1.3 二次元調和振動子
前節と同様の解析を2次元振動子に応用する。この時、例えばx, y方向に対応する添え字 i=1,2 が演算子 p, q, a, a^\dagger にラベルされる。ここでは等方な振動子を考えるので角振動数は両方向で等しい (\om \equiv \om_1 = \om_2) とする。a_i と a^\dagger_j の代数は
[ a_i , a^\dagger_j ] \, = \, \del_{ij} \, , \hskip .2in [ a_i, a_j ] \, =\, 0 \, , \hskip .2in [ a^\dagger_i, a^\dagger_j ] \, =\, 0 \tag{1.18}
と表せる。これはハイゼンベルク代数(1.5)の2つのコピーと解釈できる。振動子のハミルトニアンは
\begin{eqnarray} H &=& \om ( a^\dagger_1 a_1 + a^\dagger_2 a_2 + 1 ) \nonumber \\ & = & \om ( n_1 + n_2 + 1 ) \tag{1.19} \end{eqnarray}
で与えられる。ただし、n_i は数演算子 n_i = a^\dagger_i a_i (i = 1,2) である。基底状態 | 0 \ket は
a_1 | 0 \ket = a_2 | 0 \ket = 0 \tag{1.20}
と定義される。よって、第一励起状態は a^\dagger_1 | 0 \ket あるいは a^\dagger_2 | 0 \ket で与えられる。異なる方向の演算子は互いに可換であることを用いると、n = n_1 + n_2をa^\dagger_i | 0 \ket に作用させると 1 \cdot | 0 \ket になることが分かる。これは第一励起状態がエネルギー \om の縮退状態(縮退度2)であることを意味する。数演算子 n_1, n_2 の固有状態を | n_1, n_2 \ket で表すとこれらの状態は | 1, 0\ket, |0, 1\ket と表記できる。高次の励起状態も類似的に構成することができる。n = n_1 + n_2 > 1 の場合、縮退状態は、正規化を除くと、次のように書きだせる。
( a^\dagger_1 )^n | 0 \ket \, , ~ ( a^\dagger_1 )^{n-1} a^\dagger_2 | 0 \ket \, , ~ \cdots \, , ~ ( a^\dagger_2 )^n | 0 \ket \tag{1.21}
これらの状態はすべて同じエネルギーをもつので縮退度は n+1 となる。これらの状態は一般に
| n_1, n_2 \ket = \frac{(a^\dagger_{1} )^{n_1}}{\sqrt{n_1!}} \frac{(a^\dagger_{2} )^{n_2}}{\sqrt{n_2!}}\, | 0 \ket \tag{1.22}
と表記される。これらのエネルギー固有値は E_{n_1, n_2} = \om (n_1 + n_2 + 1) = \om (n + 1) で与えられる。
基本的な(生成・消滅)演算子 a_i, a^\dagger_i をこれらの状態に作用させると
\begin{eqnarray} a_1 ~ \vert n_1, \,n_2 \ket &=& \sqrt{n_1}~\vert n_1 -1, \, n_2\ket \, , \\ a_2 ~ \vert n_1, \,n_2 \ket &=& \sqrt{n_2}~\vert n_1, \, n_2 -1\ket \, , \\ a^\dagger_1 ~ \vert n_1, \,n_2 \ket &=& \sqrt{n_1+1}~\vert n_1 +1, \, n_2\ket \, , \\ a^\dagger_2 ~ \vert n_1, \,n_2 \ket &=& \sqrt{n_2+1}~\vert n_1, \, n_2 +1\ket \end{eqnarray} \tag{1.23}
となる。よって、ベクトル \vert n_1, \, n_2\ket で張られるベクトル空間上の2次元ハイゼンベルク代数の表現が得られた。
状態についての議論に戻ると、(1.21)の縮退状態のうち2つ目の状態に注目するとこれは最初の状態がら一つの a^\dagger_1 を a^\dagger_2 で置き換えたものになっている。つまり、最初の状態に演算子 a^\dagger_2 a_1 を施せばよい。より一般に、n = n_1+ n_2 を固定した縮退状態 \vert n_1 , n_2 \ket 同士を結ぶ演算子は
K_{-} = a^\dagger_2 a_1 \, , ~~ K_{+} = a^\dagger_1 a_2 \tag{1.24}
で与えられる。これらの演算子による作用を明示すると次のようになる。
\begin{eqnarray} & \xrightarrow{a^\dagger_2 a_1} & & \xrightarrow{a^\dagger_2 a_1} & & \xrightarrow{a^\dagger_2 a_1} & \nonumber \\ ( a^\dagger_{1} )^{n} | 0 \ket & & ( a^\dagger_{1} )^{n-1} a^\dagger_{2} | 0 \ket & & ( a^\dagger_{1} )^{n-2} ( a^\dagger_2 )^{2} | 0 \ket & & \cdots \nonumber \\ & \xleftarrow[a^\dagger_1 a_2]{} & & \xleftarrow[a^\dagger_1 a_2]{} & & \xleftarrow[a^\dagger_1 a_2]{} & \nonumber \end{eqnarray}
また、K_+ と K_- の交換関係を計算すると
[ K_+ , K_- ] = a^\dagger_1 a_1 - a^\dagger_2 a_2 \equiv 2 K_3 \tag{1.25}
を得る。ただし、K_3 = {1\over 2} (n_1 - n_2) と定義した。K_3 が次の交換関係を満たすことはすぐに確認できる。
[ K_3 , K_+ ] = K_+ ~ ,~~ [ K_3 , K_- ] = - K_- \tag{1.26}
縮退状態を表すのに必要な演算子は K_\pm と K_3 だけである。これらの演算子が成す代数は3次元角運動量代数あるいは O(3) 代数と呼ばれる。ここでは2次元振動子を考えているので角運動量の物理的な描像は現れていないことに注意されたい。複数の縮退状態を連結させる代数から同じ数学的な構造が浮かび上がってきただけである。後述するようにこの角運動量代数は SU(2) 代数と同じ(数学的には同型)である。縮退状態のうち K_3 = {1\over 2}( a^\dagger_1 a_1 - a^\dagger_2 a_2 ) の最大値は n / 2 \equiv j で与えられる。角運動量の理論を思い出すと K_\pm, K_3 と可換なカシミール演算子 K^2 = K_{3}^{2} + \hf ( K_+ K_- + K_- K_+ ) が存在することが分かる。j を使うとこの2次のカシミール演算子は
K^2 = K_{3}^{2} + \hf ( K_+ K_- + K_- K_+ ) = j(j+1) \tag{1.27}
と表せる。K_{\pm} はエルミート演算子ではないが、互いにエルミート共役であることに注意しよう。エルミートな組み合わせは
K_1 = \frac{K_+ + K_- }{2} \, , ~~~ K_2 = \frac{K_+ - K_- }{2 i} \tag{1.28}
とすると得られる。K_{i} (i = 1,2,3) を用いると代数はより知られた形
[ K_i , K_j ] = i \ep_{ijk} K_k \ \tag{1.29}
で書ける。
次に角運動量代数(1.29)の行列表現を考えよう。最も簡単な縮退状態は n = 1 縮退度2の時である。対応する2状態は a^\dagger_1 | 0 \ket \equiv |1 \ket, a^\dagger_2 | 0 \ket \equiv |2 \ket とラベルできる。これらを使うと演算子 K_+ = a^\dagger_1 a_2 の行列要素は
\left( \begin{array}{cc} \bra 1 | K_+ | 1 \ket & \bra 1 | K_+ | 2 \ket \\ \bra 2 | K_+ | 1 \ket & \bra 2 | K_+ | 2 \ket \\ \end{array} \right) = \left( \begin{array}{cc} 0 & \bra 1 | 1 \ket \\ 0 & \bra 2 | 1 \ket \\ \end{array} \right) = \left( \begin{array}{cc} 0 & 1 \\ 0 & 0 \\ \end{array} \right) = K_+ \tag{1.30}
と表せる。ただし、関係式
\begin{eqnarray} K_+ | 1 \ket \! &=& \! a^\dagger_1 a_2 a^\dagger_1 | 0 \ket = 0 \, , \nonumber \\ K_+ | 2 \ket \! &=& \! a^\dagger_1 a_2 a^\dagger_2 | 0 \ket = a^\dagger_1 | 0 \ket = | 1 \ket \tag{1.31} \end{eqnarray}
と2状態の直交性 \bra 1 | 2 \ket = \bra 2 | 1 \ket = 0 を用いた。同様に
K_- \, = \, \left( \begin{array}{cc} 0 & 0 \\ 1 & 0 \\ \end{array} \right) ~ , ~~ K_3 \, = \, \left( \begin{array}{cc} \hf & 0 \\ 0 & -\hf \\ \end{array} \right) \tag{1.32}
が得られる。これより n = 1 の場合、K_i (i = 1,2,3) の行列表現は本質的にパウリ行列 \si_i で与えられることが分かる。つまり、K_i = \frac{1}{2} {\si_i} は代数(1.29)に従う。
次に n = 2 の場合は3つの縮退状態がありそれらは
| 1 \ket \equiv \frac{( a^\dagger_1 )^2}{\sqrt{2}} | 0 \ket , ~~ | 2 \ket \equiv a^\dagger_1 a^\dagger_2 | 0 \ket , ~~ | 3 \ket \equiv \frac{( a^\dagger_2 )^2}{\sqrt{2}} | 0 \ket \tag{1.33}
で与えられる。これらの状態を用いると n =1 の場合と同様に K_i を 3 \times 3 行列として計算できる。結果は
K_+ = \left( \begin{array}{ccc} 0 & \sqrt{2} & 0 \\ 0 & 0 & \sqrt{2} \\ 0 & 0 & 0 \\ \end{array} \right) , \, ~ K_- = \left( \begin{array}{ccc} 0 & 0 & 0 \\ \sqrt{2} & 0 & 0 \\ 0 & \sqrt{2} & 0 \\ \end{array} \right) , \, ~ K_3 = \left( \begin{array}{ccc} 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & -1 \\ \end{array} \right) \tag{1.34}
となる。よく知られているように、これらは角運動量代数の 3 \times 3 行列表現となっている。
より一般に n 番目の準位の2次元等方振動子は n+1 の縮退度を持ち、この場合K_i は角運動量代数
[ K_{i} , K_{j} ] = i \ep_{ijk} K_k \tag{1.35}
を満たす (n+1) \times (n+1) 行列で表せる。あるいは代数(1.35)から始めるとする。これを抽象的な代数 {\cal A} とみなすと K_i は必ずしも行列である必要はない。この代数 {\cal A} は多くの行列表示を持ち、その次元は (n+1) (n = 0, 1, 2, \ldots) で与えられる。K_i は (n+1) \times (n+1) 行列であった。よって、K_i により生成される変換は \exp (i K_i \theta^i ) の形で与えられこれらはユニタリー行列である。したがって、上で得られた行列表現は代数 {\cal A} のユニタリー表現であると言える。
以上をまとめると、2次元調和振動子の縮退状態は角運動量代数のユニタリー表現を成すことが分かる。言い換えると、これらの縮退状態は代数(1.35)のユニタリー表現を与えることが分かった。
リーの定理
ここで代数(1.35)が SU(2) 代数とどのように同じであるかを示す。まず、SU(2) 群を考える。これは次のように定義できる。
\mbox{$SU(2)$} \, = \, \{ \mbox{$\det = 1$となる全ての$2 \times 2$ユニタリー行列の集合 } \} \tag{1.36}
前に述べたように 2 \times 2 ユニタリー行列は 2 \times 2 エルミート行列に i = \sqrt{-1} を掛けたものを冪にもつ指数で表せる。一般に 2 \times 2 エルミート行列は \phi {\bf 1} + \th^{i} \frac{\si_i}{2} とパラメータ表示される。ただし、\phi と \th^i (i = 1,2,3) は実パラメータであり、\si_i は 2 \times 2 パウリ行列である。よって、2 \times 2 ユニタリー行列は一般に
g = \exp \left( {i \left( \phi {\bf 1} + \th^i \frac{\si_i}{2} \right)}\right) \tag{1.37}
と表せる。条件 \det \,g = 1 から \phi = 0 が必要となる。これは任意の行列 M について \det \left( e^M \right) = e^{\Tr M} が成り立つことから簡単に分かる。したがって、SU(2) 行列の一般形は
g ( \th ) = \exp \left( {i \frac{\si_i}{2} \th^i }\right) \tag{1.38}
とパラメータ表示できる。ただし、\th^i は連続的な実パラメータである。群の要素が連続パラメータ \theta^i でラベルされるので SU(2) 群は連続群である。群の結合則は行列の積の形で与えられ、パラメータ間の結合も同じ法則に従う。つまり、関係式
g(\th ) \, g(\th^{'}) = g(\th^{''}) \tag{1.39}
によって \th^{''} が \th と \th^{'} の関数として明示される。この関数に解析性を課すとこの連続群はリー群となる。(より厳密な定義はこちらを参照されたい。)対応する代数はリー代数と呼ばれ、これはリー群の生成子の集合で構成される。
一般に、リー群Gの生成子 t_i は群の一般元を g = \exp ( i t_i \th^i ) と指定する形で定義できる。ここで、i = 1, 2, \cdots, {\rm dim}G であり、{\rm dim}G は G の次元を表す。SU(2) 群の場合、この定義から 2 \times 2 行列表現が自然に導かれた。このような表現は群の定義表現 (defining representation) と呼ばれる。SU(2) の場合、定義表現の生成子は \frac{\si_i}{2} (i = 1,2,3) と取れる。これは代数の任意の要素がこれらの基底の線形結合となることを意味する。これはその他の基底についても同様である。
生成子 t_i = \frac{\sigma_i}{2} の成す代数はその行列表示から直接計算でき、
[ t_i, t_j ] = i \epsilon_{ijk} \, t_k \tag{1.40}
と求まる。この代数を t_i が 2\times 2 だけでなく他の表現にも成立するより一般的な代数と解釈することもできる。そう考えると、代数関係式(1.40)は SU(2) 代数が角運動量代数と等しいことを明示している。
一般に、任意のリー群に対してリー代数
[ t_i , t_j ] = C^{k}_{ij} t_k \tag{1.41}
が存在する。ただし、C^{k}_{ij} はパラメータ \th^i とは独立な定数である。定義表現の生成子 t_i は群の定義から見つけることができる。これは単位元の周りの要素(元)を調べることで可能である。また、あるリー代数が与えられているとすると、( g = \exp (i t_i \theta^i) の形でみたように)その生成子と任意のパラメータの冪指数としてリー群を再構成することができる。これにより群の要素が得られるが、この群は初めに考えた元々の群とある大域的一意性 (global identification) のもとで同型である。言い換えると、大域的一意性のもとで同一視される異なる群はすべて同じリー代数を与える。よって、生成子の冪指数を取ることで構成される群はこのような群の一つである。このような群は大域的一意性のもとで同型となる群の集合であり、単連結普遍被覆群と呼ばれる。
リー代数についてのこれらの結果、特に式(1.41)の C^k_{ij} が定数であるという事実とリー代数とリー群の関係性はソフス・リー (Sophus Lie) による定理で示されている。(リーの定理について詳しくは第12章で扱う。)
リー代数が求まれば、その代数のユニタリー既約表現を構成することができる。コンパクト群の場合、ユニタリー既約表現は定義表現(あるいは基本表現)の積の形から構成できる。興味ある物理系の問題の大部分はユニタリー表現を用いて扱うことができる。これは量子力学においてヒルベルト空間上で許される変換はユニタリー変換で与えられることが主な要因である。
ユニタリー既約表現
これまでの議論をまとめると、2次元調和振動子の縮退多重項の状態は SU(2) 代数のユニタリー表現で与えられることが分かった。より正確には、縮退状態は SU(2) のユニタリー既約表現を与える。つまり、縮退多重項の状態は SU(2) 代数により生成される変換によって連結され、さらにこれらの変換の作用は閉じているため既存の多重項に含まれない新しい状態が出現することはない。
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