13.3 ウィグナー-エッカルト型の応用例
前節ではウィグナー D 関数を用いてコンパクトなリー群に関するウィグナー-エッカルトの定理
⟨R′,α|QA|R,m⟩=CR′′RR′Amα∗⟨R′||QR′′||R⟩
を示した。ただし、還元行列要素 ⟨R′||QR′′||R⟩ は
⟨R′||QR′′||R⟩=∑β,nCR′′RR′Bnβ⟨R′,β|QB|R,n⟩(dimR′)(G の体積)
で定義される。今節ではウィグナー-エッカルトの定理の応用例として次の3つを取り上げる。
- 光子の吸収・放出についての選択則
- ハドロン・スペクトル
- ケース-ガシオロウィッツ-ワインバーグ-ウィッテン (Case-Gasiorowicz-Weinberg-Witten) の定理
13.3.1 光子の吸収・放出の選択則
2.1節で解説したように、水素原子のハミルトニアンは
H0=→p22m−e2r
で近似できる。ここで、→p と m は電子の運動量と質量、r は原子核からの距離を表す。H0 は球対称なので
[La,H0]=0
を満たす。ただし、La (a=1,2,3) は角運動量演算子である。固有状態 |α⟩ のエネルギー固有値を Eα とする。つまり、H0|α⟩=Eα|α⟩ とおく。(13.80)から LaH0|α⟩=H0La|α⟩=EαLa|α⟩ が分かる。これは、La|α⟩ が |α⟩ と同じエネルギーを持つことを意味する。同様に、任意の状態の回転 eiLaθa|α⟩ も同じエネルギーを持つことが分かる。すなわち、エネルギー準位は角運動量の表現を成す多重項に分類できる。
ある規約表現 R に属す状態 |α⟩ を考える。あるパラメータ θ を用いて別の状態 |β⟩=eiL⋅θ|α⟩ を定義する。状態 |β⟩ は表現 R の外に出ることはないので、特定の θ に対して⟨β|eiL⋅θ|α⟩≠0 となる。例えば、状態を適当に規格化すると ⟨β|eiL⋅θ|α⟩=⟨α|e−iL⋅θeiL⋅θ|α⟩=1 が満たされる。もし |β⟩∉R であれば、群の要素の合成が成り立たず、⟨β|eiL⋅θ|α⟩=0 となる。よって、縮退状態は回転群の既約表現で与えられることが分かる。SU(2) 群の既約表現と縮退状態について詳しくは1.3節も参照されたい。
ここで、ハミルトニアン H0 に相互作用項を導入する。放射ゲージを導入すると外部電磁場のスカラー・ポテンシャル ϕ とベクトル・ポテンシャル →A はゲージ条件
ϕ=0, ∇⋅→A=0
に従う。このとき、相互作用項を含むハミルトニアンは
H=(→p+e→A)22m−e2r2=H0+e2m(→p⋅→A+→A⋅→p)+e22m→A2
と書ける。原子核内の電子に働くクーロン力に比べて外部電磁場の影響は小さいので →A2 の項を無視すると、相互作用項は
Hint|Ψ⟩=e2m(→p⋅→A+→A⋅→p)|Ψ⟩=em→A⋅→p|Ψ⟩
と表せる。ただし、ゲージ条件 ∇⋅→A=0 を用いた。電子の運動量のみ考慮すると電流密度は →J=−em→p とおけるので、上式から相互作用項 Hint は基本的に Hint=em→A⋅→p=−→A⋅→J で与えられることが分かる。ハイゼンベルク方程式を用いると、演算子 1m→p は
1m→p=˙→x=iℏ[H0,→x]
と書ける。よって、Hint の行列要素は
⟨α|Hint|β⟩=ieℏ⟨α|→A⋅(H0→x−→xH0)|β⟩
で与えられる。ただし、|α⟩, |β⟩ は放射現象の終状態と始状態を表す。上式でベクトル・ポテンシャル →A は
→A=→ˆeAe−i(ωt−→k⋅→x)=→ˆeAωei→k⋅→x
とパラメータ表示される。ここで、Aω=Ae−iωt であり、角運動量 ω はエネルギー保存則から
ω=Eα−Eβℏ=ωα−ωβ
と決まる。放射ゲージ条件(13.81)より、偏光ベクトル →ˆe は関係式
→ˆe⋅→k=0
を満たす。放射現象において光の波長は λ∼10−5 cm のオーダーであり、これは原子のサイズ r∼10−8 cm に比べて十分大きい。つまり、→k⋅→x∼2πλr∼10−3≪1 と見積もることができる。微小因子 →k⋅→x の1次近似でベクトル・ポテンシャルは
→A=→ˆeAω(1+i→k⋅→x)+O((→k⋅→x)2)
と表せる。ゼロ次近似 ei→k⋅→x≈1 で行列要素(13.85)は
⟨α|Hint|β⟩≈⟨α|H(0)int|β⟩=ieℏˆeaAω(Eα−Eβ)⟨α|xa|β⟩=e˙→A⋅⟨α|→x|β⟩ = e→E⋅⟨α|→x|β⟩
と表せる。ただし、→E=˙→A は電場を表す。このゼロ次近似は古典電気力学での電気双極子近似に対応する。
水素原子の物理状態は SO(3) 群のユニタリー既約表現で記述される。前節で見たように、これらは |l,m⟩ でラベルされる。ただし、l は軌道角運動量量子数、m は磁気量子数を表す。ウィグナー-エッカルトの定理(13.77)を適用すると、行列要素(13.90)は
eEa⟨l′,m′|xa|l,m⟩=eEaC1ll′∗amm′⟨l′||x(1)||l⟩
と表せる。ただし、x(1) は xa (a=0,±1) が l=1 テンソル(13.65)として変換することを表す。これは放射現象の選択則がクレブシュ-ゴルダン係数 C1ll′∗amm′ で評価されることを意味する。クレブシュ-ゴルダン係数の慣習的な表示法 ⟨j1m1j2m2|JM⟩ を用いると C1ll′∗amm′ は
C1ll′∗amm′=⟨1alm|l′m′⟩=(−1)l′−l−1⟨lm1a|l′m′⟩=δm′,m+a(−1)l′−l−1⟨lm1a|l′m′⟩
と関係付けられる。これより、明らかに磁気量子数 m の選択則は
Δm=0,±1
となることが分かる。ただし、Δm=m−m′ である。より厳密には、ゼロとならないクレブシュ-ゴルダン係数 ⟨lm1a|l′m+a⟩ は以下の表で与えられる。
l′a=1a=0a=−1l+1√(l+m+1)(l+m+2)(2l+1)(2l+2)√(l+m+1)(l−m+1)(2l+1)(l+1)√(l−m+1)(l−m+2)(2l+1)(2l+2)l−√(l+m+1)(l−m)2l(l+1)m√1l(l+1)√(l+m)(l−m+1)2l(l+1)l−1√(l−m−1)(l−m)2l(2l+1)−√(l+m)(l−m)l(2l+1)√(l+m−1)(l+m)2l(2l+1)
軌道角運動量量子数 l の選択則は m のようには決まらない。まず、行列要素(13.90)の形からパリティ変換 →x→−→x のもとで始状態と終状態は別のパリティを持つ必要があることが分かる。つまり、Δl=l−l′ に対して (−1)Δl=−1 が必要となる。よって、l と l′ が整数である限りは、
Δl=±1
が課される。しかしながら、スピンの効果を含めると軌道角運動量 →L は全角運動量 →J=→L+→S に置き換えられる。ただし、→S は電子のスピン角運動量を表す。この場合、パリティ条件(13.94)は全角運動量量子数 j=l±12 には適用されす、放射過程の選択則は
Δj=0,±1 ただし (j,j′)≠(0,0)Δm=0,±1 ただし Δj=0 の場合は (m,m′)≠(0,0)
で与えられる。例外となる場合は上の表から簡単に確認できることに注意しよう。この選択則は電気双極子遷移の選択則としてよく知られている。行列要素(13.90)から、偏極 ˆea とスペクトル線の強度との相関はクレブシュ-ゴルダン係数 C1ll′∗amm′ あるいは ⟨lm1a|l′m+a⟩ で与えられることが分かる。
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