8.2 計量
$n$次元多様体の局所座標を $x^\mu$ ($\mu = 1,2, \cdots , n$) とする。このとき、計量 (metric) は
\[ ds^2 \, = \, g_{\mu\nu}(x) dx^\mu dx^\nu \tag{8.6} \]
で定義される。ただし、$g_{\mu\nu}(x)$は計量テンソルである。3次元の平坦空間では計量は
\[\begin{eqnarray} ds^2 &=& dx^2 + dy^2 + dz^2 \nonumber \\ &=& dr^2 + r^2 d \th^2 + r^2 \sin^2 \th d \phi^2 \tag{8.7} \end{eqnarray}\]
と書ける。ここでは通常の球面座標 $(x^1 , x^2 , x^3 ) = ( r, \th , \phi )$ を用いた。球面座標に対して計量テンソルのゼロでない成分は $g_{11} = 1$, $g_{22} = r^2$, $g_{33} = r^2 \sin^2 \th$ で与えられる。
つぎに、$y^\mu$を別の局所座標系とすると、(8.6)から $ds^2 = g_{\mu\nu}(x) dx^\mu dx^\nu = \tilde{g}_{\mu \nu} (y) dy^\mu dy^\nu$ が分かる。すなわち、
\[ \tilde{g}_{\mu \nu} (y) \, = \, g_{\al\bt}(x) \frac{\d x^\al}{\d y^\mu} \frac{\d x^\bt}{\d y^\nu} \tag{8.8} \]
である。したがって、計量テンソル$g_{\mu \nu}$は2階の対称テンソルである。
$n$次元の場合、$g_{\mu \nu}$は非退化な$n \times n$対称行列で表せる。対称行列は常に直交行列で対角化可能で、固有値は$n$個の実数 $\la_i \in \mathbb{R}$ ($i = 1,2, \cdots , n$) で与えられる。非退化な行列とは行列式がゼロでないことを意味するので、これらの固有値は非特異 $\la_i \ne 0$ である。ただし、座標特異点が存在することには注意しよう。例えば、(8.7)の場合、座標特異点は $r=0$, $\th = 0, \pi$ に現れる。しかし、これは特定の座標にのみ生じるものであり、$g_{\mu\nu}$の非退化性は一般に成り立つ。したがって、固有値$\la_i$は正か負の値をとる。多くの場合、すべての固有値を正にそろえると便利である。しかし、特殊相対性理論では光の伝播はローレンツ変換のもとで不変なので関係式
\[ dt^2 - dx^2 - dy^2 - dz^2 \, = \, d {t'}^{2} - d {x'}^{2} - d{y'}^{2} - d{z'}^{2} \tag{8.9} \]
を要請する必要がある。ここで、ダッシュのついている変数はローレンツ変換後の変数を表す。この場合、時間成分が空間座標とは異なる符号をもつ。特殊相対性理論は現代の理論体系には欠かせないので、物理ではこれら固有値の符号は重要な意味をもつ。これらは計量の符号 (signature) としてラベルされ、例えば、$(++ \cdots +)$, $(-++ \cdots +)$ などと表示される。高エネルギー理論では慣習としてミンコフスキー符号 $(+-- \cdots -)$ が選ばれる。
行列表現を用いると、計量テンソルの対角化は
\[ g \, = \, S^{T} g_{\rm diag} S \, = \, e^{T} e \tag{8.10} \]
と表せる。ただし、$g_{\rm diag} = \diag ( \la_1 , \la_2 , \cdots , \la_n )$, $e = \diag ( \sqrt{\la_1 } , \sqrt{\la_2 } , \cdots , \sqrt{\la_n} ) S$ である。上述の通り、$S$は直交行列 $S^{T} = S^{-1}$ である。$S$と$g_{\rm diag}$は一般に$x$に依存するので、$e$も$x$の関数である。行列要素で表すと、(8.10)は
\[\begin{eqnarray} g_{\mu \nu} & = & e^{a}_{\mu} e^{a}_{\nu} ~ = ~ e^{a}_{\mu} \eta^{ab} e^{b}_{\nu} \tag{8.11}\\ \eta^{ab} &=& (+ -- \cdots -) \tag{8.12} \end{eqnarray}\]
と書ける。ここで、$a,b = 1,2, \cdots , n$ である。$e^a_\mu$はフレーム場と呼ばれる。$n=4$ の場合、フレーム場は4脚場 (vierbein) あるいはテトラッド (tetrad) とも呼ばれる。また、$\eta^{ab}$はミンコフスキー符号とした。これらを用いると、計量(8.6)は
\[\begin{eqnarray} ds^2 & = & g_{\mu \nu} d x^\mu d x^\nu \, = \, e_{\mu}^{a} e_{\nu}^{a} d x^\mu d x^\nu \nonumber \\ &=& \xi^a \xi^a \, = \, \xi^a \xi^b \eta^{ab} \tag{8.13} \end{eqnarray}\]
と表せる。ただし、$\xi^a = e^{a}_{\mu} dx^{\mu}$ は局所直交座標系の無限小長さの基底である。
フレーム場、共変微分、スピン接続
つぎに、フレーム場の局所変換
\[ e_\mu^a (x) \, \longrightarrow \, {e}_{\mu}^{\prime a} (x) \, = \, R^{ab} (x) e^b_\mu (x) \tag{8.14} \]
を考える。これに伴い、計量テンソルは
\[ g_{\mu \nu} = e^a_\mu e^a_\nu \, \longrightarrow \, g_{\mu \nu}^{\prime} = R^{ab} e^b_\mu R^{ac} e^c_\nu \tag{8.15} \]
と変換する。どのようなフレーム場を選択するかは物理的な測定には影響しないので、$g_{\mu \nu} = g_{\mu \nu}^{\prime}$ を要請できる。つまり、
\[ ( R^T R )^{bc} \, = \, \del^{bc} \tag{8.16} \]
が成り立つ。これは、$R^{ab} (x)$が直交行列であることを意味する。よって、(8.14)はフレーム場の局所回転変換と見做せる。$R^{ab} (x)$が直交行列であれば、フレーム場は物理的な測定に関与しない。言い換えると、物理現象はフレーム場の局所回転に依存しない。また、(8.12)のミンコフスキー符号$\eta$は対角化されているので
\[ R^T \eta R \, = \, \eta \tag{8.17} \]
となり、局所回転変換のもとで不変である。よって、この局所回転が局所ローレンツ変換を定義すると解釈できる。
物理モデルを構築するには、少なくとも2階の微分を定義する必要がある。そこで、まずフレーム場の微分とそのローレンツ変換を考えよう。(8.14)を用いると $\d_\mu {e'}^a_\nu = ( \d_\mu R^{ab} ) e_\nu^b + R^{ab} \d_\mu e_\nu^b$ が分かる。明らかにこの微分は共変性を持ち合わせない。この問題を回避するために微分
\[ D_\mu e_\nu^a = \d_\mu e_\nu^a + \om_{\mu}^{ab} e_\nu^b \tag{8.18} \]
を導入する。ローマ字の添え字を省略すると、これは $D_\mu e_\nu = \d_\mu e_\nu + \om_{\mu} e_\nu$ とも表せる。$\om_\mu$を行列、$e_\nu$をベクトルと解釈すると、省略した添え字はいつでも復元できる。同様に、$\d_\mu e^{\prime a}_{\nu}$ は $\d_\mu e_{\nu}^{\prime} = ( \d_\mu R ) e_\nu + R \d_\mu e_\nu$ と書ける。以下では、簡単のためこれらの表記法を随時用いる。
つぎに、局所ローレンツ変換(8.14)のもとで(8.18)がどのように変換するか考える。これは
\[\begin{eqnarray} D_\mu^\prime e_\nu^\prime &=& \d_\mu e_\nu^\prime + {\om'}_{\mu} e_{\nu}^{\prime} \nonumber \\ &=& ( \d_\mu R ) e_\nu + R \d_\mu e_\nu + \om_\mu^\prime R e_\nu \nonumber \\ &=& R ( \d_\mu e_\nu + \om_\mu e_\nu ) ~ = ~ R ( D_\mu e_\nu ) \tag{8.19} \end{eqnarray}\]
と表せる。ただし、$\om_\mu$の局所変換を
\[ \om^\prime_\mu \, = \, R \om_\mu R^{-1} - \d_\mu R \, R^{-1} \tag{8.20} \]
と選んだ。ここで、$\d_\mu R \, R^{-1}$は反対称行列と見做せることに注意しよう。これは次のように確認できる。恒等式 $\d_\mu (R^{T} R) = 0$ から、関係式 ${R^{-1}}^T \d_\mu R^T + \d_\mu R \, R^{-1} = 0$ が分かるので、行列要素を書き出すと $(R^{-1} \d_\mu R)^{ba} + (\d_\mu R \, R^{-1})^{ab} = 0$ となり、$(\d_\mu R \, R^{-1})^{T} = - \d_\mu R \, R^{-1}$ と求まる。よって、変換(8.20)を正しく定義するには、$\om_{\mu}^{ab}$が添え字 $a$, $b$ について反対称であることを要請すればよい。そのような$\om_{\mu}^{ab}$はスピン接続と呼ばれる。スピン接続を用いると、微分(8.18)は(8.19)に示したように共変性をもつ。この微分$D_\mu$を共変微分と呼ぶ。これらの結果は素粒子物理学におけるゲージ理論の標準的な手法に沿って導出された。
微分同相写像、トーション、リーマン曲率
以上の考察からフレーム場に作用する微分として共変微分のみを用いるべきであることが強く示唆される。さらに、前節(8.5)で議論したように、微分同相写像(あるいは一般共変性)の要請からフレーム場の微分を反対称化させる必要がある。ただし、このとき(8.3)に対応するフレーム場の座標変換は
\[ e^a_\mu (x) \, \longrightarrow \, e^{\prime a}_{\mu} ( x^\prime ) \, = \, e^{a}_{\nu} ( x ) \frac{\d x^{\nu} }{\d x^{\prime \mu} } \tag{8.21} \]
で与えられる。以上より、反対称化された共変微分
\[ T^{a}_{\mu \nu} \, = \, ( D_\mu e_\nu )^a - ( D_\nu e_\mu )^a \tag{8.22} \]
を定義するのが自然である。実際に$T^{a}_{\mu \nu}$は局所ローレンツ変換(8.14)と座標変換(8.21)のもとで斉次に変換することが分かる。
\[ ( D^\prime_\mu e^\prime_\nu - D^\prime_\nu e^\prime_\mu )^a \, = \, R^{ab} ( D_\al e_\bt - D_\bt e_\al )^b \frac{\d x^\al}{\d x^{\prime \mu} } \frac{\d x^\bt}{\d x^{\prime \nu} } \tag{8.23} \]
(8.22)で定義した反対称2階テンソル$T^{a}_{\mu \nu}$は捩率テンソル (torsion tensor) あるいは単にトーションと呼ばれる。
ここで、$\phi^a$をスカラー関数とし、その局所変換 $\phi^a \rightarrow \phi^{\prime a} = R^{ab} \phi^b$ を考える。共変微分は $( D_\mu \phi )^a = \d_\mu \phi^a + \om_{\mu}^{ab} \phi^b$ で与えらり。(8.20)から $(D^\prime_\mu \phi^\prime )^a = R^{ab} ( D_\mu \phi )^b$ がすぐに分かる。つぎに、$\phi^a$に作用する2階微分とその局所変換を考える。定義から明らかに $D_\mu ( D_\nu \phi )^a = \d_\mu ( D_\nu \phi )^a + \om_{\mu}^{ab} (D_\nu \phi )^b$ となる。これより、$( D_\nu \phi )^a$は(8.18)のフレーム場$e_\nu^a$と同様に振る舞うことが分かる。よって、その構成から、
\[ ( D^\prime_\mu D^\prime_\nu \phi^\prime )^a \, = \, R^{ab} ( D_\mu D_\nu \phi )^b \tag{8.24} \]
と計算できる。したがって、トーション$T^{a}_{\mu \nu}$の場合と同様に、反対称の組み合わせ $( D_\mu D_\nu \phi - D_\nu D_\mu \phi )^a$ は斉次に変換する。実際、$ D_\mu D_\nu \phi^a$ の対称成分を除いて、この組み合わせを書き下すと
\[\begin{eqnarray} ( D_\mu D_\nu \phi - D_\nu D_\mu \phi )^a &=& {\cal R}_{\mu \nu}^{ab} \phi^b \tag{8.25}\\ {\cal R}_{\mu \nu}^{ab} &=& \d_\mu \om_{\nu}^{ab} - \d_\nu \om_{\mu}^{ab} + \om_{\mu}^{ac} \om_{\nu}^{cb} - \om_{\nu}^{ac} \om_{\mu}^{cb} \tag{8.26} \end{eqnarray}\]
と表せる。(8.25)の変換を考えると関係式 $R^{ab} {\cal R}^{bc}_{\mu \nu} \phi^c = {\cal R}^{\prime ab}_{\mu \nu} \phi^{\prime b}$ を得る。ただし、$ \phi^{\prime b} = R^{bc} \phi^c $ である。つまり、
\[ {\cal R}^{\prime a d}_{\mu \nu} \, = \, R^{ab} \, {\cal R}^{bc}_{\mu \nu} \, ( R^{-1} )^{cd} \tag{8.27} \]
と書ける。よって、${\cal R}^{ab}_{\mu \nu}$は見事にテンソル量であり、その局所変換は(8.27)で与えられる。このテンソルはリーマン曲率テンソルと呼ばれる。
トーション$T^{a}_{\mu \nu}$とリーマン曲率${\cal R}^{ab}_{\mu \nu}$は共にフレーム場$e^{a}_{\mu}$とスピン接続$\om_{\mu}^{ab}$から導かれた。あるいは、より根本的には、これらはみな一般の曲がった多様体上に定義された計量$g_{\mu \nu}$から導かれた。トーションの定義
\[ T^{a}_{\mu \nu} \, = \, ( D_\mu e_\nu )^a - ( D_\nu e_\mu )^a \tag{8.22} \]
から分かるように、トーション$T^{a}_{\mu \nu}$はフレーム場の回転、つまりローレンツ変換の効果を検知する。物理的な測定においてローレンツ不変でない現象、つまりトーションの効果が顕在する現象は観測されていない。したがって、トーション・ゼロとなる条件は物理的に重要である。次節で見るように、この条件のもとで一般の曲がった多様体はリーマン多様体になる。リーマン多様体はアインシュタインの一般相対性理論の構成に欠かせない基礎構造である。この意味で、リーマン曲率はトーションに比べてより物理的である。つまり、リーマン曲率は多様体の局所的な形を決定し、重力による潮汐力などの物理量に直接関係する。
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