2019-02-08

お世話になった先生方4:学部時代

以前のエントリーで教養学部時代に数学を教えてもらった3名の先生方、河野俊丈先生、横沼健夫先生、片岡清臣先生について触れました。同じエントリーの中で江口徹先生の本を紹介しましたが、その江口先生が先月末に残念ながら70歳という若さで亡くなられたそうです。私は学部生の時に確か「物理数学Ⅲ」の授業で江口先生から群論を教わりました。$SU(2)$群を丁寧に解説してもらいとても分かり易かったです。その後、クラスメイトから江口先生は素粒子論で世界的に有名な先生であることを知り畏怖の念を感じていました。理論演習では原子核理論を取ったので江口先生と直接お話しすることなく卒業しましたが、卒業後、アメリカで素粒子論の研究室に入ることができた頃、何度も読んだのが有名な Eguchi, Gilkey, Hanson の Physics Reports 66, No. 6 (1980)


でした。PDFバージョンはこちらから。ユークリッド化されたアインシュタイン方程式の解をゲージ理論のソリトン解との類推から導いたのが Eguchi-Hanson 計量です。江口先生はこの発見でおそらく当時の理論物理学界の最前線へ到達されたのではないでしょうか。もちろん先生の才能の賜物なのですが、個人的にはどうしてそのような発見ができたのか不思議でなりませんした。その背景が多少なりとも理解できたのは、最近になって2011年に行われた江口先生の最終講義


を聞いてからです。江口先生がポスドクでシカゴにいらした際に南部先生からチャンドラセカールとの話し相手の役を引き継ぎ、その交流からブラックホール解についてソリトンの手法が有用であることに気付いたそうです。この最終講義でも解説されているように Eguchi-Hanson 解はその後の弦理論の発展にも大きく寄与しています。

江口先生は素粒子論の世界的なスーパースターの1人でいくつもの有名な論文があります。格子ゲージ理論のEguchi-Kawai模型は格子理論のそれこそ「嚆矢」となっており、$M$理論の行列模型の解析においても理論的な基礎付けを与えています。弦理論とともに発展した超対称性理論でも多くの論文があり、私のような凡人にはとてもフォローしきれないほどの成果をあげられています。最近では Mathieu moonshine という数学的に興味深い現象を共同研究者(大栗先生とお弟子さんの1人である立川先生)と発見され物理数学会に大きなインパクトを残していました。共形場理論の教科書も著されてまだまだご活躍されるのだろうと思っていたので訃報に接し、巨星墜つとはまさにこういうことを言うのかとの感慨を抱きました。幸い優秀なお弟子さんたちがキラ星のごとく各地にいらっしゃるので今後も江口先生の遺志を継いで素粒子論の発展に大きく寄与してくれることでしょう。実際、私の学年では高柳君と小西さんが江口先生の研究室を卒業され、既に素晴らしい成果をあげています。特に高柳君(ではなく、高柳教授)は現代の弦理論研究の主流である「エンタングルメント・エントロピー」の概念を初めに提唱され、弦理論の研究の方向性に大きな影響を与えました。これは(専門外の人は分からないかもしれませんが)AdS/CFT対応を発見したマルダセナ級の成果です。江口先生そして江口先生のお弟子さんたちは日本の宝です!今後も美しい絵を書くように自由に研究してください。陰ながら応援しています。(というか、弦理論家ではないけど自分も頑張ります。)

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