果では電子同士のクーロン相互作用が重要になる。定性的には、物理系はクーロン・エネルギーを極小化させる傾向をもつので、電子同士は互いに距離を取り合うと予想できる。整数量子ホール効果の場合、例えば、充填率$\nu =1$のとき最低ランダウ準位のすべての状態は電子で充填されている。一方、分数量子ホール効果の場合はクーロン相互作用の影響のため、これと比較すると充填率$\nu$は$1$より小さくなると予想できる。しかしながら、これまでのところ、理論的な視点から分数量子ホール効果の状態について十分に満足のいく導出は得られていない。

 分数量子ホール効果の問題は至ってシンプルである。外部磁場と電子同士の静電斥力の影響下で2次元の多電子系を考えるだけである。その際、(前章で導入した振動子ポテンシャルに代表される)閉じ込めのポテンシャルを追加し、電子を伝導体内に留めればよい。この物理系のハミルトニアンから始めて、分数量子ホール効果の状態を基底状態として導けば、「第一原理」から分数量子ホール効果を構成することができるはずである。しかし、そのような導出は未だ知られていないためこの問題の分析は基本的にラフリン (Laughlin) によって提案された波動関数を用いて専ら行われる。数値シミュレーションにおいてラフリンはそのような状態がクーロン・エネルギーを極小化することを示した。この章では、このラフリン波動関数について議論し、さらに量子ホール効果における正孔 (hole) の動力学について調べ、その動力学に関する代数的な考察を行う。ラフリン波動関数を用いると充填率$\mu$が$(\mbox{奇数})^{-1}$の形をとる状態について議論できる。以下では、主にそのような状態を扱い、その代数的な特徴について議論する。しかしながら、これらが分数量子ホール効果のすべての状態を表すわけではないことに注意する必要がある。ここでは取り上げないが、多体系量子ホール効果の状態にはこれ以外にも例えば、Jain状態やMoore-Read状態があることが知られている。(詳しくはこちらを参照されたい。)

4.1 分数量子ホール効果のラフリン波動関数


整数量子効果のラフリン波動関数を導いた3.3節の分析に沿うと、分数量子ホール効果はラフリンによって提案された次の形の波動関数を用いて最もよく理解できる。
\[\Psi =  \mbox{(ベキ因子)} \prod_{1 \le i<j \le N} (z_i - z_j )^{2p+1} \tag{4.1} \]
ただし、$p = 0,1,2, \cdots $である。前述の通りこの形は「第一原理」から導かれていないが、いくつか重要な特徴を満たしている。電子はフェルミ粒子なので波動関数は2つの電子の交換に関して反対称でなければならない。これは、$(z_i - z_j)$因子の指数が奇数$2 p +1$であることから保証されている。さらに、クーロン相互作用により電子同士の距離はより長く保たれるはずなので、2つの電子が互いに接近することに強い消失条件が課されると予想できる。よって、$(z_i - z_j )$因子の指数は大きくなると期待される。この状況は充填率$\nu$にも反映されるはずである。次にこの点について考えよう。

 整数量子ホール効果の場合と同様に、系の最高準位の1粒子状態は$z^{(N-1)(2p+1)}$に比例する。ポテンシャルの効果を無視するとベキ因子は$\exp( {-\frac{\bz z}{2}})$で与えられる。よって、1粒子波動関数の極大値は
\[- \bz z + (N-1)(2p+1) = 0 \tag{4.2} \]
のときに得られる。これより、関係式
\[ N-1 = \frac{eB}{2 \pi} \frac{1}{2p+1} \mbox{(面積)} \tag{4.3} \]
が求まる。これらは3.3節で導いた整数量子ホール効果の結果(3.68), (3.69)と類似している。ラージ$N$極限では$N$個の電子で充填されたランダウ準位の電荷密度は
\[\begin{eqnarray} \bra J_0 \ket = \frac{N e}{\mbox{(面積)}} & \approx & \nu \frac{e^2 B}{2 \pi} \tag{4.4}\\ \nu &=& \frac{1}{2 p + 1} \tag{4.5} \end{eqnarray}\]
$( p=0,1,2,\cdots )$ と表せる。また、3.2節と同じ議論から、(4.5)に対応する電流は
\[ \bra J_i \ket = - \nu \frac{e^2}{2 \pi} \ep_{ij} E_j \tag{4.6} \]
で与えられる。ただし、$i$, $j$は$1$, $2$の値をとる。$\nu = 1$の場合を除くと$\nu = \frac{1}{3}, \frac{1}{5}, \frac{1}{7} , \cdots $となるので、この結果はホール伝導率が分数で量子化されていることを示す。実際には、そのほかの値、例えば$\nu = \frac{2}{5}$での量子化も観測されている。また、分母が偶数となる場合、例えば$\nu = \half$となるケースもある。これらについてはここでは議論しない。この分野についてのより広範な文献を参考されたい。

 つぎに励起状態について考えるが、その前に充填状態の描像を考察しよう。古典的には、電子はある半径を持つランダウ軌道に従う。一方、量子力学的には、はっきりと定義された軌道は存在せず、それぞれの状態は古典的な半径と同じぐらいの広がりを持つ領域に存在する。よって、各状態は$2 \pi / eB$に等しい面積を占める。そのため、面積$A$に含まれる状態数は$A/ (2\pi/eB) = (eB /2\pi) A$で表せる。この描像は上述した状態数の数え上げと一致する。(3.1節で行った準古典的な議論とも一致する。)さらに、排他律により各状態には1つの電子しか入らない。そして、たとえ微小量のポテンシャルが追加されたとしても、充填状態はポテンシャルの値を最小にする傾向があるので、充填状態は1状態につき1電子の割合で連続的な領域を占める。これが、電子の量子ホール・ドロップレットである。排他律はこのドロップレットの圧縮を妨げるので、これは非圧縮性ドロップレットである。

 これらの描像により、量子ホール・ドロップレットには2つのタイプの励起状態が可能であることが分かる。1つ目はドロップレットの境界の変形によって引き起こされるものである。ただし、電子の数は変わらないのでドロップレット自体の面積は不変となる。これらはエッジ励起 (edge excitation) と呼ばれる。エッジ励起は非圧縮性流体のドロップレット(液滴)の境界変形を考慮した流体力学の簡易モデルで研究できる。

 もう1つの励起状態はドロップレットの中央付近から電子を1つドロップレットの外側に取り出すことによって引き起こされる。これによりドロップレットの内側に正孔 (hole) が1つ出来る。これは正孔励起 (hole excitation) と呼ばれる。これら2つの励起状態を図示すると以下のようになる。


正孔励起

 3.3節の式(3.65)で見たように、整数量子ホール効果の場合、基底状態の波動関数はヴァンデルモンド行列式
\[ \left| \begin{array}{c c c c c} 1 & z_1 & z_{1}^{2} & \cdots & z_{1}^{N-1} \\ 1 & z_2 & z_{2}^{2} & \cdots & z_{2}^{N-1} \\ \vdots & \vdots & \ddots & & \vdots \\ \vdots & \vdots &  & \ddots & \vdots \\ 1 & z_N & z_{N}^{2} & \cdots & z_{N}^{N-1} \\ \end{array} \right| = \prod_{i > j} (z_i - z_j ) \tag{4.7} \]
に比例する。これはフェルミ粒子のスレイター行列式であり、$1$, $z$, $z^2$, $\cdots$ などは1粒子状態を表す。これらの状態で構成されるドロップレットの中心に正孔があるとする。中心の1粒子状態は$1$に対応するので、この状態をスレイター行列式から除くことで正孔励起状態の波動関数を表せる。しかし、電子の数は$N$で不変なので、最低エネルギーの配位は取り出された電子を次に空いている状態に置くことで得られる。この状態は$z^N$に対応する。よって、新しい多電子状態は
\[ \left| \begin{array}{c c c c c} z_1 & z_{1}^{2} & z_{1}^{3} & \cdots & z_{1}^{N} \\ z_2 & z_{2}^{2} & z_{2}^{3} & \cdots & z_{2}^{N} \\ \vdots & \vdots & \ddots & & \vdots \\ \vdots & \vdots &  & \ddots & \vdots \\ z_N & z_{N}^{2} & z_{N}^{3} & \cdots & z_{N}^{N} \\ \end{array} \right| = z_1 z_2 \cdots z_N \prod_{i > j} (z_i - z_j )  \tag{4.8} \]
と表せる。これは量子ホール・ドロップレットの正孔励起を与える。また、正孔励起状態の波動関数は
\[ \Psi_{hole} = \prod_{i=1}^{N} (z_i - w ) \Psi_{Laughlin} \tag{4.9} \]
と表せる。ただし、$\Psi_{Laughlin}$は3.3節で導出した整数量子ホール効果のラフリン波動関数
\[ \Psi_{Laughlin} = \N \exp \left( - \frac{1+ \al}{2} \sum_{i=1}^{N} \bz_i z_i \right) \prod_{1 \le i<j \le N} (z_i - z_j ) \tag{3.66} \]
である。($\al$は調和振動子ポテンシャルの因子であった。)式(4.9)で$w$は正孔の位置を表す。式(4.8)では、1粒子状態が$\exp ( - {\half} z\bz) \times 1$の電子を取り出したので、正孔の位置は$z =0$であった。

 同様に、分数量子ホール効果の場合、1-正孔励起状態の波動関数は
\[ \Psi_{hole} = \N \exp \left( - \hf \sum_{i=1}^{N} \bz_i z_i \right) \prod_{i=1}^{N} ( z_i - w )  \prod_{1 \le i < j \le N} ( z_i - z_j )^{2p+1} \tag{4.10} \]
と表せる。ただし、$\N$は規格化係数である。上式ではポテンシャルの因子は無視していることに注意しよう。

 整数量子ホール効果の場合、1-正孔励起状態の波動関数(4.9)から分かるように、簡単に電子を物理系に戻すことができる。これは、単に$N$を$N+1$にシフトさせることで実行できる。しかし、分数量子ホール効果の場合は、$(z_i - w )$と$(z_i - z_j )$の指数が互いに異なる。これは正孔を電子で埋めるには同じ位置に$(2p + 1)$個の正孔を置く必要があることを示唆する。これより、正孔の素電荷は分数電荷$\frac{e}{2p+1}$で与えられることが分かる。したがって、分数電荷の概念は分数量子ホール効果の物理系から自然に生じるものである。

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