古典電磁気学の1つの重要なトピックとして電気四重極子あるいは多重極子の導出がある。
静電場の場合はスカラー・ポテンシャルの球面調和関数展開あるいはテイラー展開に相当するので自然に理解できるが、磁場を含める場合はベクトル・ポテンシャルを導入して電気双極子近似(ゼロ次近似)より高次の近似を考える必要がある。このとき1次のオーダーの項から磁気双極子と電気四重極子が出てくるが、これらはぞれぞれ電流ベクトルと位置ベクトルの積の非対称成分と対称成分に相当する。この話は例えばジャクソン電磁気学の第9章
に出ていて一応、大学の古典電磁気学で学習する内容となっている。ただし、このような近似が成立するのは基本的に原子・分子・結晶内などミクロな世界の話なので当然ながら量子電磁気学の領域であり、量子力学的な取り扱いが必要となる。
一方、量子力学の教科書では大抵、ゼロ次近似での電気双極子相互作用の導出までが紹介され、磁気双極子・電気四重極子は古典電磁気学でやったから大丈夫だよね、という感じで学生もあぁあれね、という感じでそのままになってそれぞれ専門分野に進んで行くことが多い(個人的印象)。最近までそんな記憶もすっかり忘れていたが、久しぶりに原子内電子と外部電磁場の相互作用を考える機会があったので磁気双極子相互作用と電気四重極子相互作用を量子力学的に導出できるか手元の参考書・教科書で調べてみた。
しかしながら、分かる範囲では何処にも載っていなかったので自力で導出してみた。詳細は以下の通り。
H0=→p22m−Ze2r
から始めよう。ただし、→p, m は原子内電子の運動量ベクトル、質量を表す。また、r は原子核から電子までの距離、Ze は原子核の電荷である。外部電磁場との相互作用項は共変微分(すなわち、ゲージ原理)を用いて表せるので、相互作用を含めたハミルトニアンは
H=(→p+e→A)22m−Ze2r2=H0+e2m(→p⋅→A+→A⋅→p)+e22m→A2
とおける。ただし、ここでは放射ゲージ
ϕ=0, ∇⋅→A=0
を選ぶ。→A2 の項を無視すると、相互作用項は
Hint|Ψ⟩=e2m(→p⋅→A+→A⋅→p)|Ψ⟩=em→A⋅→p|Ψ⟩
と書ける。ただし、ゲージ条件 ∇⋅→A=0 を用いた。電流密度は →J=−em→p とおけるので、相互作用項は基本的に Hint=em→A⋅→p=−→A⋅→J で与えられることに注意しよう。
演算子 1m→p にハイゼンベルク方程式を適用すると
1m→p=˙→x=iℏ[H0,→x]
を得る。よって、Hint の行列要素は
⟨α|Hint|β⟩=ieℏ⟨α|→A⋅(H0→x−→xH0)|β⟩
と表せる。ただし、|α⟩, |β⟩ は放射現象の終状態、始状態を表す。式(6)において、ベクトル・ポテンシャルは
→A=→ˆeAe−i(ωt−→k⋅→x)=→ˆeAωei→k⋅→x
とパラメータ表示できる。ただし、Aω=Ae−iωt であり、角振動数 ω はエネルギー保存則から
ω=Eα−Eβℏ=ωα−ωβ
と決まる。放射ゲージの条件式(3)から偏光ベクトル →ˆe は関係式
→ˆe⋅→k=0
に従う。放射現象において光の波長は λ∼10−5 cm のオーダーであり、これは原子のサイズ r∼10−8 cm より充分大きい。よって、→k⋅→x∼2πλr∼10−3≪1 が分かる。この微小因子 →k⋅→x の1次のオーダーでベクトル・ポテンシャルを表すと
→A=→ˆeAω(1+i→k⋅→x)+O((→k⋅→x)2)
となる。
このとき、式(6)の行列要素 ⟨α|Hint|β⟩ は
⟨α|Hint|β⟩=em⟨α|→A⋅→p|β⟩≈e⟨α|(1+i→k⋅→x)Aω→ˆe⋅˙→x|β⟩=⟨α|H(0)int|β⟩+⟨α|H(1)int|β⟩
と書ける。ただし、⟨α|H(0)int|β⟩ はゼロ次近似 ei→k⋅→x≈1 に対応する行列要素であり、
⟨α|H(0)int|β⟩=ieℏˆeaAω(Eα−Eβ)⟨α|xa|β⟩=e˙→A⋅⟨α|→x|β⟩=e→E⋅⟨α|→x|β⟩
と表せる。ただし、→E=˙→A は電場を表す。このゼロ次近似はは古典電気力学の双極子近似に対応する。
式(11)の1次のオーダーの項は
⟨α|H(1)int|β⟩=iekaˆebAω⟨α|xa˙xb|β⟩=iemkaˆebAω⟨α|xapb|β⟩=ie2mkaˆebAω⟨α|(xapb+pbxa)|β⟩
と表せる。ただし、xapb を反対称成分と対称成分に
xapb=12(xapb−pbxa)+12(xapb+pbxa)=iℏ2δab+12(xapb+pbxa)
と分離して関係式 kaˆebδab=0 を用いた。対称成分は
xapb+pbxa=m2(xa˙xb+˙xbxa)=im2ℏxa(H0xb−xbH0)+m2˙xbxa=im2ℏ(H0xaxb−xaxbH0)−m2(˙xaxb−˙xbxa)
と計算できる。ただし、ハイゼンベルク方程式(5)を用いた。よって、1次のオーダーの行列要素(13)は
⟨α|H(1)int|β⟩=−e2ℏkaˆebAω⟨α|[H0,xaxb]|β⟩−ie2mkaˆebAω⟨α|(paxb−pbxa)|β⟩
と書ける。電気双極子近似(12)の場合と同様に右辺の第1項は
−e2ℏkaˆebAω⟨α|[H0,xaxb]|β⟩=−e2ℏkaˆebAω(Eα−Eβ)⟨α|xaxb|β⟩=−e2ka˙Ab⟨α|xaxb|β⟩=ie2∇aEb⟨α|xaxb|β⟩=ie2∇aEb⟨α|Tab|β⟩
と変形できる。ただし、Tab は階数2の対称テンソル Tab=xaxb−13δabx2 を表す。外部電場に対して ∇aEbδab=∇⋅→E=0 が成り立つことに注意しよう。式(16)右辺の第2項は
−ie2mkaˆebAω⟨α|(paxb−pbxa)|β⟩=−ie2mkaˆebAω⟨α|ϵabcϵklcpkxl|β⟩=ie2mϵabckaˆebAω⟨α|Lc|β⟩=e2mϵabc∇aAb⟨α|Lc|β⟩=e2m→B⋅⟨α|→L|β⟩
と変形できる。ただし、関係式 →B=∇×→A と →L=→x×→p を用いた。
以上、まとめると
⟨α|H(1)int|β⟩=ie2∇aEb⟨α|Tab|β⟩+e2m→B⋅⟨α|→L|β⟩
と求まる。右辺の第1項、第2項はそれぞれ電気四重極子遷移、磁気双極子遷移を記述する。
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