物理系は一般にハミルトニアン $\H$ で定義される。このハミルトニアンが対称性群 $G$ の生成子 $Q^a$ $( a = 1, 2, \cdots , \dim G )$ と交換可能な場合、すなわち $[ Q^a , \H ]=0$ のとき、ハミルトニアン $\H$ は対称性 $G$ をもつと言う。ハミルトニアン $\H$ に $Q^a$ と交換可能でない項が含まれる場合、この対称性は完全ではない。1.4節で述べたように系の物理状態は対称群 $G$ の既約表現で分類される。(各既約表現に属す物理状態は互いに縮退している。) 基底状態が対称性変換のもとで不変でないときこの対称性は自発的に破れる。すなわち、自発的対称性の破れは基底状態 $| \Om \ket$ が条件式
\[ Q^a \, | \Om \ket \, \ne \, | \Om \ket \tag{14.1} \]
を満たす場合に起きる。
14.1 自発的対称性の破れの例
強磁性体のハイゼンベルク模型
自発的対称性の破れの典型的な例として強磁性体のハイゼンベルク模型がある。このハミルトニアンは
\[ \H \, = \, - \sum_{i,j} J_{ij} \, \vec{S}_i \cdot \vec{S}_j \tag{14.2} \]
で与えられる。ただし、$i,j$ は格子点、$J_{ij}$ は結合係数、$\vec{S}_i = S^a_i$ ($a=1,2,3$) は格子点 $i$ でのスピン・ベクトルを表す。格子点の添え字について縮約を取るので、ハミルトニアンは完全な回転対称性を持つ。全スピン角運動量はスピン・ベクトルの和で
\[ L^a \, = \, \sum_i S^a_i \tag{14.3} \]
と表せ、これは交換関係
\[ \left[ L^a , S^b_i \right] \, = \, i \ep^{abc} S^c_i \tag{14.4} \]
を満たす。よって、
\[ \left[ L^a , \H \right] \, = \, 0 \tag{14.5} \]
と求まり、物理系が回転対称性を確かに持つことが分かる。強磁性体の基底状態は一定方向の磁化を持つので、基底状態は回転のもとで不変でない。つまり、条件式(14.1)は
\[ L^a \, | \Om \ket \, \ne \, | \Om \ket \tag{14.6} \]
として実現される。ただし、$| \Om \ket$ は強磁性体の基底状態を表す。
ここで、自発的対称性の破れはないものとして基底状態は回転変換のもとで不変であると仮定して、回転群 $O(3)$ のテンソル演算子 $A_M$ の基底状態における期待値 $\bra \Om | A_M | \Om \ket$ を考えよう。群の要素は $ g = \exp ( i L^a \th^a )$ と表せる。ただし、$L^a$ $(a = 1,2,3)$ は角運動量演算子、$\th^a$ は実数パラメータである。上の仮定は関係式 $e^{i L^a \th^a } | \Om \ket = | \Om \ket$ を意味する。よって、期待値 $\bra \Om | A_M | \Om \ket$ は
\[\begin{eqnarray} \bra \Om | A_M | \Om \ket &=& \bra \Om | e^{- i L \cdot \th} A_M \, e^{i L \cdot \th} | \Om \ket \nonumber \\ &=& \D_{MN} (\th ) \, \bra \Om | A_N | \Om \ket \tag{14.7} \end{eqnarray}\]
と表せる。ただし、$\D_{MN} (\th)$ は $O(3)$ 群のウィグナー $\D$ 関数を表す。
\[ e^{- i L \cdot \th} A_M \, e^{i L \cdot \th} \, = \, \D_{MN} (\th ) \, A_N \tag{14.8} \]
13章で見たようにテンソル $A_M$ がベクトルであれば $\D_{MN} (\th )$ は $O(3)$ 群の随伴表現に対応する。任意のパラメータ $\th$ に対して $\D_{MN} (\th ) \ne \del_{MN}$ であるので、関係式(14.7)から $\bra \Om | A_M | \Om \ket = 0$ となる。つまり、$| \Om \ket$ が対称変換のもとで不変であるとの仮定から関係式 $\bra \Om | A_M | \Om \ket = 0$ を導ける。よって、対偶をとると条件式
\[ \bra \Om | A_M | \Om \ket \ne 0 ~~ \longrightarrow ~~ e^{i L \cdot \th } | \Om \ket \ne | \Om \ket \tag{14.9} \]
が成り立つことが分かる。すなわち、期待値 $\bra \Om | A_M | \Om \ket$ がゼロでない場合に自発的対称性の破れが起きる。強磁性体では、基底状態で非自明な磁化をもつので磁束密度 (あるいは磁気モーメントの総和) の期待値はゼロでない。このような期待値を正しく評価するには、ハミルトニアンの極小化から基底状態 $| \Om \ket$ を求める必要がる。
基底状態での期待値がゼロにならない例として次のハミルトニアンを持つ複素スカラー場 $\phi (x)$ を考える。
\[ \H \, = \, \int d^3 x \left[ \dot{\phi}^* \dot{\phi} + \nabla \phi^* \nabla \phi + \la (\phi^* \phi )^2 + \si \phi^* \phi \right] \tag{14.10} \]
ただし、$\dot{\phi}= \frac{\d}{\d t} \phi$ であり、$\la$ は非負 $\la > 0$ である。$\la$ が負の場合は、大きな $\phi$ に対して $\H \rightarrow - \infty$ となり理論に基底状態は存在しない。つまり、$\H$ が下限をもつには $\la > 0$ が必要となる。ハミルトニアンに下限がないと基底状態を定義できず量子論を構成できない。2章で扱ったように水素原子のハミルトニアン $\H = \frac{\vec{p}^2}{2m} - \frac{e^2}{r}$ は下限を持たないが、短距離 $r \ll 1$ では $|\vec{p}|$ の値が増加するので、原子レベルでは量子論的な基底状態を持つ。
$\si > 0$ の場合、ハミルトニアン(14.10)の全ての項は正となる。このとき、古典的な基底状態は
\[ \dot{\phi} = 0 \, , ~~ \nabla \phi = 0 \, , ~~ \phi = 0 \tag{14.11} \]
で与えられる。量子論的な基底状態 $| \Om \ket$ を求めるのは簡単ではないが、古典的な基底状態の値が量子論での期待値に対応するように $| \Om \ket$ を決めることができる。今の場合、
\[ \bra \Om | \widehat{\phi} | \Om \ket \, = \, \bra \Om | \dot{\widehat{\phi}} | \Om \ket \, = \, \bra \Om | \nabla \widehat{\phi} | \Om \ket \, = \, 0 \tag{14.12} \]
と要請できる。ただし、ここでは演算子にハットを付けて区別した。半古典的にはこの要請は問題ないが、量子論的には正確ではない。例えば、$\widehat{\phi}^{*} \widehat{\phi}$ の期待値は
\[ \bra \Om | \widehat{\phi}^{*} \widehat{\phi} | \Om \ket \, = \, \bra \Om | \widehat{\phi}^{*} | \Om \ket \bra \Om | \widehat{\phi} | \Om \ket \, + \, \sum_{|K \ket \ne | \Om \ket } \underbrace{ \bra \Om | \widehat{\phi}^{*} | K \ket \bra K | \widehat{\phi} | \Om \ket }_{= \, \O(\hbar ) } \tag{14.13} \]
と表せる。最後の項は非対角成分からなり半古典近似では無視できる。
$\si < 0$ の場合、ハミルトニアン(14.10)は
\[ \H \, = \, \int d^3 x \left[ | \dot{\phi} |^2 + |\nabla \phi |^2 + \la \left( |\phi |^2 - \frac{|\si |}{2 \la} \right)^2 - \frac{|\si |^2}{4 \la} \right] \tag{14.14} \]
と書ける。ハミルトニアンの極小化より、$\dot{\phi} = 0$, $\nabla \phi = 0$, $|\phi |^2 = \phi^* \phi = \frac{|\si |}{2 \la}$ と求まる。つまり、極小値は
\[ \phi = \sqrt{\frac{|\si |}{2 \la}} e^{i \al} \tag{14.15}\]
で得られる。ただし、$\al$ は位相因子である。量子論的にはこの結果は
\[ \bra \Om | \widehat{\phi} | \Om \ket \, = \, \sqrt{\frac{|\si |}{2 \la}} e^{i \al} \, + \, \O(\hbar ) \tag{14.16}\]
と表せる。
ハミルトニアンは $\phi \rightarrow e^{i \th} \phi $ の変換のもとで不変である。ただし、$\th$ は定数。この $U(1)$ 変換のもとでの変分は
\[ \del \phi \, = \, i \th \, \phi \tag{14.17} \]
で与えられる。ネーターの定理によるとこの $U(1)$ 対称変換に付随する保存カレント(ネーター・カレント)が存在する。ハミルトニアン(14.10)からこの保存カレントは
\[ J_\mu \, = \, i \left( \phi \, \d_\mu \phi^* - \d_\mu \phi \, \phi^* \right) \tag{14.18} \]
と表せる。このとき、保存電荷は
\[ Q \, = \, \int J_0 \, d^3 x \, = \, i \int d^3 x \left( \phi \pi - \phi^* \pi^* \right) \tag{14.19} \]
で与えられる。ただし、$\pi$ は正準運動量 $\pi = \dot{\phi}^*$ であり、交換関係
\[ \left[ \pi (x) , \phi (y) \right] \, = \, - i \del^{(3)} (x -y) \tag{14.20} \]
を満たす。電荷 $Q$ は $U(1)$ 対称変換の生成子と定義できる。交換関係(14.20)とその複素共役から保存則 $[ Q, \H ] = 0$ を確認できる。変分 $\del \phi$ は $Q$ を用いて $\del \phi = i \th [ Q , \phi ]$ と表せる。あるいは、$\phi$ の $U(1)$ 変換は
\[\begin{eqnarray} e^{i \th Q} \phi e^{-i \th Q} &=& \phi + i \th [ Q , \phi ] + \cdots \nonumber \\ &=& \phi + i \th \phi + \cdots \nonumber \\ &=& e^{i \th} \phi \tag{14.21} \end{eqnarray}\]
と書ける。この形は(14.8)と類似してることに注意すると、$U(1)$ 対称性が自発的に破れることを以前と同じロジックで次のように示せる。もし $ e^{i\th Q} | \Om \ket = | \Om \ket $ であれば、関係式(14.21)から$\bra \Om | \hat{\phi} | \Om \ket = e^{i \th} \bra \Om | \hat{\phi} | \Om \ket $ と書ける。任意の $\th$ に対して、$e^{i \th } \ne 1$ であるので、$ e^{i\th Q} | \Om \ket = | \Om \ket $ を仮定すると $\bra \Om | \hat{\phi} | \Om \ket = 0$ が得られる。この主張の対偶をとると、条件式
\[ \bra \Om | \widehat{\phi} | \Om \ket \ne 0 ~~ \longrightarrow ~~ e^{i \th Q} | \Om \ket \ne | \Om \ket \tag{14.22} \]
が導かれる。いまの例では、式(14.16)で明示したように、期待値 $\bra \Om | \hat{\phi} | \Om \ket$ はゼロでないので、基底状態 $| \Om \ket$ は $U(1)$ 変換のもとで不変でない。よって、$\si < 0 < \la$ の場合、ハミルトニアン(14.10)のもつ $U(1)$ 対称性は自発的に破れることが分かる。
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