13.2 ウィグナー-エッカルトの定理
リー群 G で対称性が記述される物理系において、あるテンソル演算子 QA に注目しよう。前節で解説したように状態は G の表現 R とその表現に属す特定のベクトル、例えば α で指定できる。対称性のもとで状態 |R,α⟩ の変換は群の要素 U(θ)∈G を作用させることにより実行できる。ただし、θ は群のパラメータを表す。今節では、任意の階数をもつテンソル演算子 QA の行列要素を考える。一般にそのような行列要素は
⟨R′,α|QA|R,m⟩=⟨R′,α|UU−1QAUU−1|R,m⟩
と表せる。対称性のもとで QA の変換は Q′A=U−1QAU で与えられる。状態 U−1|R,m⟩ は同じ表現に属する状態の線形結合で表せることに注意する。定義より、これはウィグナー D 関数を用いて
U−1|R,m⟩=∑nD(R)mn(g)|R,n⟩
と展開できる。
簡単な例として、回転のもとでの位置演算子 xa (a=1,2,3) を考えよう。対応する群は G=SO(3) であり、群の要素は U(θ)=exp(iLaθa) で与えられる。ただし、La=ϵabcxbpc は角運動量演算子である。2.1節で解説したように、La と xb は交換関係
[La,xb]=iϵabcxc
を満たす。これは、位置演算子 xa が回転のもとでベクトルとして変換することを示す。実際、微小な θa において xa は
U−1(θ)xaU(θ)≈(1−iLbθb)xa(1+iLcθc)≈xa−i[Lb,xa]θb=xa+ϵbacxcθb=(δab+i(−iϵabc)θc)xb=(1+iTcθc)abxb
と変換する。ただし、(Tc)ab=−iϵabc である。よって、x′a=U−1xaU は
x′a=Dab(g)xb
と表せる。ここで、Dab(g) は随伴表現に属す SO(3) 群の要素である。
Dab(g)=exp[i(Tc)abθc]
これは 3×3 行列で表せる SO(3) 群のスピン1表現でもある。
極座標を用いると座標 xa は
(x1,x2,x3)=(rsinϑcosφ,rsinϑsinφ,rcosφ)
と書ける。位置演算子の球面基底 (spherical basis) は
x±=1√2(∓x1−ix2), x3
xm=rYm1(ϑ,φ)⟶xm′=rDm′m(g)Ym1(ϑ,φ)
と表せる。ただし、Dm′m(g) は SO(3) 随伴表現の行列要素である。これは SO(3) スピン1表現のウィグナー D 関数
Dm′m(g)=D(l=1)m′m(g)
と同じである。
同様に、階数2の対称テンソル
Tab=xaxb−13δabx2
も球面調和関数 Yml(ϑ,φ) で l=2 と固定し、m=0,±1,±2 とおいたものに比例する。回転のもとで Tm=r2Ym2(ϑ,φ) の変換は
Tm=r2Ym2(ϑ,φ)⟶Tm′=r2D(l=2)m′m(g)Ym2(ϑ,φ)
と表せる。ただし、D(l=2)m′m(g) は SO(3) スピン2表現のウィグナー D 関数である。
これらの例から、対称性のもとでテンソル QA は群 G の表現 R として変換することが分かる。具体的には、リー群 G のユニタリー既約表現を R とすると、R に属すテンソル演算子 QA の変換は
U−1(θ)QAU(θ)=D(R)AB(g)QB
と表せる。ただし、D(R)AB(g) は群 G の表現 R に属すウィグナー D 関数である。
ここで、冒頭(13.58)の行列要素 ⟨R′,α|QA|R,m⟩ に戻り、これをウィグナー D 関数で表すことを考えよう。すでに(13.59)で状態 U−1|R,m⟩ はウィグナー D 関数で展開できることを見た。この複素共役は
⟨R′,α|U(θ)=∑β⟨R′,β|D(R′)∗αβ(g)
と表せる。 式(13.59), (13.70), (13.71)から行列要素(13.58)は
⟨R′,α|QA|R,m⟩=∑β,nD(R′)∗αβ(g)D(R′′)AB(g)D(R)mn(g)⟨R′,β|QB|R,n⟩
と書ける。ただし、テンソル演算子 QA は表現 R′′ に属し、これは必ずしも R あるいは R′ に一致しないことに注意する。関係式(13.72)は全ての θ つまり任意の群の要素について成り立つので、
⟨R′,α|QA|R,m⟩=∫dV(g)∑β,nD(R′)∗αβ(g)D(R′′)AB(g)D(R)mn(g)(G の体積)⟨R′,β|QB|R,n⟩
と書き換えることができる。ここで、 D(R′′)AB(g)D(R)mn(g) の因子は
D(R′′)AB(g)D(R)mn(g)=⟨R′′,A|ˆg|R′′,B⟩⟨R,m|ˆg|R,n⟩=∑˜R,λ,σCR′′R˜RAmσ∗CR′′R˜RBnλ⟨˜R,σ|ˆg|˜R,λ⟩=∑˜R,λ,σCR′′R˜RAmσ∗CR′′R˜RBnλD(˜R)σλ(g)
と計算できる。ただし、CR′′R˜RBnλ と CR′′R˜RAmσ はクレブシュ-ゴルダン係数であり、2状態の合成に関するクレブシュ-ゴルダンの定理(13.5)から次のように定義される。
|R′′,B⟩⊗|R,n⟩=∑˜R,λCR′′R˜RBnλ|˜R,λ⟩⟨R′′,A|⊗⟨R,m|=∑˜R,σCR′′R˜RAmσ∗⟨˜R,σ|
CR′′R˜RAmσ∗=(CR′′R˜RAmσ)∗=CR′′∗R∗˜R∗Amσ は係数 CR′′R˜RAmσ の共役表現である。また、式(13.74)内の群の要素 ˆg は同じ表現 ˜R に属し、これらの合成も定義から同じ表現に属す。
∫dV(g) D(R)∗αβ(g)D(R′)mn(g)=1(dimR)δαmδβnδRR′
を関係式(13.73)に適用すると、テンソル演算子 QA の行列要素は
⟨R′,α|QA|R,m⟩=∑β,n∑˜R,λ,σCR′′R˜RAmσ∗CR′′R˜RBnλδασδβλδR′˜R(dimR′)(G の体積)⟨R′,β|QB|R,n⟩=CR′′RR′Amα∗[∑β,nCR′′RR′Bnβ⟨R′,β|QB|R,n⟩(dimR′)(G の体積)]≡CR′′RR′Amα∗⟨R′||QR′′||R⟩
と変形できることが分かる。ここで、⟨R′||QR′′||R⟩ は還元行列要素と呼ばれる。この還元行列要素
⟨R′||QR′′||R⟩=∑β,nCR′′RR′Bnβ⟨R′,β|QB|R,n⟩(dimR′)(G の体積)
は始状態のベクトル α, m とは独立に決まることに注意しよう。(13.77)の結果はウィグナー-エッカルトの定理として知られている。この定理は物理の問題で有用である。例えば、状態間の遷移の選択則はクレブシュ-ゴルダン係数 CR′′RR′Amα∗ の有無によって体系的に決定できる。前節で示したように、クレブシュ-ゴルダン係数は対称性を記述する群 G の性質から完全に決まる。状態間の遷移に関するその他の詳細は還元行列要素から導かれる。次節ではウィグナー-エッカルトの定理の物理問題への応用例をいくつか紹介する。
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