10.2 アイソメトリーと演算子代数
アイソメトリーはキリング方程式の解で与えられる。(なお、超対称性が含まれるキリング方程式はキリング・スピノール方程式として知られている。)アイソメトリーは物理で重要である。例えば、第9章で扱ったように、点粒子の運動は相対論的に不変な作用 $\S = -m \int ds$ で記述される。これは、点粒子の動力学の対称性は背景となる時空間のアイソメトリーと等しいことを意味する。
別の例として、相対論的なスカラー粒子が挙げられる。この粒子はクライン-ゴルドン方程式
\[ ( \square + m^2 ) \phi \, = \, 0 \tag{10.15} \]
に従う。ただし、$\square$ はダランベール演算子、$\phi$ はスカラー場を表す。リーマン多様体上で $\square$ は共変微分 $\nabla_\mu$ を用いて $g^{\mu \nu} \nabla_\mu \nabla_\nu$ と表せる。よって、$\square \, \phi$ は
\[\begin{eqnarray} \square \, \phi &=& g^{\mu \nu} \nabla_\mu ( \nabla_\nu \phi ) \nonumber \\ &=& g^{\mu \nu} \left( \d_\mu \d_\nu \phi - \Ga_{\mu\nu}^{\la} \d_\la \phi \right) \tag{10.16} \end{eqnarray}\]
と書ける。ただし、共変微分の定義(10.7)を用いた。クリストッフェル記号 $\Ga_{\mu\nu}^{\la}$ は(8.33)で定義した通り
\[ \Ga^{\la}_{\mu\nu} \, = \, \frac{1}{2} g^{\la \al} \left( \d_\mu g_{\la \nu} + \d_\nu g_{\mu \al} - \d_\al g_{\mu\nu} \right) \tag{10.17} \]
と書けるので、$- g^{\mu \nu} \Ga_{\mu\nu}^{\la} \d_\la \phi$ を計量テンソルで表せる。
\[\begin{eqnarray} - g^{\mu \nu} \Ga_{\mu\nu}^{\la} \d_\la \phi &=& - \frac{1}{2} \left( \d_\mu g_{\al \nu} + \d_\nu g_{\mu \al} - \d_\al g_{\mu\nu} \right) \d^\al \phi \nonumber \\ &=& \left( - g^{\mu \nu} \d_\mu g_{\al \nu} - \frac{1}{2} \d_\al g^{\mu\nu} \, g_{\mu\nu} \right) \d^\al \phi \nonumber \\ &=& \d_\mu g^{\mu\nu} ( \d_\nu \phi ) - \frac{1}{2} \d_\mu g^{\mu \nu} (\d_\nu \phi ) \tag{10.18} \end{eqnarray}\]
一方、 関係式(9.22)から
\[ \d_\mu \sqrt{- g} = - \frac{1}{2} \sqrt{-g} g_{\al \bt} \d_\mu g^{\al \bt} \tag{10.19}\]
が分かる。ただし、$g = \det (g_{\mu\nu})$ である。よって、関係式
\[ \frac{1}{ \sqrt{- g} } g^{\mu\nu} (\d_\mu \sqrt{-g} ) \d_\nu \phi \, = \, - \frac{1}{2} \d_\mu g^{\mu \nu} ( \d_\nu \phi ) \tag{10.20} \]
を得る。これらの式からリーマン多様体上で $\square$ は
\[ \square \, = \, \nabla_\mu^2 \, = \, \frac{1}{\sqrt{-g}} \frac{\d}{\d x^\mu} \left( g^{\mu\nu} \sqrt{-g} \frac{\d}{\d x^\nu } \right) \tag{10.21} \]
と表せることが分かる。曲がった空間でのクライン-ゴルドン方程式を導く作用は
\[ \S \, = \, \int d^4 x \sqrt{- g} \, \left( \frac{1}{2} g^{\mu\nu} ( \nabla_\mu \phi ) ( \nabla_\nu \phi ) \, - \, \frac{1}{2} m^2 \phi^2 \right) \tag{10.22} \]
で与えられる。この作用は曲がった空間上の量子論を定義する。この作用の対称性もまた背景となる時空間のアイソメトリーで与えられる。これは第8章の最後に触れたように曲がった空間上の物理は「計量の理論」として解釈できることからも自然に理解できる。
ポアンカレ代数など
ここで、アイソメトリーは曲がった空間上の量子論における演算子の完全な集合を与えると主張できる。物理系の演算子の完全な集合が分かれば、そのユニタリー既約表現によって量子論を定義できる。これは量子論の1つの定義であり、この定義は座標の選択に依らないという意味で不変である。
この主張について最も簡単な例は、平坦なミンコフスキー空間
\[ ds^2 = dx_0^2 - dx_1^2 - dx_2^2 - dx_3^2 = \eta_{\mu \nu} dx^\mu dx^\nu \nonumber \]
で与えられる。ただし、$\eta_{\mu\nu} = (+---)$ である。この場合、クリストッフェル記号はゼロとなるのでキリング方程式(10.14)は
\[ \d_\mu \xi_\nu + \d_\nu \xi_\mu \, = \, 0 \tag{10.23} \]
と書ける。この一般解は
\[ \xi_\mu \, = \, a_\mu \, + \, \om_{\mu\nu} x^\nu \tag{10.24} \]
で与えられる。ただし、$a_\mu$は4元-定ベクトルであり、$\om_{\mu \nu}$ は添え字について反対称である。
\[ \om_{\mu\nu} + \om_{\nu\mu} \, = \, 0 \tag{10.25} \]
これらを用いると、座標変換は
\[ x^\mu \rightarrow x^\mu + \xi^\mu = x^\mu + a^\mu + \om^{\mu\nu} x^\nu \tag{10.26} \]
と表せる。これより、$a^\mu$は並進変換、$\om^{\mu\nu}$は空間回転とローレンツ変換を表すことが分かる。これらの変換の組み合わせはポアンカレ群を成す。場の演算子の変換は
\[\begin{eqnarray} \phi (x) ~ \longrightarrow ~ \phi (x + \xi ) & = & \phi (x) + \xi^\mu \frac{\d \phi}{\d x^\mu} \nonumber \\ & \equiv & \phi (x) + i \O \cdot \phi \tag{10.27} \end{eqnarray}\]
と書ける。(10.19)から演算子$\O$は
\[\begin{eqnarray} \O & = & a^\mu \left( - i \frac{\d}{\d x^\mu} \right) + \om^{\mu\nu} x_\nu \left( - i \frac{\d}{\d x^\mu} \right) \nonumber \\ &=& a^\mu P_\mu - \frac{\om^{\mu\nu}}{2} M_{\mu\nu} \tag{10.28} \end{eqnarray}\]
と読み取ることができる。ただし、$P_\mu = - i \frac{\d}{\d x^\mu}$, $M_{\mu \nu} = x_\mu P_\nu - x_\nu P_\mu$ である。これらは、それぞれスカラー場に対する時空間の並進と回転の生成子である。これらの演算子の代数は閉じた代数を成す。
\[\begin{eqnarray} \left[ P_\mu , P_\nu \right] &=& 0 \nonumber \\ \left[ M_{\mu \nu} , P_{\al} \right] &=& i \left( \eta_{\mu\al} P_{\nu} - \eta_{\nu\al} P_{\mu} \right) \tag{10.29}\\ \left[ M_{\mu \nu} , M_{\al\bt} \right] &=& i ( \eta_{\mu\al} M_{\nu\bt} - \eta_{\nu\al} M_{\mu\bt} - \eta_{\mu\bt} M_{\nu\al} + \eta_{\nu\bt} M_{\mu\al} ) \nonumber \end{eqnarray}\]
これはポアンカレ代数と呼ばれる。
\[ d s^2 = \left( 1 - \frac{2GM}{r} \right) dt^2 - \left( 1 - \frac{2GM}{r} \right)^{-1} d r^2 - r^2 d \th^2 - r^2 \sin^2 \th d \phi^2 \tag{10.30} \]
のアイソメトリーは時間並進 $(t \rightarrow t+ a)$ と$r$, $t$を固定したときの空間回転で与えられる。対応する演算子はハミルトニアン $P_0 = H$ と角運動量 $L_i = \frac{1}{2} \ep^{ijk} M_{jk}$ $(i = 1,2,3)$ である。よって、物理系の演算子代数は
\[ [ H , L_i ] = 0 \, , ~~ [ L_i , L_j ] = i \ep^{ijk} L_k \tag{10.31} \]
で与えられる。ここで、惑星運動に歳差運動がないという条件を課し、対称性に制限を加えると物理系はケプラー問題に帰着する。第2章で議論したように、ケプラー問題の全ての演算子を構成しその代数を求めるには、ルンゲ-レンツ・ベクトル$R_i$を追加する必要がある。このとき、演算子代数は
\[ \left\{ \begin{eqnarray} \left[ L_i , L_j \right] &=& i \ep_{ijk} L_k \\ \left[ L_i , R_j \right] &=& i \ep_{ijk} R_k \\ \left[ R_i , R_j \right] &=& i \ep_{ijk} \left( - \frac{2H}{m} \right) L_k \\ \left[ L_i , H \right] &=& \left[ R_i , H \right] \, = \, 0 \\ \end{eqnarray} \right. \tag{2.29} \]
で与えられた。第2章で見たようにこの代数は$H$の符号でラベルされ、$H \le 0$ のとき$O(4)$代数を成し、$H > 0$ のとき$O(3,1)$代数を成す。
0 件のコメント:
コメントを投稿