前回のエントリーでは超電導現象の入門として結晶中の電子とフォノンの相互作用を考え、場の量子論の摂動計算から電子-フォノン相互作用の具体的な形
Sint = eω0√1ϵ∞−1ϵ0 ∫d4xd3y ψ∗ψ(x) G(→x−→y) ∇⋅ϕ(y)
を導いた。以下では、この相互作用を使ってBCS理論の基礎となるペアリング相互作用を導出する。
ペアリング相互作用
相互作用(6.26)において、電子場ψとψ∗はそれぞれ電子の消滅・生成演算子を表す。(正確には(6.29)で定義するようにψ, ψ∗はフェルミオン演算子Ck, C†kのモード展開で表せる。)また、→ϕ はフォノン場を表す。フォノン場の伝播関数は2点関数
⟨χ(x)χ(y)⟩=∫d3q(2π)3|Dq|22ωq[θ(x0−y0)e−iωq(x0−y0)+i→q⋅(→x−→y)+θ(y0−x0)eiωq(x0−y0)−i→q⋅(→x−→y)]
で与えられる。ただし、χ(x)=∫d3yG(x,y)∇⋅ϕ(y) である。また、ここでは|Dq|2=1/q2とおける。しかし、結晶構造を考慮すると|Dq|2は1/q2とは異なる可能性がある。よって、基本的に|Dq|2は物質ごとに特定される関数として扱われる。
指数eiSintをχ(x)について展開し、2次のオーダーでウィック縮約を実行すると、フォノン交換による有効作用
Γ=iF22∫d4xd4yψ∗ψ(x) ψ∗ψ(y) ⟨χ(x)χ(y)⟩
が(2次のオーダーで)得られる。ただし、前回と同じく
F=eω0√1ϵ∞−1ϵ0
である。ここで、電子場の演算子のモード展開
ψ(x)=1√V∑lCle−iElx0+i→l⋅→x,ψ∗(x)=1√V∑kC†keiEkx0−i→k⋅→x
を導入する。ただし、Ck, C†kはそれぞれ電子の消滅・生成演算子である。(これらフェルミオン演算子については前回のエントリーで解説した。)このモード展開を(6.28)に代入すると、x0>y0となる項は
Γ(1)=iF22∫q|Dq|22ωq∑l,rC†kClC†pCrδ→p,→r−→qδ→k,→l+→q2πδ(Ek+Ep−El−Er)i(Ep−Er+ωq−iϵ)=F22∫q|Dq|22ωq∑l,r∫dtC†l+q(t)Cl(t)C†r−q(t)Cr(t)(Er−q−Er+ωq−iϵ)
と計算できる。ただし、Cp(t)=Cpe−iEpx0 などの関係式を用いた。エネルギー保存のデルタ関数はt-積分で書き換えられている。同様に、運動量の入れ替えに注意するとy0>x0となる項も
Γ(2)=−F22∫q|Dq|22ωq∑l,r∫dtC†l+q(t)Cl(t)C†r−q(t)Cr(t)(Er−q−Er−ωq+iϵ)
と計算できる。ただし、変数の変換 →q→−→q を用いた。これら2つの項の和をとると
Γ=F22∫q|Dq|22ωq∑l,r∫dtC†l+q(t)Cl(t)C†r−q(t)Cr(t)×[1(Er−q−Er+ωq−iϵ)−1(Er−q−Er−ωq+iϵ)]
となる。この式の実部は、極限 iϵ→0 のもとで、
Γ=F22∫q|Dq|2∫dt ∑l,rC†l+q(t)Cl(t)C†r−q(t)Cr(t)[ω2q−(Er−Er−q)2]
と書ける。これは作用においてポテンシャル・エネルギーのように扱えるので、ハミルトニアンの補正項は
˜H=−F22∫q|Dq|2∑l,rC†l+qClC†r−qCr[ω2q−(Er−Er−q)2]
とおける。電子間に働く遮蔽されたクーロン斥力に加えてこの相互作用項も足さなければならない。つまり、4電子の相互作用項の総和は
Hint=∫q∑l,rC†l+qClC†r−qCr(e2q2+a2−F2|Dq|22[ω2q−(Er−Er−q)2])
で与えられる。ただし、a−1はクーロン相互作用の遮蔽距離を表す。電子-フォノン相互作用の強さに応じて、(6.35)の第2項はクーロン斥力より優勢になり、(Er−Er−q)2<ω2q の場合、電子間に引力相互作用を引き起こす。
この相互作用ハミルトニアンは運動量→l,→rの始状態から運動量→l+→q,→r−→qの終状態への遷移を誘導する。低温ではフェルミ準位μFに達しないほとんどの状態は占有されているため、もし始状態がフェルミの海の奥深くに在るとすると、終状態は既に占有されておりパウリの排他律により遷移は禁止される。なお、この排他律は数学的には演算子Ck,C†kの反交換関係で表せる。よって、相互作用(6.35)が適用される電子はフェルミ面近傍あるいはその上方に在ると考えられる。条件式 (Er−Er−q)2<ω2q から、電子間の引力はフェルミ面に近いわずかなエネルギー範囲でしか得られないことが分かる。フェルミ準位に近いエネルギーをもつ電子に限ると、始状態の2電子が互いに反対の運動量を持つ場合(つまり、→l+→r≈0のとき)、より多くの終状態が可能となるので、そのような始状態が優勢になる。これがどのように起きるかをフェルミ面が球対称の場合に詳しく見てみよう。このとき、下図のように電子の充填状態は運動量空間で球体で表せる。
フェルミ面付近の電子の散乱過程で2電子の取り得る始状態と終状態。 フェルミ面を2次元球面とみなし、入射運動量は→lと→rでラベルされる。放射電子の運動量→l′, →r′は→l, →rを→l+→rを軸として回転させてできる円周上に位置する。入射電子の運動量が互いに相殺する場合(→l+→r=0)、放射電子の→l′ベクトルは球面上の任意の場所で指定され、→r′はその対蹠点で与えられる。 |
入射電子の運動量→l, →rがフェルミ面付近で与えられるとして、この始状態の運動量の和 →l+→r を考える。終状態の運動量を→l′, →r′とすると、運動量保存則からその和 →l′+→r′ は→l+→r と等しくならなければならない。よって、→l′と→r′は →l+→r を軸として→lと→rを回転させてできる円周上に(ベクトルとして)位置する。そのため、→l′が選ばれると→r′は自動的に決まる。したがって、終状態の自由度は1つの放射電子の運動量ベクトル(例えば→l′)で指定される円周で与えられる。しかし、この描像には1つの例外がある。それは、→lと→rが近似的に相殺する場合、つまり →l+→r≈0 のときである。この場合、終状態の→l′は2次元球面全体の任意の位置で指定できる。すなわち、立体角4πの全方位に→l′をとることが出来る。( →r′はその対蹠点で指定される。)可能な終状態の数は大幅に増える。よって、フェルミ面近傍の状態が引力相互作用をもつとき、最も重要な寄与は →l+→r≈0 を満たす運動量ベクトル→l, →rに起因するものである。このとき、Er−Er−qは
Er−Er−q=12(Er−Er−q+El+q−El)≈→q⋅(→l+→r)2m∗≈0
と計算できる。ただし、球対称のフェルミ面において Ek=k2/2m∗ となることを用いた。ここで、m∗は電子の有効質量である。(最初の等号ではエネルギー保存則を用いた。)さらに、→l+→q=→l′ と →r−→q=→r′ も同様に互いに相殺するもののその向きには制限がないので、(6.35)は良い近似で
Hint≈∑k,k′Vkk′C†−k′C†k′CkC−k
と表せることが分かる。ただし、演算子の並べ替えで生じる項は省略した。(そのような項はここでの超伝導の考察には無関係である。)また、Vkk′は
Vkk′=(e2q2+a2−F2|Dq|22ω2q)|q=k′−k
で与えられる。ここではVkk′が負となる場合に注目している。電子場の演算子で表すと消滅演算子のペアは
∑kCkC−k=∫d3x ψ(→x)ψ(→x)
と書けることに注意しよう。ただし、ψ(→x)は
ψ(→x)=1√V∑kCkei→k⋅→x
である。(6.39)はψ演算子の反交換関係からゼロとなる。しかし、スピン自由度を考慮すると、異なるスピンをもつ場の演算子を用いることができるのでこの値はゼロとはならない。よって、スピンの効果を含めると、相互作用のハミルトニアン(6.37)は
Hint=∑k,k′Vkk′C†−k′↓C†k′↑Ck↑C−k↓
と表せる。これはBCS (Bardeen-Cooper-Schrieffer) ペアリング相互作用である。この項はいくつかの近似を用いて導出されたが、電子-フォノン相互作用による電子対(クーパー対)の生成という重要な特徴を取り入れたモデルと見做せる。より現実的な近似においても一般にこれらの定性的な特徴は取り込まれるので、このペアリング相互作用は超伝導理論の適切な出発点として利用できる。
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