2020-02-06

最近読んだ本:ソ連崩壊前後のモスクワ雑感

以前のエントリーで米原万里さんの話をした際に佐藤優さんの動画を紹介しましたが、私は恥ずかしながら佐藤優さんの著作を一つも読んだことが無かったので今さらですが評価の高い『自壊する帝国』


を読んだところとても面白くすぐにデビュー作の『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』


も購入し立て続けに読みふけりました。先日、ようやく読み終わりました。2冊とも素晴らしかったです。佐藤さんは今年で還暦を迎えるそうですが、今後も益々言論界で活躍してもらいたいと思います。

さて、感想ですが、まとまりません。無骨、知性・インテリジェンス、情熱、体力、友情、裏切り、チェコ、ロシア、北海道、沖縄、鎮魂など単語の羅列がとりとめもなく出てきます。まぁ男が大好きな話です。独断ですがこれらの本に書かれていることに夢中にならない人は男性ホルモンが少ないかもしれません。『自壊する帝国』のほうから読んだのでまずそちらの感想から。

やはりモスクワ大学で知り合ったサーシャの話が良かったです。私は2005年の夏にドゥブニャの国際学会に出席した後に1週間ぐらいモスクワ、サンクトペテルブルグを歩き回ったことがあります。モスクワ大学にも行きました。スターリン様式と呼ばれるあの建物はとても威圧感がありました。どこだか忘れてしまいましたがモスクワの大通りを歩いているとドゥブニャで一緒だったイタリア人のポスドク2人と偶然出会ったので一緒にランチをしてその後、知り合いのロシア人女性(モスクワ大学の物理学科を卒業して会社勤めされている方)の案内で戦勝記念公園に行くというので厚かましく付いて行ったことがあります。別の日に赤の広場でアメリカ人に混ざって市内観光ツアーに参加した際、車内案内中にガイドの女性が突然、何かの文章を暗唱し参加者の様子を一通り窺ったあと、「これはパステルナークの『ドクトル・ジバゴ』の冒頭です」と控えめながらも得意気に教えてくれたのがとても印象に残っています。彼女のパステルナークの「ナーク」の発音が鼻に抜ける独特なものだったので耳に残っています。私は小説は読んでいませんが映画を観て感動した記憶があります。なんだか話が逸れました。ロシア人の人達はとっつきにくい印象があるかもしれませんが、一旦仲良くなればとてもフレンドリーで饒舌な人たちです。私は大学院の先輩のガーニクからそのことを学びました。サーシャの話を読みながら、今ではモスクワの銀行で働いているらしいガーニクのことやモスクワを歩き回ったときの風景を思い出しました。例えば、赤の広場近くの図書館前に鎮座するドストエフスキイの銅像の大きさや商売っ気の全くないおばちゃんが店先で読書にふけっている様子、ランチで飲んだグルジアの赤ワインが美味しかったこと、モスクワでは意外に新鮮な野菜が多いこと、地下鉄のエスカレーターが長いことなど。

それにしてもソ連崩壊前後のあの激動期にモスクワで活躍された佐藤さんのレポートには驚きの連続でした。そのような体験をされた日本人が居たこと自体信じられませんし、日本語で当時のソ連崩壊の裏側を読めるとは思ってもいませんでした。本書後半ではプーチン前夜のロシアの政治家たちの素顔が赤裸々に語られていますが、この部分もとても興味深かったです。というのも、私は1995年の暮れから1997年の春までNHKの国際分室というところでロイターやAPといった外電のデータベースを作成するアルバイトをしていたからです。その為、この期間の国際情勢については外電の映像と英文ソースでいまだに思い出すことがあります。もちろん大部分は忘れてしまいましたが、公共のニュース映像としてはとても使えないような悲惨な動画はいまでも頭に焼き付いています。NATO軍空爆後のボスニア、サラエボの惨状、カラジッチ、ムラジッチ、チェチェン紛争、グローズヌイ、グルジア、北オセチアの銃撃事件などなど。冷戦直後の東欧諸国はメチャクチャでした。そんな中、1996年のロシア大統領選挙は内外のメディアから多くの注目を浴びていました。結局、エリツィンが勝利しましたが、選挙直前の外電では毎日のようにロシア共産党のジュガーノフ、ヤブロコのヤブリンスキー、そして当時からキワモノ扱いだったロシア自民党ジリノフスキーといった候補者のぶら下がり映像が流れていました。そういえば、大物候補者としてレベジの名前もありましたが、いま調べてみると2002年にヘリコプター事故で亡くなられたそうです。(おそらく事故という名の暗殺でしょう。)関係ありませんが、この頃、母の言葉で傑作だったのが「チェルノムイルジンって何人やねん?!」でした。(正解はもちろんロシア人です。)当時の状況を考えるとやはりエリツィンからプーチンになってロシアは強力なリーダシップのもとやっと正常な国に戻ったのではないでしょうか。もちろん、ウクライナの問題は大問題ですが、少なくともソ連崩壊後プーチン以前のロシア・東欧諸国の惨状と比較すればよっぽど安定していると言えるでしょう。

ソ連崩壊後CIS諸国が次々と独立して旧ソ連が機能不全に陥っているあの期間が、日本としてはソ連に不法占拠された北方領土を取り戻す絶好で唯一の機会でした。その意味でプーチンが大統領になる2000年までに北方領土をを取り戻せなかったのはやはり残念でなりません。佐藤優さんはこの結果を日本のロシア外交の失敗とおっしゃりますが、そうでないことは明らかです。つまり、軍事的な脅威無しで話し合いだけで北方領土を取り戻そうとすること自体がソ連崩壊の現実を考えれば土台無理な話です。北朝鮮の拉致問題の件もそうですが、日本の国民・領土が侵されているのだから「自衛のため」に自衛隊を派遣するのは憲法違反にならないと思いますが、どうなのでしょう?北方領土と拉致問題、この二つの件については別にアメリカの顔色を伺う必要なく、日本独自に自衛すればいいと私は考えています。日本は独立国家なのだから。ただ、現実問題としてはそう簡単ではないのでしょう。外交のプロの方々の今後の活躍に期待します。

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