2025-04-21

13. ウィグナーの $\D$ 関数とその応用 vol.6

13.3.2 ハドロン・スペクトル



ハドロン・スペクトルについては既に第5章で議論した。ここではウィグナー-エッカルトの定理の応用例の1つとしてハドロン・スペクトルを再考する。特に、軽クォークで構成される8重項バリオンと10重項バリオンに関する質量公式を $SU(3)$ 既約表現のクレブシュ-ゴルダン係数から直接導出できることを示す。

 ハドロンは強い相互作用で結合している粒子であり、これらはメソンとバリオンに分類される。ハドロンを支配する動力学は量子色力学 (QCD) であり、これは主に理論の摂動領域で計算可能である。低エネルギーのメソンとバリオンは3つの軽クォーク $(u, d, s)$ で構成される。ここでは群論を用いて低エネルギー・ハドロンの多重項、質量、相互作用について解析する。

 まず、相互作用の強度には次のような階層性があることに注目しよう。
\[    \mbox{$\rm{I}.$ 強い相互作用} ~ \gg ~    \underbrace{\mbox{$\rm{I}\hspace{-1pt}\rm{I}.$ 質量効果} ~ \gg ~    \mbox{$\rm{I}\hspace{-1pt}\rm{I}\hspace{-1pt}\rm{I}.$ $\, W_\pm , Z, A$} との相互作用}_{ \mbox{電弱相互作用} }    \tag{13.117} \]
ここで、$W_\pm , Z$ は弱い相互作用の $(W_\pm , Z)$-ボソン、$A$ は光子を表す。QCDの対称性は強度レベルⅠでは保存され、レベルⅡである程度破られ、レベルⅢではさらに破られる。レベルⅠでは強い力は3つ全ての軽クォーク $(u, d, s)$ に対して等しく働く。これは、$(u, d, s)$ の状態間にユニタリー変換 $(u^\prime ,d^\prime , s^\prime )^{T} = g (u, d, s)^{T}$ が存在することを意味する。ただし、$g$ は $U(3)$ 群の $3 \times 3$ 行列要素を表す。これらの行列要素は $g = e^{i \th} \tilde{g}$ とパラメータ表示できる。ここで、$\det \tilde{g} = 1$ であり、位相因子 $e^{i \th}$ は $U(3) = U(1) \times SU(3)$ の $U(1)$ 因子に対応する。よって、状態  $|q \ket = (u, d, s)^{T}$ は $SU(3)$ 群の ${\bf 3}$ 表現として変換する。($SU(3)$ 群の既約表現については5.3節, 12.3節も参照されたい。)言い換えると、メソンとバリオンは SU(3) 群の既約表現である縮退多重項に分類される。この $SU(3)$ 群はフレーバー対称性と呼ばれる。エネルギー・レベルⅡでは、QCDの詳細が不明であっても、この理論のフレーバー対称性からハドロンのスペクトルを解析できる。

メソンとバリオンの多重項

 メソンはクォークと反クォークのペアで構成される。よって、13.1節で導いた関係式
\[ {\bf 3} \otimes {\bf 3}^*  \, =  \, {\bf 1} \oplus {\bf 8} \, , \tag{13.16} \]
から8重項メソンと1重項メソンが存在することが分かる。これらの多重項の典型的な例は5.4節で紹介した通り下表で与えられる。

スピン-0とスピン-1の最軽量メソンの一覧
\[ \begin{array}{|c | c | c|  c|  c|  c |} \hline &\mbox{スピン-0}&\mbox{質量}& \mbox{スピン-1}& \mbox{質量} & \mbox{クォーク構成}\\ && \mbox{(MeV)} && \mbox{(MeV)} &\\ \hline \mbox{1重項}& \eta^\prime & 958& \omega &783&  (u {\bar u} + d {\bar d} + s {\bar s})/\sqrt{3} \\ \hline & \pi^0 & 135& \rho^0 &775& (u {\bar u} - d {\bar d} )/\sqrt{2} \\ & \pi^+ &140& \rho^+ &775& u {\bar d} \\ & \pi^- &140& \rho^- &775& d {\bar u} \\ \mbox{8重項} & K^+ &494& K^{*+} &892& u {\bar s} \\ & K^- &494& K^{*-} &892& s {\bar u} \\ & K^0 &498& K^{*0} &896& d {\bar s} \\ & {\bar K}^0 &498& {\bar K}^{*0} &896& s {\bar d} \\ & \eta &548& \varphi &1019& ( u {\bar u} + d {\bar d} - 2 \,s {\bar s})/\sqrt{6} \\ \hline \end{array} \]

強い相互作用の基本的なエネルギー・スケールはQCDスケールと呼ばれ、およそ $1 \, {\rm GeV}$ である。QCDスケールでは8重項メソンの質量は同じである見做せる。もちろん、上表から明らかなようにこれらの質量は正確には等しくないが、同じエネルギー・レベルにあると理解できる。このような解釈は、概ね $2 \, {\rm GeV}$ までのエネルギー・スケールの8重項メソンに適用できる。それ以上のエネルギー・スケールではクォーク・反クォーク束縛状態のメソンは崩壊し、いわゆるクォーク・グルーオン・プラズマ状態になると考えられる。

 同様に、バリオンは3つのクォークの束縛状態であるので、バリオンの多重項も関係式
\[    {\bf 3} \otimes {\bf 3} \otimes {\bf 3} \, = \,    {\bf 1} \oplus {\bf 8} \oplus {\bf 8} \oplus {\bf 10}  \tag{13.118} \]
から分類できる。上式は13.1節で導いた
\[\begin{eqnarray}     {\bf 3} \otimes {\bf 3} & = & {\bf 6} \oplus {\bf 3}^*  \tag{13.6} \\  {\bf 3} \otimes {\bf 3}^* & = & {\bf 8} \oplus {\bf 1}    \tag{13.16} \\  {\bf 3} \otimes {\bf 6} &=& {\bf 10} \oplus {\bf 8}    \tag{13.21} \end{eqnarray}\]
から簡単に導ける。5.4節で紹介した通り8重項バリオンと10重項バリオンの例はそれぞれ下表で与えられる。
8重項バリオンとその質量
\[ \begin{array}{|r|c|r|r|} \hline\hline & \mbox{バリオン} & \mbox{質量(MeV)} & \mbox{クォーク構成} \\ \hline & p & 938 & uud \\ & n & 940 & udd \\ & \La & 1116 & uds \\ \mbox{8重項} & {\Si}^{+} & 1189 & uus \\ & {\Si}^{0} & 1193 & uds \\ & {\Si}^{-} & 1197 & dds \\ & \Xi^{0} & 1315 & uss \\ & \Xi^{-} & 1322 & dss \\ \hline\hline \end{array} \]

10重項バリオンとその質量
\[ \begin{array}{|r|c|r|r|} \hline\hline & \mbox{バリオン} & \mbox{質量(MeV)} & \mbox{クォーク構成} \\ \hline & \Delta^{++} & 1232 & uuu \\ & \Delta^{+} & 1232 & uud \\ & \Delta^{0} & 1232 & udd \\ & \Delta^{-} & 1232 & ddd \\ \mbox{10重項} & {\Si^{*}}^{+} & 1383 & uus \\ & {\Si^{*}}^{0} & 1384 & uds \\ & {\Si^{*}}^{-} & 1387 & dds \\ & {\Xi^{*}}^{0} & 1532 & uss \\ & {\Xi^{*}}^{-} & 1535 & dss \\ & \Om^{-} & 1672 & sss \\ \hline\hline \end{array} \]


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