2024-12-04

12. リー群の幾何学的側面 vol.5

コンパクト群

 前回のエントリーでは $SU(N)$ 群の既約表現を求めるテンソル解析について解説した。既約表現を構成するこのテンソル解析はコンパクト群一般にも適用される。実際、ワイル (Weyl) による次の定理が存在する。
  1. コンパクト群の全てのユニタリー既約表現は有限次元である。これらの既約表現は定義表現のテンソル積を適切に還元して得られる。
  2. 非コンパクト群の全ての有限次元の表現は非ユニタリーである。また、非コンパクト群の全てのユニタリー表現は無限次元である。
ここで、コンパクト群は有限体積をもつリー群 $G$ で定義される。12.2節で定義したカルタン-キリング計量は
\[\begin{eqnarray}     ds^2 & = & - 2 \Tr ( g^{-1} d g \, g^{-1} dg ) \nonumber \\    & = &  E^a_\mu E^a_\nu \, d \th^\mu d \th^\nu \, = \, g_{\mu \nu} \, d \th^\mu d \th^\nu    \tag{12.58} \end{eqnarray}\]
であった。ただし、$g^{-1} d g = i t^a E_\mu^a \, d \th^\mu $ は $G$ のフレーム場1形式である。$t^a$ ($a = 1,2, \cdots, \dim G$) はリー代数 G の基底(生成子)を成す行列で代数  $[ t^a , t^b ]  =  i C^{abc} t^c$ を満たす。$C^{abc}$ は G の構造定数であり、規格化は $\Tr (t^a t^b ) = \hf \del^{ab}$ で与えられる。ことのき、リー群 $G$ の体積要素は
\[    dV \, = \, \sqrt{|\det g |} \, d \th^1 d \th^2 \cdots d \th^{\dim G}    \tag{12.59} \]
で与えられる。ただし、$\det g$ は計量テンソル $g_{\mu \nu} = E^a_\mu E^a_\nu $ を行列表示した際の行列式を表す。以上より、コンパクト群は有限体積の条件式
\[    \int_{G} d V \, < \, \infty     \tag{12.60} \]
で定義される。12.1節の最後に紹介したように、カルタン-キリングによる半単純リー代数の分類で現れたリー群は、パラメータが実数のとき全てコンパクト群となる。一方、非コンパクト群の典型的な例はローレンツ群 $SO(1,3)$ で与えられる。一般のローレンツ代数、すなわち $SO(1, d+1)$ 代数の定義については11.3節を参照されたい。

リー代数のランクに関するワイルの定理

 リー代数 G のランク(階数)はその基底行列 $t^a$ のなかで同時対角化可能な行列の最大数で定義される。例えば、パウリ行列は唯一つの対角行列を持つので $SU(2)$ 代数のランクは1である。同様に、1.5節で紹介したゲルマン行列(1.49)は2つの同時対角行列を持つので $SU(3)$ 代数のランクは2である。

 リー代数 G の基底行列 $t^a$ で構成されるより大きな集合 $\{ t^a , t^a t^b , t^a t^b t^c , \cdots \}$ を考える。これには $t^2 = \del^{ab} t^a t^b$ など添え字が縮約された要素も含まれる。行列 $t^a$ についての特性方程式(あるいはケイリー・ハミルトンの定理)を用いるとこれらの次数を下げることができる。しかし、一般にこれらの集合要素は元々の代数 G とは異なる代数を成す。というのも、$t^2$ などの縮約された要素は必ずしも元の代数の要素に属さないためである。このように構成された(大きな)代数は G の包絡代数 (enveloping algebra) と呼ばれる。包絡代数には元となるリー代数の全ての要素と交換する要素が含まれる。例えば、角運動量代数において2次の演算子 $J^2$ は $[ J^2 , J^a ] = 0$ を満たすので角運動量代数の全ての要素 $J^a$ $(a = 1,2,3)$ と交換する。このように元となるリー代数 G の全ての要素と交換する演算子をカシミール演算子と呼ぶ。この演算子は包絡代数の中心 (center) を成す。リー代数のランクに関してもワイルによる次の定理が存在する。
  1. リー代数 G において独立なカシミール演算子の数はそのリー代数のランクに等しい。
  2. リー群 $G$ において独立な不変テンソルの数は対応するリー代数 G のランクに等しい。
$SU(2)$ 代数のランクは1なので、カシミール演算子は $J^2$ の1つだけであり、不変テンソルは唯一 $\ep^{ij}$ で与えられる。前回で見たように、これらの事実から $SU(2)$ 群の既約表現が求まる。

カシミール演算子: SU(3) とそれ以外

 以上より、コンパクト・リー群の既約表現を求めるにあたりカシミール演算子と不変テンソルが重要であることが分かった。以下では、$SU(3)$ 代数のカシミール演算子を考えることでこの点の理解をさらに深める。$SU(3)$ 代数のランクは2であるので、2つの不変テンソルと2つのカシミール演算子が存在する。不変テンソルは生成子 $t^a$ ($a = 1,2, \cdots , 8$) の多重項のトレースから得られる。というのも、そのようなトレースは変換 $t^a \rightarrow h^{-1} t^a h$ のもとで不変なためである。ただし、$h \in G=SU(3)$ である。ここで、$SU(3)$ 群の要素 $g = \exp ( i t^a \th^a )$ は $g \rightarrow h^{-1} g h = \exp ( i h^{-1} t^a h \th^a )$ と変換することに注意しよう。トレース $ \Tr (t^a t^b )$ の不変性は次のように直接確認できる。
\[    \Tr (t^a t^b ) \longrightarrow \Tr (h^{-1} t^a h h^{-1} t^b h )    \, = \, \Tr (t^a t^b ) \, = \, \frac{1}{2} \, \del^{ab}    \tag{12.61} \]
不変テンソル $\del^{ab}$ に対応するカシミール演算子は $\del^{ab} t^a t^b  =  t^a t^a = t^2$ で与えられる。

 もう一方のカシミール演算子は3次のオーダーのトレース $ \Tr (t^a t^b t^c)$ から計算できる。このトレースは次にように対称成分と反対称成分に分離できる。
\[\begin{eqnarray}    \Tr ( t^a t^b t^c ) &=& \Tr \left[ t^a \left( \frac{1}{2} [ t^b , t^c ] + \frac{1}{2}    \{ t^b , t^c \} \right) \right]    \nonumber \\    &=& \frac{1}{2} \Tr \left[ t^a \left( i C^{bck} t^k \right) \right]     + \frac{1}{2} \Tr \left[ t^a \{ t^b , t^c \}  \right]    \nonumber \\    &=& \frac{i}{4} C^{abc} + \frac{1}{4} d^{abc}    \tag{12.62} \end{eqnarray}\]
ただし、添え字について対称な記号
\[    d^{abc} \, \equiv \, 2 \Tr \left[ t^a (t^b t^c + t^c t^b ) \right]      \tag{12.63} \]
を導入した。リー代数 $[ t^a , t^b ] = i C^{abk} t^k$ を用いると、(12.62)の反対称成分は2次のトレース $\Tr ( t^a t^k )$ に還元される。よって、(12.62)から新しいカシミール演算子を求めるにはこの反対称部分は必要ない。言い換えると、2次のトレースと独立な3次のトレースは対称化されたトレース(12.63)で与えられる。この不変な対称テンソルに対応するカシミール演算子は $d^{abc} t^a t^b t^c$ と表せる。$SU(2)$ の場合は、$t^a = \frac{\si^a}{2}$ となり $(t^b t^c + t^c t^b) = \hf \del^{bc} {\bf 1}$ が成り立つので、対称記号 $d^{abc}$ はゼロとなることに注意しよう。

 同様に、$SU(N)$ $( N \ge 4) $ のカシミール演算子も高次の対称化されたトレースから計算できる。上記の $\frac{1}{4} d^{abc} = \frac{1}{2} \Tr (t^a t^b t^c + t^a  t^c t^b ) $ に対応する $N$ 次の対称記号を $\ka^{a_1  a_2 \cdots a_N}$ とすると、これは対称化されたトレースを用いて
\[    \ka^{a_1  a_2 \cdots a_N} \, = \, \frac{1}{(N-1)!} \sum_{\si \in \S_{N-1}}     \Tr ( t^{a_1} t^{a_{\si_2}} t^{a_{\si_3}} \cdots t^{a_{\si_N}} )    \tag{12.64} \]
と定義できる。ただし、$\si \in \S_{N-1}$ についての和は添え字 $\{ 2, 3, \cdots , N \}$ の置換 $\si$ について取る。ここで、$\si$ は $\si =\left( \begin{array}{c} 2 ~ 3 ~ \cdots ~ N  \\ \si_2 \si_3 \cdots \si_N \\ \end{array} \right)$ とラベルされる。不変な対称テンソル $\ka^{a_1  a_2 \cdots a_N}$ に対応するカシミール演算子は $\ka^{a_1  a_2 \cdots a_N} t^{a_1} t^{a_2} \cdots t^{a_N}$ で与えられる。

物理問題への応用

 問題となる物理系がリー群 $G$ に従う対称性を持っていると仮定する。このとき、対称群 $G$ のユニタリー既約表現の概念は物理で重要である。対称性が時間とともに保たれる場合、物理系の状態は $G$ のユニタリー既約表現で分類される。よって、対称性が保存される物理系ではユニタリー既約表現の知識が重要であり代数的な手法が有用となる。

 一方、物理系の対称性が自発的に破れる場合 ($G \rightarrow H \subset G$) 、コセット空間 $G/H$ が物理的に重要となる。つまり、自発的対称性の破れが起きる物理系ではコセット空間 $G/H$ 上の計量やリーマン曲率などの知識が重要であり幾何学的な手法が有用となる。自発的対称性の破れの理論的な枠組みについては14章で解説する。

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