2020-02-06

最近のarXivから:2001.04957

まだよく理解してないのですが、気になって流し読みしたということで記録しておきます。私の指導教官だったNairのプレプリント

https://arxiv.org/abs/2001.04957

タイトルは "Entanglement for Quantum Hall states and a Generalized Chern-Simons Form" です。主な結論は「量子ホール状態における量子もつれのエントロピー(エンタングルメント・エントロピー、EE)を背景場の揺らぎの関数として表すと、それは一般化されたチャーン・サイモンズ項で与えられる。」というものです。この描像は重力の場の方程式がEEの極値化により求まることを示唆しており、今後このアイデアに沿った発展が期待されるとのことです。

エンタングルメント・エントロピー(EE)ってなんだっけと思い調べてみると

https://www.jsps.go.jp/seika/2015/vol2_004.html

で第一人者の高柳君が解説しているように、EEは反ドジッター空間の曲面の面積に相当するとのことなので、この面積の変分をゼロにすることで重力の方程式が導かれるというのは十分納得できます。ただ、その面積が一般化されたチャーン・サイモンズ項で与えられるってどういうことなのでしょうか。

論文に沿って議論の流れを見ていきましょう。まず、イントロからナイア節が炸裂しています。

1.ブラックホールに代表されるエントロピーと重力の関係
2.相対論的場の量子論におけるエンタングルメントの必然性
3.非可換幾何学における自由度は空間そのもので与えられる

という3つの観察から、非可換空間上で定義される状態間のEEを計算することができるのか、そしてそれを重力と関係づけることができるのかとの疑問が自然に生じると導入されています。第一段落目だけでこれだけの内容なので、背景知識の乏しい読者としては半ば置いて行かれた感がありますが、頑張って読み進めると、非可換幾何学の簡単な物理モデルとして量子ホール系があると紹介されています。この話は長年ナイアが研究してきたテーマなので私も知っていました。そこで、量子ホール系で2つの領域で定義された状態のもつれ(エンタングルメント)をモジュラー演算子のスペクトルを使って考えると言うのですが、モジュラー演算子って何??となり一旦詰まってしましました。分からないのでとりあえず飛ばして読み進めると論文の後半では上述の結論を導くとのこと。

さて、上記のモジュラー演算子(正しくは富田モジュラー演算子)については2章で定義されていました。この章の後半は富田・竹崎理論の解説となっていて、ウィッテン先生の最近のあの論文 "Notes on Some Entanglement Properties of Quantum Field Theory"

https://arxiv.org/abs/1803.04993

をナイアが咀嚼してまとめた内容が展開されています。私には抽象的すぎるのでそういう数学があるんだということを認めるしかありませんでした。場の量子論においてEEは密度行列を用いてフォン・ノイマンエントロピーとして定義できます。この密度行列を用いてモジュラー演算子を定義することもでき、EEとの関連では、このモジュラー演算子のスペクトルが正の実数となることが重要だということです。

3章では2章の結果を使って球面上の量子ホール状態における密度行列を具体的に書き出し、関連するEEとモジュラー演算子を定義しています。この結果から2次元球面上の量子ホール系でもモジュラー演算子のスペクトルが基本的に$\mathbb{R}_{+}$で与えられることが示されています。4章は高次元の$\mathbb{CP}^k$ ($k > 1$) 空間上の量子ホール系への一般化が行われ同じ結果が導かれています。(と簡単に書いてしまうけど計算を追うのは大変です。)スペクトルについて数値的な解析がAppendixに紹介されています。

5章では4章の高次元の場合の解析をさらに進めています。つまり、非アーベル型の背景場を入れたときにEEがどのように変化するかを具体的に計算しています。計算に際してドルボー指数 (dobeault index)、指数定理、一般化されたチャーン・サイモンズ項などが用いられますがそれらについても丁寧に解説されているので興味ある方は目を通してみてはいかがでしょうか。私は読み飛ばしただけですが、相変わらずナイアはすごい学者だなあと再認識しました。

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