2.3 散乱状態
この節では前節と同様に代数
{ [Li,Lj]=iϵijkLk[Li,Rj]=iϵijkRk[Ri,Rj]=iϵijk(−2Hm)Lk[Li,H]=[Ri,H]=0
においてH>0となる場合を考える。これは水素電子の散乱状態に対応する。このときルンゲ-レンツ・ベクトルは
Ni=√m2HRi
と規格化される。代数(2.29)は
{[Li,Lj]=iϵijkLk[Li,Nj]=iϵijkNk[Ni,Nj]=−iϵijkLk
と表せる。これはO(3,1)代数を成す。O(3,1)群は、x2+y2+z2−t2の値が不変となるようなx, y, z, tの直交線形変換によって表せる群である。よって、O(3,1)代数はローレンツ代数とも呼ばれる。
Niに関する代数は
[Li,iNj]=iϵijk(iNk)[iNi,iNj]=iϵijkLk
とも書ける。ただし、iNi=√−1Niである。よって、前節と同様に次の2つの演算子
S(1)i=Li+iNi2, S(2)i=Li−iNi2
(i=1,2,3) はSU(2)代数の2つのコピーを与えることが分かる。しかしながら、これらの演算子はエルミートではない。LiとNiで生成される変換Sの要素は実パラメータθi, αiを用いて、
S=exp(iθiLi+iαiNi)
とパラメータ表示できる。代数(2.45)は特にLi=12σi, Ni=−i2σiの場合に成り立つので、
S=exp(iθiσi2+αiσi2)=exp(i(θi−iαi)σi2)
と表せる。これは代数(2.45)で生成される変換が複素数のパラメータを用いたSU(2)変換とみなせることを示している。この複素化されたSU(2)群はSL(2,C)と呼ばれる。
前節の式(2.37)と同様にハミルトニアンは
H=mκ21N2−L2−1
と表せる。ここで、S(1)±=S(1)1±iS(1)2を導入してS(1)iの代数をS(1)±とS(1)3=(L3+iN3)/2で表すことを考えよう。このとき「最低」状態|Ω⟩を
S(1)−|Ω⟩=0
で定義する。状態|Ω⟩へのS(1)3の作用は
S(1)3|Ω⟩=(a+ib)|Ω⟩
と書ける。ただし、a,bは実数であり、それぞれ最低状態に作用する演算子L3とN3の量子数に対応する。関係式(2.46)から分かるように[Ni,Nj]はLkを与えるので、ゼロでないLkに対してbをゼロとすることはできない。(もしLiとNiが最低状態でともにゼロとなるなら、すべての変換のもとでこの状態は不変となり表現は自明となる。)よって、以下ではb≠0とし、ゼロの場合は極限としてb→0考える。S(1)iの2次カシミール演算子は
S(1)iS(1)i=S(1)+S(1)−+S(1)32−S(1)3
と計算できる。これより、関係式
S(1)2|Ω⟩=[(a+ib)2−(a+ib)]|Ω⟩
が求まる。同様にS(2)3についても
S(2)3|Ω⟩=(a−ib)|Ω⟩S(2)2|Ω⟩=[(a−ib)2−(a−ib)]|Ω⟩
と求まる。さらに、運動量ベクトルとルンゲ-レンツ・ベクトルが直交することからL⋅N=N⋅L=0が分かる。よって、定義式(2.47)から
S(1)2=S(2)2=L2−N24
を得る。S(1)2とS(2)2の固有値が等しいので、(2.54)と(2.56)からa, bについて解くと
(a+ib)2−(a+ib)=(a−ib)2−(a−ib)2ib(2a−1)=0⟹ a=12 (b≠0)
となる。b=0の場合は上で議論した自明な解となる。この結果を(2.54)あるいは(2.56)に代入すると
N2−L2=4b2+1
となる。よって、ハミルトニアン(2.50)は
H=mκ21(2b)2>0
と表せる。ここで、bにはいかなる制限も掛からないことに注意しよう。つまり、bは連続的であり、ゼロでない任意の実数値−∞<b<∞ (b≠0) を取ることができる。
角運動量ベクトルLiとルンゲ-レンツ・ベクトルNiは共にエルミート演算子なのでここで得られた表現はユニタリー表現である。特に、S(1)+とS(2)−は互いに共役であることが確認できる。パラメータbに量子化条件は課されないので、bは量子化されず、それに伴いハミルトニアンHも量子化されない。bの大きさは散乱状態の衝突係数と関係しており、bの符号によって散乱において入射状態か放射状態か区別される。
最低状態|Ω⟩にS(1)+, S(2)+を作用させて様々な状態を構成していくと、パラメータbは量子化されていないので、その作用は一般に途切れることはない。よって、いま考えているO(3,1)群 (あるいはSL(2,C)群) のユニタリー表現は無限次元の表現をもつ。O(3,1)はノンコンパクトであるので、以上の結果は、ノンコンパクトなリー群のユニタリー表現は無限次元であるという一般的な定理に沿ったものである。
この節では水素原子の散乱状態においてエネルギー・スペクトルは量子化されないことを見た。前節の結果も含めると、水素原子の束縛状態(H≤0)と散乱状態(H>0)のエネルギー・スペクトルは次のような略図で表せることが分かった。
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