QCDのフェルミオン部分のラグランジアンは
\[ \L = - \sum_{i = 1}^{N_f} \bar{q}_i \ga \cdot D q_i + \mbox{(質量項)} \tag{1}\]
で与えられる。ただし、$D = \d + A$ であり、$A$ はグルーオンを表す。古典レベルでこのラグランジアンの最大の対称性は $U(N_f)_L \times U(N_f )_R$ となる。これは
\[ \L = - \bar{q}_{Li} \ga \cdot \d q_{Li} - \bar{q}_{Ri} \ga \cdot \d q_{Ri} + \cdots \tag{2} \]
と書き下せば明らかである。実際にはこのフレーバーカイラル対称性は実現されていない。以下ではカイラル対称性が破れる原因を紹介していく。
(1) 電弱相互作用
電弱ゲージ群 $G_W \subset U(N_f)_L \times U(N_f )_R$ によって明示的にカイラル対称性が破れる。この対称性の破れはクォークと $W, Z$ ボソンとの相互作用、クォークとヒッグス場との相互作用を通して起きる。これらの相互作用はQCDラグランジアンの摂動的な補正として扱われ、クォークの質量項だけが残る。これは電弱摂動理論のゼロオーダーであり、そのラグランジアンは
\[ \L = - \bar{q}_i \ga \cdot (\d + A ) q_i - m_i \bar{q}_i q_i \tag{3} \]
で与えられる。このラグランジアンの対称性はとても小さい。全ての軸性対称性は質量項のために自明的に破れる。もし全ての $m_i$ が等しければ $U(N_f )_{L+R}$ 対称性が保たれる。しかし、質量差を考量すると $U(N_f )_{L+R}$ より小さな対称性しか持ちえない。$N_f =3$ の場合、
\[ U(N_f )_{L+R} = U(3)_V \approx SU(3)_V \times U(1) \]
となる。ここで、$SU(3)_V$ はGellMann-Ne'emanによって提唱されたクォーク模型の $SU(3)$ 群である。$U(1)$ はバリオン数を表す。
(2) 強い相互作用によるカイラル対称性の自発的な破れ
クォークの質量も含めて全ての電弱相互作用項が無視できる場合、古典的な対称性は $U(N_f )_L \times U(N_f )_R$ である。この対称性は強い相互作用の閉じ込め効果により $U(N_f )_{L+R}$ へ自発的に破れる。これは実験的な事実であるが、理論的に証明されたわけではない。これは自発的な破れの効果によるものでオーダーパラメータを使って記述できる。簡単なオーダーパラメータとして複合演算子 $\bar{q}_{Li}q_{Rj}=M_{ij}$ を採用する。
\[ \bra \bar{q}_{Li}q_{Rj} \ket = \bra M_{ij} \ket = c \del_{ij} \tag{4} \]
$U(N_f )_L \times U(N_f )_R$ 変換のもとで $M \rightarrow h^\dagger M g$ $( h \in U(N_f )_L $, $g \in U(N_f )_R )$となる。$\bra M \ket = c {\bf 1}$ のとき $U(N_f )_{L+R}$ は保存される。$\bra M \ket$ が ${\bf 1}$ に比例しない場合($c$-数でない場合)対称性の破れ方は異なる。このことからパリティは自発的に破れないことを示すことができる。実際、ベクトル的な対称性は自発的に破れないことが示されている。よって、(自発的な対称性の破れによって)$U(N_f )_{L+R}$ より小さな対称性が得られることは無い。
ゴールドストンの定理により自発的な対称性の破れ $U(N_f )_L \times U(N_f )_R \rightarrow U(N_f )_{L+R}$ によってコセット多様体 $\frac{U(N_f )_L \times U(N_f )_R}{U(N_f )_{V}}$ に対応する南部-ゴールドストン粒子が導かれる。これらは標準的な擬スカラーメソン $\pi, K , \eta ,\eta'$ を与える。元となるカイラル対称性 $U(N_f )_L \times U(N_f )_R$ はクォークの質量とその他の電弱相互作用によって自明的に破れるので理論の完全な対称性ではない。そのため、これらの擬スカラーメソンは現実世界では無質量とならない。
(3) 軸性アノマリー
軸性アノマリーについて詳しくはnote07を参照のこと。古典的な対称性は $U(N_f )_L \times U(N_f )_R \rightarrow U(N_f )_{L+R}$ であるが、フレーバー1重項の軸性 $U(1)$ 対称性はアノマリーによって破られる。このアノマリーは
\[ q \rightarrow e^{i \ga_5 \al } \]
\[ \del_\al \Ga = 2 \al N_f \left[\frac{1}{16 \pi^2} \int F_{\mu\nu}^{a} \widetilde{F}_{\mu\nu}^{a} \right] = 2 \al N_f Q\tag{5} \]
となる。ただし、$Q$ は整数でインスタントン数を表す。$U(1)_A$ は完全に破れるわけではなく離散的な部分群は残る。(この点については後で議論する。)
クォークの質量とその他の電弱相互作用を無視できれば、擬スカラーメソンは完全に無質量となり低エネルギーではそれらが唯一のメソンの自由度である。したがって、メソンの自由度を与える有効ラグランジアンを考えることが出来る。群 $G$ が部分群 $H$ に破れるとすると、南部-ゴールドストン粒子は $G/H$ として変換する。よって有効な運動項は
\[ \L = \hf G_{ab} (\phi ) \d_\mu \phi^a \d_\mu \phi^b \tag{6} \]
となる。ただし、$\phi$ は $G/H$ 上の座標であり、$G_{ab}$ は $G/H$ の計量を表す。4次元時空間を $M^4$ とすると
\[ \phi^a (x) : ~ M^4 \rightarrow G/ H \]
となり、$\L$ は「$M^4$ 上で表現された $G/H$ 上の測地線距離」とみなせる。これは $d \phi^a $ が $G/H$ 上の1-形式の基底であり、$M^4$ へ引き戻されることを意味する。このような理論はシグマ模型と呼ばれる。$M^4$ が底空間、$G/H$ が標的空間である。南部-ゴールドストン粒子は $G/H$ が標的空間のシグマ模型で記述される。
今の場合、$U(N_f )_L \times U(N_f )_R \rightarrow U(N_f )_{L+R}$ から $G/H \sim U(N_f )$ なので、メソンの低エネルギー有効ラグランジアンは
\[ \L = \hf G_{ab} (\phi ) \d_\mu \phi^a \d_\mu \phi^b = - f_{\pi}^{2} \tr \left( u^\dagger \d_\mu u ~ u^\dagger \d_\mu u \right) \tag{7}\]
と書ける。ただし、$u \in U(N_f )$ $(N_f = 3 )$ で $f_\pi$ は質量次元を持つ定数 $(f_\pi \sim 93 \, MeV)$ である。$g \in U(N_f )_L $, $h \in U(N_f )_R$ とおくと $u$ は
\[ u \rightarrow g u h^\dagger \]
と変換する。$\la^a$ ($a= 1,2, \cdots, 8$) をゲルマン行列として
\[ u= \exp \left[ \frac{i}{f_\pi } \frac{\la^a}{2} \phi^a \right] \]
とおくと
\[ \L = \hf \d_\mu \phi^a \d_\mu \phi^a + \O (\phi^3 ) \]
となる。クォーク質量と電弱相互作用の効果を含めるために有効ラグランジアンを次のように変形する。
\[ \L = f_\pi^2 \tr \left( \d_\mu u \d_\mu u^\dagger \right) + f_\pi^2 \tr \left(Mu + u^\dagger M \right) \tag{8} \]
ただし、$M = \diag ( \al_u ,\al_d , \al_s )$ $( \al_u \approx \al_d )$ とおく。関連するメソンは擬・南部-ゴールドストン粒子 $\phi^a$ で与えられる。
\[ \frac{\la^a}{2 } \phi^a = \frac{1}{\sqrt{2}} \begin{pmatrix} \frac{\pi^0}{\sqrt{2}} + \frac{\eta_8}{\sqrt{6}} & \pi^+ & K^+ \\ \pi^- & - \frac{\pi^0}{\sqrt{2}} + \frac{\eta_8}{\sqrt{6}} & K^0 \\ K^- & \bar{K^0} & - \sqrt{\frac{2}{3}} \eta_8 \end{pmatrix}\tag{9} \]
ラグランジアン(8)は次の級数展開の最低次の項と考えることが出来る。
\[ \L = f_\pi^2 \tr \left( \d_\mu u \d_\mu u^\dagger \right) + f_\pi^2 \tr \left(Mu + u^\dagger M \right) + A\, \tr [ u^\dagger \d_\mu u \, , \, u^\dagger \d_\mu u ]^2 + B \, \tr \{u^\dagger \d_\mu u \, , \, u^\dagger \d_\mu u \}^2 + \cdots \]
高次の項を無視して(8)のラグランジアンを採用することはソフト・パイオン極限と呼ばれる。カイラル変換 $u \rightarrow g u h^\dagger$ に対応するカイラルカレントは
\[ \begin{eqnarray} J_{L \mu}^{a} &=& i \frac{f_\pi^2}{2} \tr \, t^a \left( u \d_\mu u^\dagger - \d_\mu u u^\dagger \right) \\ J_{R \mu}^{a} &=& i \frac{f_\pi^2}{2} \tr \, t^a \left( u^\dagger \d_\mu u - \d_\mu u^\dagger u \right) \end{eqnarray} \tag{10}\]
となる。
\[ J_{V \mu}^{a} = ( J_L + J_R )_\mu^a ~, ~~~~ J_{A \mu}^{a} = ( J_L - J_R )_\mu^a = f_\pi \d_\mu \phi^a + \cdots \]
よって、パイメソンに関する運動方程式から
\[ \d_\mu J_{A \mu}^{a} \simeq f_\pi \Box \phi^a = f_\pi m_\pi^2 \phi^a \tag{11} \]
となる。クォーク質量と電弱相互作用によりカイラル対称性が完全でないためカレントが保存しない。式(11)はPCAC関係式と呼ばれる。(PCAC: Patially Conserved Axial-vector Current, 部分的に保存された軸性ベクトルカレント)PCAC関係式について詳しくはナイアの教科書(基礎編)
12.10節を参照して下さい。
$\eta'$ メソンの質量
式(9)に現れた $\eta_8$ は $SU(3)$ 一重項 $S$ と混合する。$\eta$, $\eta'$ メソンはこの混合から定義される。
\[ \begin{eqnarray} \et_8 &=& \cos \th \, \et + \sin \th \, \et' \\ S &=& - \sin \th \, \et + \cos \th \, \et' \end{eqnarray}\tag{12}\]
ただし、$th$ は混合角。$\eta'$ の質量は $\pi$, $K$, $\eta$ メソンに比べてかなり大きい($m_{\et'} \approx 940~MeV$, $m_\pi \approx 140~MeV$)。質量項による対称性の破れを考慮して、$\eta'$ を擬・南部-ゴールドストン粒子とみなすと $m_{\et'$} \le \sqrt{3} m_\pi$ となることが知られているが、これは現実に即さない。この問題は $U(1)_A$ 問題と呼ばれる。つまり、$\et'$ は擬・南部-ゴールドストン粒子として扱えない。軸性 $U(1)$ 対称性は4次元演算子によって破られなければならない。note07で見たようにこれはアノマリーに由来する。軸性カレント $J_\mu^5$ は $m \rightarrow 0$ の極限でも保存されない。
ただし、$th$ は混合角。$\eta'$ の質量は $\pi$, $K$, $\eta$ メソンに比べてかなり大きい($m_{\et'} \approx 940~MeV$, $m_\pi \approx 140~MeV$)。質量項による対称性の破れを考慮して、$\eta'$ を擬・南部-ゴールドストン粒子とみなすと $m_{\et'$} \le \sqrt{3} m_\pi$ となることが知られているが、これは現実に即さない。この問題は $U(1)_A$ 問題と呼ばれる。つまり、$\et'$ は擬・南部-ゴールドストン粒子として扱えない。軸性 $U(1)$ 対称性は4次元演算子によって破られなければならない。note07で見たようにこれはアノマリーに由来する。軸性カレント $J_\mu^5$ は $m \rightarrow 0$ の極限でも保存されない。
\[ \d_\mu J_\mu^5 = 2 N_f \left[ \frac{1}{16 \pi^2} F_{\mu\nu}^{a} \widetilde{F}_{\mu\nu}^{a} \right] + \mbox{(質量に依存する項)} \tag{13} \]
有効ラグランジアン(8)にこの効果を追加する必要がある。それには次の項を追加すればよい。
\[ \begin{eqnarray} \L_{eff} &=& - \frac{i}{2}\left( \log \det u - \log \det u^\dagger \right) \left[ \frac{1}{16 \pi^2} F_{\mu\nu}^{a} \widetilde{F}_{\mu\nu}^{a} \right] \\ &=& \frac{1}{f_\pi} \sqrt{2 N_f} \eta' \left[ \frac{1}{16 \pi^2} F_{\mu\nu}^{a} \widetilde{F}_{\mu\nu}^{a} \right] + \cdots \tag{14}\end{eqnarray}\]
ここで、2点関数を
\[ \left< \frac{1}{16 \pi^2} F_{\mu\nu}^{a} \widetilde{F}_{\mu\nu}^{a} (x) \frac{1}{16 \pi^2} F_{\mu\nu}^{a} \widetilde{F}_{\mu\nu}^{a} (y) \right> = m_0^4 \del (x - y) + \d \del ( x -y) + \cdots \]
と表すと、アノマリーによる $\eta'$ 質量への寄与は
\[ \begin{eqnarray} m_{\et'}^{2} &=& m_{\pi}^{2} + \frac{4N_f}{f_\pi^2} \left[\int d^4 x \left< \frac{1}{16 \pi^2} F_{\mu\nu}^{a} \widetilde{F}_{\mu\nu}^{a} (x) \frac{1}{16 \pi^2} F_{\mu\nu}^{a} \widetilde{F}_{\mu\nu}^{a} (y) \right> e^{i q (x-y) }\right]_{q^2 \rightarrow 0} \\ &=& m_{\pi}^{2} + \frac{4N_f}{f_\pi^2} m_0^4 \tag{15} \end{eqnarray}\]
と計算できる。この第2項が $m_{\et'}^{2}$ が $m_{\pi}^{2}$ より大きい理由となる。この $\eta'$ の質量の関係式は Veneziano-Witten 公式として知られている。軸性 $U(1)$ 問題について詳しくはナイアの教科書(発展編)
13.6節を参照して下さい。
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