前節で解説したリーマン多様体は物理において非常に重要である。実際、次の仮説を立てることができる。
- この世界はミンコフスキー符号$(+ ---)$を持ったリーマン多様体で記述できる。
- 計量テンソル $g_{\mu\nu}$ は物質分布によって動力学的に決定される。
2番目の主張は $g_{\mu \nu}$ の運動方程式を導く。この方程式のことをアインシュタイン方程式と呼ぶ。この章の主要目標はリーマン幾何学と望ましい対称性を用いてアインシュタイン方程式を導出することである。
これらの仮説は等価原理と深く関係している。等価性のレベルに応じて歴史的に以下2つの等価原理が存在する。
- 慣性質量は重力質量と等しい。(弱い等価原理)
- 重量との相互作用は通常の微分を共形微分で置き換えることで実現される。(強い等価原理
$m_I$を慣性質量、$m_{G}$を重力質量とすると、ニュートン力学 $m_{I} \frac{d^2 x}{dt} = - \frac{G M_{G} }{r^2} m_{G}$ の枠組みで、弱い等価原理 $m_{I} = m_{G}$ は、$\frac{d^2 x}{dt} = - \frac{GM_{G} }{r^2} $ となる。これは、任意の加速度系が重力場と等価であることを意味する。光あるいは質量ゼロの光子の軌跡を考えると、この等価性は重力の効果が曲がった空間で実現されることを示唆する。というのも、最小作用の原理から光の曲がりを説明するには、曲がった空間を考えるのが最も自然であるからである。よって、重力場は曲がった多様体、より特定すれば、曲率が物理的な役割を果たすリーマン多様体から創発される。この考えから、上述の最初の仮説「世界はリーマン多様体で記述される」が導かれる。この弱い等価原理は1ミリメートル以上のスケールにおいて検証されている。強い等価原理についても原理とはいえ完全ではない。これはスピンを持たない点粒子について成立する。しかし、スピンを持つ粒子については、以下で議論するように、強い等価原理は一般に適用できない。
9.1 点粒子の運動
この節ではラグランジアン形式で点粒子の運動方程式を求めて、対称性が如何に有用であるかを例証する。点粒子は最も簡単な物質分布である。8.2節で紹介した通り、平坦なミンコフスキー空間の計量は
\[ ds^2 \, = \, g_{\mu\nu} dx^\mu dx^\nu \, = \, dt^2 - dx^2 - dy^2 - dz^2 \tag{9.1} \]
で与えられる。定義よりこの量はローレンツ不変である。よって、相対論的に不変な作用として
\[ \S \, = \, -m \int ds \, = \, -m \int \sqrt{g_{\mu\nu} dx^\mu dx^\nu} \tag{9.2} \]
を選ぶことができる。係数$-m$の意味は非相対論的な近似
\[\begin{eqnarray} \S &=& -m \int dt \sqrt{1 - v^2} \nonumber \\ &\approx& \int dt \left( -m + \frac{mv^2}{2} \right) \tag{9.3} \end{eqnarray}\]
を考えると理解できる。ここで、$v$は光速 $c=1$ の単位系での粒子の速度である($| v | \ll 1$)。作用(9.2)は計量 $g_{\mu\nu}$ にのみ依存する。これは作用に課されたローレンツ不変性に起因する。リーマン曲率テンソル ${\cal R}_{\mu \nu}^{ab}$ はローレンツ共変なので原理的には ${\cal R}_{\mu \nu}^{ab}$ からローレンツ不変な項を構成することができる。例えば、${\cal R}_{\mu \nu}^{ab}$ はスピンの情報を持つので、スピンを持つ粒子に対して ${\cal R}_{\mu\nu}^{ab} S_{\mu \nu}$ のような項を追加できる。ただし、$S_{\mu \nu}$ はローレンツ変換の生成子におけるスピンの寄与を表す。上で触れたようにこのような追加項が存在すると強い等価原理は適用できない。しかし、スピン・ゼロの粒子には強い等価原理は有効であり、作用(9.2)をもちいて点粒子を解析することができる。この作用は曲がった空間の固有距離 $ds$ の積分として解釈できる。その拡張として、曲がった空間の固有面積 $ds^2$ に渡る積分を考えることも興味深い。これは南部-後藤作用として知られており、弦理論の基礎付けを与える。
\[\begin{eqnarray} \S &=& -m \int d\la ~ \L \tag{9.4}\\ \L &=& \sqrt{g_{\mu\nu} \frac{dx^\mu}{d\la}\frac{dx^\nu}{d\la}} \tag{9.5} \end{eqnarray}\]
と表せる。ラグランジアン$\L$のオイラー-ラグランジュ方程式は
\[ \frac{\d \L}{\d x^\mu} - \frac{d}{d \la}\frac{\d \L}{\d \left( \frac{d x^\mu}{d \la} \right)} \, = \, 0 \tag{9.6} \]
となる。左辺の第1項は
\[\begin{eqnarray} \frac{\d \L}{\d x^\mu} &=& \frac{1}{\sqrt{g_{\al\bt} \frac{d x^\al}{d \la} \frac{d x^\bt}{d \la}}} \frac{1}{2} (\d_\mu g_{\si \tau}) \frac{d x^\si}{d \la} \frac{d x^\tau}{d \la} \nonumber \\ &=& \frac{1}{2} \d_\mu g_{\si \tau} \frac{d x^\si}{d \la} \frac{d x^\tau}{d s} \, = \, \left( \frac{1}{2} \d_\mu g_{\al\bt} \frac{d x^\al}{d s} \frac{d x^\bt}{d s} \right) \frac{d s}{d \la} \tag{9.7} \end{eqnarray}\]
と変形できる。ただし、関係式
\[ \sqrt{g_{\al\bt} \frac{d x^\al}{d \la} \frac{d x^\bt}{d \la}} \, = \, \frac{d s}{d \la} \tag{9.8} \]
を用いた。同様に、第2項は
\[\begin{eqnarray} \frac{d}{d \la}\frac{\d \L}{\d \left( \frac{d x^\mu}{d \la} \right)} &=& \frac{d}{d \la} \left( \frac{g_{\mu \bt}\frac{d x^\bt}{d \la}} {\sqrt{g_{\al\bt} \frac{d x^\al}{d \la} \frac{d x^\bt}{d \la}} } \right) \nonumber \\ &=& \frac{d}{d \la} \left( g_{\mu \bt} \frac{d x^\bt}{d s} \right) \, = \, \d_\al g_{\mu \bt} \frac{d x^\al}{d \la}\frac{d x^\bt}{d s} + g_{\mu \bt} \frac{d^2 x^\bt}{d s^2} \frac{d s}{d \la} \nonumber \\ &=& \left( \d_\al g_{\mu \bt} \frac{d x^\al}{d s}\frac{d x^\bt}{d s} + g_{\mu \bt} \frac{d^2 x^\bt}{d s^2} \right) \frac{d s}{d \la} \tag{9.9} \end{eqnarray}\]
と計算できる。よって、オイラー-ラグランジュ方程式(9.6)は
\[ g_{\mu \bt} \frac{d^2 x^\bt}{d s^2} + \left( \d_\al g_{\mu \bt} - \frac{1}{2} \d_\mu g_{\al\bt} \right) \frac{d x^\al}{d s}\frac{d x^\bt}{d s} \, = \, 0 \tag{9.10}\]
となる。この式に計量 $g_{\la \mu}$ の逆テンソル $g^{\la \mu}$ を施すと
\[\begin{eqnarray} && \frac{d^2 x^\la}{d s^2} + g^{\la\mu} \left( \d_\al g_{\mu \bt} - \frac{1}{2} \d_\mu g_{\al\bt} \right) \frac{d x^\al}{d s}\frac{d x^\bt}{d s} \nonumber \\ &=& \frac{d^2 x^\la}{d s^2} + \frac{1}{2} g^{\la\mu} \left( \d_\al g_{\mu \bt} + \d_\bt g_{\mu \al} - \d_\mu g_{\al\bt} \right) \frac{d x^\al}{d s}\frac{d x^\bt}{d s} \, = \, 0 \tag{9.11} \end{eqnarray}\]
と変形できる。ただし、添え字$(\al , \bt)$について対称であることを用いた。前節で導出したクリストッフェル記号
\[ \Ga^{\la}_{\al\bt} \, = \, \frac{1}{2} g^{\la \mu} \left( \d_\al g_{\mu \bt} + \d_\bt g_{\al \mu} - \d_\mu g_{\al\bt} \right) \tag{8.32} \]
を使うと、オイラー-ラグランジュ方程式は最終的に
\[ \frac{d^2 x^\la}{d s^2} + \Ga^{\la}_{\al\bt} \frac{d x^\al}{d s}\frac{d x^\bt}{d s} = 0 \tag{9.12} \]
と書ける。これは測地線方程式と呼ばれる。基となるラグランジアン(9.5)は固有距離で与えられる。よって、測地線方程式は固有距離を最小化させる「直線」を記述する。測地線方程式(9.12)の導出は特定の計量の値には依らない。よって、このような直線は一般に曲がった空間における光の軌跡(測地線)を表す。
0 件のコメント:
コメントを投稿