1.1 量子論における代数的手法の概要
前半部では代数的に解ける問題について考える。この手法においてカギとなるのはあらゆる物理系の量子論は観測量のなす代数のユニタリー既約表現とみなせるという考察である。以下では様々な例を通してこのユニタリー性と既約性の意味について調べ解明していく。ここではある特定の場合から始めてより一般的な理解を目指すというボトムアップ的なアプローチを採用するが、その前に全般的な考察をいくつか行うことも有用であろう。観測量の演算子のなす代数はどのような代数でも良いという訳ではない。代数の演算子あるいは要素(元)を実験室で観測できる実数と結びつける必要がある。したがって、代数のノルム(長さ)という概念が必要となる。また、演算子にエルミート性を与えるためには共役の概念も必要である。よって最低限の要件として観測量をC∗-代数で特徴付けなければならない。(ポアンカレ不変性などその他の要件は相対論的に不変な場の理論の文脈で必要となる。)
ここで議論を補完するためにC∗-代数の定義について簡単に触れる。まず、代数Aは線形ベクトル空間とみなせることを思い出そう。これは体の係数を用いて代数の要素を追加できるという意味であった。ただし、我々に興味のある体は複素数である。したがって、A,B∈Aであればλ1A+λ2B∈A (λ1,λ2∈C) となる。 さらに、代数要素のノルム||A||の存在が必要があり、このノルムに関して完全性を課すことを考える。また、代数要素に積の結合則を要請するとシュワルツ不等式||AB||≤||A||||B||が成り立ち、このときAはバナッハ代数となる。最後にAをバナッハ∗-代数とするために∗-演算を定義する必要がある。これは以下の条件を満たす。
(A+B)∗=A∗+B∗(λA)∗=ˉλA∗(AB)∗=B∗A∗(A∗)∗=A
ただし、A,B∈A, λ∈Cである。(行列の随伴作用はこの∗-演算の一例である。)
バナッハ∗-代数に条件||A∗A||=||A||2を課すとC∗-代数になる。ゲルファント-ナイマルクの定理よりC∗-代数はヒルベルト空間上の随伴をもつ演算子からなるバナッハ代数と等しいことが知られている。
以上、代数について一般的な事柄を述べたが以下ではこれらについてあまり触れることはない。代数的に可解なモデルの具体例をとりあげて一般的な枠組みについての理解を深めることを目指す。まずは非常に初歩的な例である量子力学の調和振動子から始めよう。
1.2 一次元調和振動子
最初に角振動数ωで表せる1次元調和振動子を取り上げる。この振動子のハミルトニアンは
H=12(ˆp2+ω2ˆq2)
で与えられる。演算子は位置(あるいは座標)ˆqと運動量ˆpに対応し、よく知られているハイゼンベルク代数
[ˆq,ˆp]=i
を満たす。(ここではℏ=1となる単位系を使用する。)これらの演算子を変数変換し次のようにパラメータ表示する。
ˆq=√12ω(a†+a), ˆp=i√ω2(a†−a)
新しい演算子a†, aはそれぞれ生成演算子、消滅演算子として知られている。上の関係式からa†とaは
a=√ω2q+ip√2ω, a†=√ω2q−ip√2ω
と表せる。これ以降、上に倣って演算子を表すハットは省略する。交換関係(1.2)より
[a,a†]=1
が分かる。これはハイゼンベルク代数の別の表現とみなせる。式(1.4)より直ちに
a†a=ω2q2+p22ω−12,H=ω(a†a+12)
が得られる。演算子a†aが正であることは関係式
⟨α|a†a|α⟩=∑λ⟨α|a†|λ⟩⟨λ|a|α⟩=∑λ|Cλα|2≥0
から分かる。ただし、|α⟩と|λ⟩は任意の状態を表し、Cλα=⟨λ|a|α⟩, C∗λα=⟨α|a†|λ⟩である。また、完全性の関係式∑λ|λ⟩⟨λ|=1を用いた。基底状態はa†aの期待値を最小化することで得られる。式(1.8)から可能な最小値はゼロとなるので任意の|λ⟩に対してCλ0=⟨λ|a|0⟩=0が必要となる。したがって、次のように指定することで基底状態|0⟩を定義できる。
a|0⟩=0, H|0⟩=ω2|0⟩
しかし、まだこのような状態が存在することを示す必要がある。x-対角化された基底ではこの方程式は⟨x|a|0⟩=0と書ける。式(1.4)のaの表現を使うと、この式は
(√ω2x+1√2ω∂∂x)⟨x|0⟩=0
と書ける。この式の解は
⟨x|0⟩=Cexp(−ωx22)
で与えられる。ここで、Cは規格化定数である。基底状態について規格化可能な波動関数が得られたので、基底状態|0⟩が存在することが保証された。
[H,a†]=ωa†
が分かるので
Ha†|0⟩=a†H|0⟩+ωa†|0⟩=ω(1+12)a†|0⟩
を得る。よって、a†|0⟩は固有値32ωをもつハミルトニアンの固有状態である。|0⟩にa†を作用させることでより高次の励起状態を構成できる。したがって、振動子のエネルギースペクトルは離散的になる。1次元調和振動子の状態と対応するエネルギーは次のようになる。
状態|0⟩a†|0⟩1√2(a†)2|0⟩⋯1√n!(a†)n|0⟩エネルギー12ω32ω52ω⋯(n+12)ω
状態|n⟩=(1/√n!)(a†)n|0⟩に演算子a, a†を作用させると
a|n⟩=√n|n−1⟩,a†|n⟩=√n+1|n+1⟩
となることが分かる。これはハイゼンベルク代数の明示的な表現となっている。
ハイゼンベルク代数の表現にはこれ以外にも多くのものがある。例えば、
a=∂∂z,a†=z
を取ることができる。ただし、これらは複素変数zの正則関数fに作用するものとする。ここで、内積を
⟨α|β⟩=∫d2z1πe−ˉzz ˉfαfβ
とすると要請通りaとa†が互いに随伴であることを確認できる。(式(1.16), (1.17)の表現はコヒーレント状態表現と呼ばれる。)そこで一つの疑問がわく。これは全く新しい表現なのか、もしそうなら量子論において一体どの表現を我々は使えばよいのだろうか、と。次の定理からこれは新しい表現ではなく、式(1.15)の表現とユニタリー変換で関係付けられていることが保証される。
定理1.1 (ストーン-フォン・ノイマン定理) ハイゼンベルク代数に従う有限個の演算子ai, a†iは、定義された相空間(xi, pi)が単連結であるならば、ユニタリー変換の自由度を除いて唯一の既約表現しかもたない。
量子力学においてユニタリー同値な描像は同じ物理を与えるのでここに多義性は生じない。つまり、どのような表現を用いても同じ物理結果が得られる。
もう1つ有用な所見は振動子の基底状態の存在が振動子のハミルトニアンが下限(最小値)を持つことから示されたことである。ハミルトニアンが下限を持たない場合は一般的に基底状態は存在しない。
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