1.5 高次元調和振動子
前節までの解析を3次元調和振動子に拡張するのは比較的容易である。3次元振動子のハミルトニアンは
H=ω(a†1a1+a†2a2+a†3a3+32)=ω(a†iai+32)
で与えられる。ただし、i=1,2,3である。数演算子の和はn=n1+n2+n3=a†iaiで表される。nを定数とすると、縮退度は12(n+1)(n+2)となる。縮退状態をつなぐ演算子には下の画像で示されたa†2a1, a†3a1, a†3a2とこれらに共役なa†1a2, a†1a3, a†2a3が含まれる。
演算子による閉じた代数をつくるにはこれら6つの演算子にさらに他の演算子を追加する必要がある。6つのうち2つの演算子の交換関係を計算すると
[a†1a2,a†2a1]=a†1[a2,a†2a1]+[a†1,a†2a1]a2=a†1a1−a†2a2=n1−n2
となる。よって、演算子のリストにn1−n2を含めなければならない。同様に(n2−n3)と(n3−n1)も必要になる。2つ目の演算子は(n3−n1)=−(n1−n2)−(n2−n3)と表せる。よって、閉じた演算子代数をつくるには2つの演算子を追加する必要がある。計8個の演算子が成す代数はSU(3)代数となる。以下では、この点を明らかにしていく。
SU(3)の表現
SU(2)の場合と同様に、SU(3)群の要素はg=eitとパラメータ表示される。ただし、tはトレースがゼロの(3×3)エルミート行列である。3×3行列は9つの独立な行列要素をもつがトレースゼロとなる条件があるので、8つの独立パラメータでSU(3)の要素を表せると予測できる。よって、行列tはt=taθa (a=1,2,⋯,8)とパラメータ表示できる。ただし、taはトレースゼロのエルミート行列の基底を表し、θaは実パラメータである。(また、演算子a†iaj (i≠j)のパラメータとして3つの複素数、対角成分の生成子に対応するパラメータとして2つの実数が必要となるのでこれらを用いてtをパラメータ表示することもできる。)慣例として、この基底taは以下で与えられるゲルマン行列λaを用いてta=λa2と表される。
λ1=(010100000) λ2=(0−i0i00000) λ3=(1000−10000)λ4=(001000100) λ5=(00−i000i00) λ6=(000001010)λ7=(00000−i0i0) λ8=1√3(10001000−2)
基底ta=λa2はTr(tatb)=12δabと規格化されている。交換子[ta,tb]は反エルミートである。よって、交換子はi×(エルミート行列)で表せる。交換子もトレースゼロとなるのでtaで展開することができ、次のように書ける。
[ta,tb]=ifabctc
fabcは構造定数と呼ばれる。構造定数は定数の集合であり、その具体的な値は今のところ必要ない。交換関係(1.50)はSU(3)のリー代数をなす。
ここで、演算子
ˆTa=a†itaijaj=a†taa
を考えよう。ただし、taijは(3×3)行列ta (i,j=1,2,3;a=1,2,⋯,8)の行列成分を表す。以下では、これらの演算子が3次元調和振動子の縮退状態をつなぐ演算子に対応していることを見ていく。まず、ˆTaはエルミートである。これは関係式
(ˆTa)†=a†j(ta)∗ijai=a†jtajiai=ˆTa
から分かる。ただし、taのエルミート性(ta)∗ij=tajiを用いた。つぎに、ˆTaはSU(3)代数に従う。実際に
[ˆTa,ˆTb]=[a†itaijaj,a†ktbklal]=a†itaij[aj,a†ktbklal]+[a†i,a†ktbklal]taijaj=a†itaijδjktbklal−δila†ktbkltaijaj=a†itaijtbjlal−a†ktbkitaijaj=a†i(taijtbjl−tbijtajl)al=a†[ta,tb]a=ifabca†tca=ifabcˆTc
と確認できる。最後に、[ˆTa,a†iai]はゼロとなる。
[ˆTa,a†1a]=a†[ta,1]a=0
ただし、1は(3×3)単位行列を表す。式(1.54)より明らかに[ˆTa,H]=0となる。これは総数n=n1+n2+n3=a†iaiはˆTaの作用のもとで不変であることを意味する。言い換えると、演算子ˆTaの作用によって物理系が縮退状態の外部に持ち出されることはない。
これらの議論から、3次元等方調和振動子の縮退状態はSU(3)表現を成すことが分かった。この縮退状態を|α⟩で表示する。ただし、α=1,2,⋯,N=12(n+1)(n+2)である。|α⟩の一般形は
(a†1)n1√n1!(a†2)n2√n2!(a†3)n3√n3! |0⟩,n1+n2+n3=n
と書けることに注意しよう。これより、(N×N)行列⟨α|ˆTa|β⟩を考えることができ、これらはSU(3)代数に従う。よって、⟨α|ˆTa|β⟩はSU(3)代数の具体的な行列表現を与える。
この章で紹介した形式化はより一般にSU(N)代数にもそのまま適用できる。その構成の概略は以下の通り。まず、Ta=a†taaの形の演算子を考える。ここで、ta (a=1,2,⋯,N2−1)はトレースがゼロの(N×N)エルミート行列の基底を成す。また、a†iとai (i=1,2,⋯N)はN次元調和振動子の生成・消滅演算子にあたる。N次元調和振動子における縮退状態の遷移は演算子Ta=a†taaによって記述され、これらの演算子はSU(N)代数に従う。
最後に、この形式化によってSU(N) (N≥3) のすべてのユニタリー既約表現が得られる訳ではないことに留意する必要がある。縮退状態の構成からすぐに分かるように、ここで得られる表現は対称表現にすぎない。SU(2)の場合は、すべての表現が対称表現であるので調和振動子の解析によりSU(2)代数のすべてのユニタリー既約表現を求めることができるが、これはどちらかといえば例外的なケースである。N≥3の場合、この手法によって構成できるのはSU(N)代数の対称表現だけである。
これまで調和振動子の一般的な形式化について議論してきた。では、この結果を直接応用できる物理系はあるのだろうか。その一例として、原子核の殻模型(シェルモデル)を挙げることができる。このモデルでは原子核内の核子(陽子あるいは中性子)をそれぞれ中心力ポテンシャルの中を動く一つの粒子とみなす。このポテンシャルは平均場近似の方法で得られると理解できる。核子の間には強い相互作用が働くので核子の動きを1粒子の動力学とみなす近似は大胆なものである。しかし、強い相互作用の効果が平均場近似によってある程度取り込まれていると期待することもできる。そのようなポテンシャルの良い近似として3次元調和振動子ポテンシャル
V(r)=−V0+12Mω2(x2+y2+z2)
を採用できる。これまでの解析から核子の縮退状態はSU(3)表現で分類され、その縮退度はN=12(n+1)(n+2)で与えられることが分かる。最初のいくつかの縮退状態は縮退度1,3,6,10をもつ。よって、スピンの内部自由度も考慮すると、殻(シェル)を満たす粒子の数は2, 2+6=8, 2+6+12=20, 2+6+12+20=40などとなる。特に安定な原子核を構成するのに必要な核子の数は魔法数とよばれ、これらは2,8,20,28,50,82,126の値をとる。3次元調和振動子ポテンシャルを用いた殻模型はこれらの魔法数のうち最初の3つを再現することが分かる。nが大きくなるとこの一致は見られない。その一つの理由はスピン軌道相互作用の核子への影響が増大するためである。スピン軌道相互作用の効果を含めると、殻模型を用いて原子核の魔法数をうまく説明できることが知られている。
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