3.1 量子ホール効果とは
物理において一様磁場における荷電粒子の動力学に関する問題を一般にランダウ問題と呼ぶ。ランダウ問題の現実的で重要な例として量子ホール効果がある。これは低温における伝導体内の電子の振る舞いに観測される。次の2章では準古典的な近似を用いて量子ホール効果の代数的な解析を行う。
まず量子ホール効果について基本的なことから始めよう。観測設定の略図は以下の通り。
伝導体を流れる電流J1に対して垂直方向に磁場Bをかけた時、電流と磁場に垂直な方向に電流J2が生じる(ホール効果)。ここで、ホール電流J2が伝導体内の電場E1とどう関係しているのかを考える。一般に、オームの法則からJi=σijEj (i,j=1,2)とおける。ただし、σijは伝導率テンソルである。よって、いまの場合
J1=σ11E1 J1: 通常電流J2=σ21E1 J2: ホール電流
と書ける。ホール電流は電場に沿って動く荷電粒子を偏向させるローレンツ力に依るので、ホール伝導率σ21はBに依存する。よって、古典的にはホール電流はBに比例する (σ21∼B) と考えられる。σ21とBのグラフで表すと下図(左側)のようになる。
一方、低温ではホール伝導率σ21がある領域のBにおいて一定となり、さらにBが大きくなるとσ21の値がジャンプして一定となり、さらにBが大きくなるとジャンプするという挙動を繰り返す。σ21-Bグラフで図示すると上図(右側)のようになる。σ21の値が平坦となる領域をプラトーと呼ぶ。プラトーでのσ21の値が量子化されているため、この低温での現象は量子ホール効果と呼ばれる。整数量子ホール効果はプラトー値がe2/2πの単位のもと整数値で量子化される現象をさす。ただし、eは電子の素電荷である。プラトー値が分数で量子化される場合もあり、分数量子ホール効果と呼ばれる。分数量子ホール効果については次章で取り上げる。
今節では、つぎの2つの近似を用いて量子ホール効果を分析する。
- 垂直方向(x3軸)に沿った電子の動力学は無関係とする。これは最初の図で示したとおり量子ホール効果の物理系は(x1,x2)平面の2次元面で有効的に記述できるためである。
- 伝導体内のエッジ・ポテンシャルは2次元調和振動子ポテンシャルで近似できる。
これより、物理系の1粒子ハミルトニアンは
H=(p1−eA1)2+(p2−eA2)22m+mω22(x21+x22)A1=−Bx22, A2=Bx12B3=∂1A2−∂2A1=B
で与えられる。ただし、mは偏流する電子の有効質量を表し、∂i (i=1,2) はxiの偏微分を表す。(有効質量は通常m∗で示されるが、記号の繁雑さを避けるため単にmとする。)ここで、演算子
Πi=pi−eAi
を定義する。この演算子の交換関係は
[Πi,Πj]=[pi−eAi,pj−eAj]=ie(∂iAj−∂jAi)=ieBϵij
となる。ただし、ϵijは2階のレビ-チビタテンソル (ϵ12=1, ϵ21=−1, ϵ11=ϵ22=0) である。つぎに、ハミルトニアンを新しい演算子
A=Π1+iΠ2√2eB, A†=Π1−iΠ2√2eB
で表すことを考える。これらの演算子は
[A,A†]=12eB[Π1+iΠ2,Π1−iΠ2]=−i22eB[Π1,Π2]=1,A†A=12eB(Π1−iΠ2)(Π1+iΠ2)=12eB(Π21+Π22+i[Π1,Π2])=Π21+Π222eB−12
を満たす。よって、ハミルトニアン(3.3)は
H=12m(Π21+Π22)+mω22(x21+x22)=eBm(A†A+12)⏟≡H0+mω22(x21+x22)
と書き換えられる。
まず、調和振動子ポテンシャルを無視してH0の固有状態を考えよう。ポテンシャルエネルギー12mω2(x21+x22)の効果は3.3節で取り上げる。ハミルトニアンH0に対して、基底状態|0⟩は
A|0⟩=0
と定義される。よって、物理状態は|0⟩にA†を作用させることで構成できる。
A†|0⟩,(A†)2√2|0⟩,⋯⋯,(A†)n√n!|0⟩
対応するエネルギーは
En=eBm(n+12)
で与えられる。ただし、n=0,1,2,⋯である。これらのエネルギー準位はランダウ準位と呼ばれる。n=0の場合は最低ランダウ準位 (LLL, lowest Landau level) に対応し、ゼロ点エネルギー
E0=eB2m≡ωL
をもつ。ここで、ωLはラーモア振動数 (Larmor frequency) と呼ばれる。式(3.14)で与えられるエネルギー準位は2ωLを単位とする離散的な値をとる。
磁気並進演算子
つぎに新しい演算子
˜Πi=pi+eAi
を導入する。ただし、Aiはこれまでと同様にAi=−12Bxjϵijである。Πiと˜Πjの交換関係は
[Πi,˜Πj]=[pi−eAi,pj+eAj]=−ie∂iAj−ie∂jAi=−ie(ϵji+ϵij)B2=0
と計算できる。これより、ただちに[˜Πi,H0]=0が分かる。よって、任意の物理状態への˜Πiの作用は縮退状態を導く(振動子ポテンシャルがない場合)。演算子˜Πiの交換関係は
[˜Πi,˜Πj]=[pi+eAi,pj+eAj]=−ieBϵij
となる。この演算子˜Πiは磁気並進演算子 (magnetic translation operator) と呼ばれる。上述の通り[˜Πi,H0]=0なので、ランダウ準位の縮退度はこの演算子で記述される。これを粒子の古典的な描像で理解してみよう。古典的には荷電粒子は磁力線の周りに円を描き、その軌道は次の形に表せる。
x1−˜x1=−√2mEeBcoseBtm,x2−˜x2=√2mEeBsineBtm,(x1−˜x1)2+(x2−˜x2)2=2mEe2B2
ここで、(˜x1,˜x2)は積分定数である。この軌道は(˜x1,˜x2)を中心とした円であり、その半径はエネルギーEと磁場Bで与えられる。磁場は一様なのでこの問題は並進対称性をもつ。これは(x1,x2)-平面上の軌道配置、つまり中心(˜x1,˜x2)の選択、が任意であるという事実に反映されている。磁気並進演算子の作用はこの中心の位置を移動させることに対応する。
動的変数の視点から見ると、我々はここで(xi,pi)の代わりに新しい2つの正準変数のペア(Π1√eB,Π2√eB), (˜Π1√eB,˜Π2√eB)を導入した。ハミルトニアンは一方の正準変数(Π1√eB,Π2√eB)に依存し、もう一方の正準変数(˜Π1√eB,˜Π2√eB)は物理系の対称性を構成する。よって、一般的な対称性についての定理に従うと、ランダウ準位の縮退は演算子˜Πiの表現によって与えられる。これは演算子レベルで行えるが、電子が大量にある物理系ではほとんどの場合、準古典的な分析で十分である。以下では、この準古典的な議論を行う。
縮退度の準古典的的考察
ここでは最低ランダウ準位 (LLL) の縮退状態を考える。一般に、状態の数は
(状態数)=(相空間の体積)(2πℏ)d
で与えられる。ただし、dは正準変数のペアの数を表す。いまの場合、正準変数(˜Π1√eB,˜Π2√eB)による縮退に興味があるので、d=1である。よって
(状態数)=12πd˜Π2√eBd˜Π1√eB
となる。ただし、ℏ=1とした。古典的には最低ランダウ準位 (LLL) のハミルトニアンは
H0=Π21+Π222m
と書かれ、ゼロ点エネルギーは無視できる。基底状態ではH0を極小化してΠi=pi−eAi≈0 (i=1,2) となる。量子論への補正はゼロ点エネルギーだけなので、これは準古典的には適切である。つまり、準古典的には˜Πiを
˜Πi=pi+eAi≈2eAi=−eBϵijxj
と評価できる。このとき、式(3.21)で与えられる状態数は
(状態数)≈eB2πdx1dx2
と表せる。よって、準古典的な極限では単位面積当たりの縮退度は定数eB2πで与えられることが分かる。
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