2024-05-27

11. 共形対称性 vol.1


この章では前章に引き続いてアイソメトリーについて考える。物理においてスケールに依らない事象が多々存在する。例えば、質量ゼロの光子の振る舞いはスケールに依らない。絶対温度 $T \simeq 2.7 \, {\rm K}$ での宇宙マイクロ波背景放射は $ \frac{1}{e^{\om / T} -1} $ の関数で表されるプランク分布で説明できる。($\om$ は光子の角運動量。) この関数は温度$T$を適当に再定義すればスケール変換のもとで不変である。これは次のように理解できる。スケール因子を $a = a(t)$ とすると、平坦なFLRW計量は $ds^2 = dt^2 - a ^2 (dx^2 + dy^2 + dz^2 )$ となる。このとき光子の波動方程式は $\left( \frac{\d^2}{\d t^2} - \frac{1}{a^2} \nabla^2 \right) A = 0$ と表せるので、平面波の解 $A \sim e^{\pm i px}$ に対して、$\om^2 \sim \frac{k^2}{a^2}$ と求まる。ここで、$ k^2 = | \vec{k}|^2 $ であり、$\vec{k}$ は運動量ベクトルを表す。つまり、$\om$ は光子が質量ゼロである限り $\om \sim 1 / a$ の形でスケール因子に依存する。一方、10.3節で議論したように温度は宇宙の膨張とともに下がり $T \sim 1 / a$ と振る舞う。よって、分布関数 $\frac{1}{e^{\om / T} -1}$ はスケール変換のもとで不変であることが分かる。しかし、この例ではスケール因子 $a$ は計量の対称性ではない。理論のスケール不変性を実現するには、一般に、拡張された対称性が必要となる。これは計量のスケール変換のもとでの対称性であり、共形アイソメトリーあるいは共形対称性と呼ばれる。この章ではこの共形対称性について考える。

11.1 共形対称性と共形キリング方程式



共形対称性(あるいは共形アイソメトリー)は計量のスケール変換 $g_{\mu \nu} \rightarrow e^\Om g_{\mu\nu}$ のもとでの対称性である。ここで、$\Om$は定数である。スケール変換のもとで計量の変分は
\[    \del g_{\mu\nu} \, = \, \la g_{\mu\nu}    \tag{11.1}\]
と表せる。ただし、$\la$は定数。この対称性は深遠な意味を持つ。10.1節で議論したアイソメトリーとキリング方程式の導出(10.9)-(10.14)に従うと、共形アイソメトリーは
\[    \nabla_\mu \xi_\nu + \nabla_\nu \xi_\mu    \, = \, \la g_{\mu\nu}    \tag{11.2} \]
で定義されることが分かる。ただし、$\nabla_\mu$ は共形微分(10.6)であり、$\xi_\mu$ は座標変換 $x^\mu \rightarrow x^\mu + \xi^\mu (x)$ で与えられる。式(11.2)は共形キリング方程式と呼ばれる。計量テンソルの逆元 $g^{\mu\nu}$ で縮約をとると、(11.2)は $2 \nabla_\mu \xi^\mu  =  4 \la$ となる。つまり、
\[    \la \, = \, \hf \nabla \cdot \xi     \tag{11.3} \]
を得る。よって、共形キリング方程式は
\[    \nabla_\mu \xi_\nu + \nabla_\nu \xi_\mu - \frac{1}{2} ( \nabla \cdot \xi )  g_{\mu\nu}  \, = \, 0     \tag{11.4} \]
と表せる。この方程式の任意の解 $\xi_\mu$ は与えられた計量テンソル $g_{\mu\nu}$ に対する共形変換を与える。

 つぎに、簡単のため、平坦なミンコフスキー空間 $g_{\mu\nu} = \eta_{\mu\nu}$ を考える。ただし、符号は $\eta_{\mu\nu} = (+---)$ とおく。平坦空間ではクリストッフェル記号がゼロとなるので ($\Ga_{\mu\nu}^{\la} = 0$) 共形キリング方程式は
\[    \d_\mu \xi_\nu + \d_\nu \xi_\mu - \hf ( \d \cdot \xi ) \eta_{\mu\nu}    \, = \, 0     \tag{11.5} \]
と書ける。この共形キリング方程式の解は以下で与えられる。
\[    \xi_\mu  \, = \,    \left\{    \begin{array}{ll}    a_\mu + \om_{\mu \al} \, x^\al    & \mbox{: ポアンカレ変換} \\   \ep \, x_\mu    & \mbox{: スケール変換} \\    b^\al ( x^2 \eta_{\mu \al} - 2 x_\mu x_\al )    & \mbox{: 特殊共形変換}    \end{array}    \right.    \tag{11.6} \]
ただし、$a_\mu$, $b_\mu$ は任意の4元ベクトルを表す。また、$\ep$ は定数である。$\om_{\mu \al}$ は$\mu$, $\al$について反対称であるので、トレース・ゼロ $\om_{\mu}^{\mu} = 0$ となる。よって、ポアンカレ変換が共形キリング方程式の解であることは明らかである。スカラー変換 $\xi_\mu = \ep x_\mu$ の解は関係式
\[\begin{eqnarray}    \d_\mu \xi_\nu + \d_\nu \xi_\mu &=& 2 \ep \, \eta_{\mu\nu}     \nonumber \\    (\d \cdot \xi ) &=& \ep \, \d_\mu x^\mu = 4 \ep     \nonumber \end{eqnarray}\]
から簡単に確認できる。また、特殊共形変換 $\xi_\mu = b^\al ( x^2 \eta_{\mu \al} - 2 x_\mu x_\al )$ についても関係式
\[\begin{eqnarray}    \d_\mu \xi_\nu &=&    b^\al ( 2 x_\mu \eta_{\nu\al} - 2 \eta_{\mu\nu} x_\al - 2 \eta_{\mu\al} x_\nu )     \nonumber \\    \d_\nu \xi_\mu &=&    b^\al ( 2 x_\nu \eta_{\mu\al} - 2 \eta_{\mu\nu} x_\al - 2 \eta_{\nu\al} x_\mu )     \tag{11.7} \\    \d \cdot \xi &=&    b^\al ( 2 x_\al - 8 x_\al - 2 x_\al ) \, = \, - 8 b^\al x_\al     \nonumber \end{eqnarray}\]
から、$\xi_\mu$ が共形キリング方程式(11.5)を満たすことがチェックできる。以上から、共形アイソメトリーはポアンカレ変換で表される通常のアイソメトリーだけでなく、スカラー変換と特殊共形変換で表される対称性を含むことが分かる。

 特殊共形変換の物理的な意味を見るために、座標の逆元 $y^\mu = x^\mu / x^2$ を考える。(複素座標の場合、逆座標 $z \rightarrow 1 / z = \bz / (z \bz )$ をとることは正則性の変換に対応することに注意。)$| b^\mu | $が微小であるとして$y^\mu$の微小変換 $y^\mu \rightarrow y^\mu + b^\mu$ を考えると、この変換のもとで $x^\mu = y^\mu / y^2$ の変換 $x^\mu \rightarrow x^{\prime \mu }$は
\[\begin{eqnarray}    x^{\prime \mu } \, = \, \frac{(y+b)^\mu}{(y+b)^2}    \, \simeq \, \frac{y^\mu + b^\mu }{ y^2 + 2 y \cdot b}    & \simeq & \frac{y^\mu}{y^2} + \frac{b^\mu}{y^2}    - \frac{y^\mu}{y^2}\frac{2 y \cdot b}{y^2}    \nonumber \\    &=& x^\mu + b^\al ( x^2 \eta_{\al}^{\mu} - 2 x^\mu x_\al )     \tag{11.8} \end{eqnarray}\]
と計算できる。これより、特殊共形変換は逆座標 $y^\mu  = x^\mu / x^2$ の4元ベクトル $b^\mu$ 分の並進変換であると見做せることが分かる。

 10.2節で議論したように、ミンコフスキー空間のアイソメトリーはポアンカレ群で与えられる。つまり、ミンコフスキー空間上で構成される理論はポアンカレ群の表現の1つとして表される。同様に、共形理論は共形変換の成す群の表現として定義できる。次節ではそのような理論の例を考える。

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