先日父から封筒が届いたので、何かと思い開封してみると
日刊工業新聞の記事のカラーコピーでした。いまのご時勢にカラーコピーとはいえ新聞の切り抜きを郵送してくるとはさすが父上と感心しながら読んでみると国際リニアコライダー(ILC)の誘致について学術会議の検討会が疑義を挟んだというニュースでした。私はもちろんこの話は知っていました。大学のエライ人が決める話なので他人事として静観していましたが、相当な予算(関連施設の建設費も含めて1兆円を超えるそうです)が費やされる巨大プロジェクトなので父のように突然この話に興味を持つ方もいらっしゃると思います。ILC誘致については膨大な時間と労力が費やされているので私のような部外者が意見をするのは不謹慎なようで躊躇われますが、父への私信として以下のように回答しました。(12/1付)
禮三さま
ILCの記事読みました。ご連絡ありがとうございます。私は学術会議の意見は妥当だと思います。ILC誘致の話は以前から問題になっていましたが、個人的には特に東日本大地震の後からは地震、地盤の不安定要素の観点からリニアコライダー(大型線形加速器)の建設はやめた方がいいと考えています。また、予算的にも原発の処理問題やその他関連する復興費用に多くの税金が割かれる現状では社会的・政治的な理解が得られないはずです。
このような実験装置はどこに設置されるにせよ国際協力の下で建設・維持されるので、できれば地盤が強固な大陸で、経済的にも余裕のある国、現段階では中国でやってもらうのがベストだと思います。欧米の科学者たちは中国で建設すると主導権を持っていかれ色々とコントロールできないのではないかと危惧しているかもしれませんが、日本からしてみると日本で建設して結局は(政治的な理由から)欧米の言いなりに建設費用を負担するよりはマシだと思います。
日本の場合はたとえ規模が小さくなってもスーパーカミオカンデのように純国産で実験する方が指揮系統がハッキリして成果も出しやすいはずです。
以上、私見でした。よろしくお願いします。
泰裕
基本的に大学の人たちはポジショントークしかしないので素粒子関係者はみな公には誘致賛成だと思います。ただ、もしかしたら公言しないだけで誘致はやめておいた方がいいのではと思ってらっしゃる方もいるかもしれません。私は幸か不幸にもそのような立場にいないので率直な意見を言わせてもらうと、そもそも誘致すること自体から疑問に思っていました。初めからヨーロッパにお伺いを立てないとダメな状況というのが良くありません。つまり、日本は端から主導的な立場ではないということです。日本の企業でしか作れない技術を導入して線形加速器を建設したいから是非みなさん協力してください、という日本主導の形であればもちろん賛成です。しかし、欧米では予算がないから日本の皆さんお願いしますというのが現状で、昔ならその体力もあったでしょうが今ではもうそんな余裕もない気がします。
もっとも、地震の頻発する日本に国際的な大型実験施設をつくること自体が問題にならないのが不思議です。しかもあの大震災のあった東北に誘致するのは何故なのでしょう。誘致場所として脊振山地が却下された理由もよく分かりませんでした。この点、日本よりも地震の少ない中国やインドに建設する方がリスクが減らせるというのは明らかでしょう。国際協力で建設するのであればそこまで日本にこだわる必要はないかと思います。科学に国境はないのですから。
政治的なゴタゴタに長年振り回されて本来やりたい実験ができないという今の状況は、若手の実験物理学者にとって最悪です。実験経験を積まなければならない若手にとっては建設までに何十年もかかる巨大な大型施設よりも小型でも短期間でデータ収集ができる装置のほうがありがたいに決まっています。スーパーカミオカンデに代表されるように日本には世界をリードしている実験施設が多くあります。これからもたとえ小規模でも独自開発で成長できる国産の実験施設を増やしてもらえば、ILC を誘致しなくとも国内の研究を発展させることは充分にできるのではないでしょうか。日本と欧米では文化が違うのでプロジェクトの進め方にも違いが出てきます。国内施設なのに統括トップが欧米人なら現場の日本人研究者・技術者はやりにくいのではないでしょうか。国際協力を進めるなら、まずは身の丈に合った小規模施設を日本主導で建設・運営しそこに海外からの参入をオープンにして受け入れる。それが上手くいけば規模を拡大していくという方針が自然だと思います。欧米の人たちの口車に乗っていきなり大規模施設を誘致することが国際化の一歩だというのは間違いです。国際化したいのであれば日本はもっと自主的に働きかける必要があります。ただ、日本の場合は独自の文化があるので無理に国際化を進めても、大規模施設の建設・保守は上手くいかない可能性が高いです。原発のように海外メーカーが参入し、プロジェクトの指揮系統がややこしくなることだってあることでしょう。また、実験施設の場合は国家予算だからもんじゅのときのようにグダグダになって結局納税者がバカを見ることも大いにあり得ます。
まとめると、今の形でILC誘致の意思表明をすることは、国益の観点から慎重であるべきだと思います。もし誘致の意思を表明してしまうとその言質を取られて1兆円を超えると言われる予算の分担率でも譲歩せざるを得ない状況に追い込まれるのは目に見えています。欧米の人たちは交渉上手ですからね。彼らはもしかしていま手ぐすねを引いて待っているのかもしれません。元々、年内までに表明しなければ ILC 計画は見直すとまで言っていたのに慎重意見が出ると3月まで待つと言っているのだから。詳しくは、例えばこちらを参照ください。日本としてはできるだけ粘り強く交渉して、(1)日本主導の研究体制、(2)線形加速器の小規模化、(3)予算負担率の明確化 の三点を要求して、上手くいけば施設の大規模化、国際化を深めていくと約束するのが理想です。もちろん、欧米の研究者は納得いかないでしょうが妥協点を探ってくれればそれでいいですし、ダメなら中国のプロジェクトに参加してもらえればいいでしょう。別に決別したからって素粒子実験ができないというわけではありません。これまで同様日本独自の実験を粛々と進めればいいだけのこのです。大事なのはハッキリと日本の意思表明をすることです。最悪なのは、日本国内の意見を取りまとめることができず、欧米の代表者にあいまいな回答ばかりして不信感を持たれることです。そうなると将来日本の研究者は信頼できないと思われてしまいかねません。いまのエライ人たちはいいですが被害をこうむるのは将来のある若い人たちです。3月まであっというまです。その間、責任ある方にはどうかリーダーシップを発揮してもらって意見をとりまとめて欲しいです。学術会議検討会の意見は出たのだからそれを踏み台にして社会問題として私の父のような世間一般の人にももっと興味を持ってもらえればと思います。とはいっても、結局エライ人が決めてしまうんですけど。まあ私たち一般人としては静観するしかありません。ただ、せめて誰がどのような判断をしたのかは将来のため記録しておきたいと思います。
参考サイト
日本学術会議(内閣府の特別機関!)の検討委員会のサイト
にILC計画の見直し案に関する所見
など多くの参考資料が公開されています。
岩手県の地域新聞のILC関連のサイト、胆江日日新聞 ILCニュース
が賛否両論取り上げていてとてもジャーナリスティックでおすすめです。
ILC計画公式サイト
から最新のメディア情報
などが得られます。
岩手県国際リニアコライダー推進協議会のサイト
も充実しています。英語版でニュース
を発信しているのも素晴らしいです。
LINEAR COLLIDER COLLABORATION という英語版の推進サイト
もあります。ちなみに欧米側の代表者は Lyn Evans
という実験物理学者です。
ネットメディアでも ILC 誘致の問題は取り上げられていました。ノンフィクションライターの窪田順生さんの記事
では部活動の予算配分をめぐるゴタゴタとのアナロジーを用いて、理系でない方にも分かり易く解説されています。また、経済評論家の三橋貴明さんはブログ
で財政問題はないのだからILC誘致失敗は亡国の始まりと憤っていらしゃるようです。
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