2026-03-27

サロン中村古書画コレクション 訪問

 以前こちらで紹介した高校のとき野球部の顧問としてお世話になった中村穎司先生のお屋敷を訪問して、古書画、郷土史など興味深いレクチャーを3時間にわたって受けてきました。


日曜日は第4日曜だけオープンなので事前に予約して、先日3/22に野球部同期のメンバー2人渡邊(外科医)、福嶋(歯科医)と福嶋のお子さん(この春同じ高校に進学)とそのご友人(この春同じ高校の野球部に入部予定)の5人で伺いました。越谷レイクタウン駅から徒歩で向かう途中に先生のご先祖中村重太郎翁の銅像、復元された中村家旧住居にも寄りました。



 昼食の時間もあるので事前にAIにサロンの拝観にはどれくらいかかるか聞いたところ1時間から1時間半とのことだったので11時に参りましたが、応接間に招かれ久しぶりの挨拶も早々に先生から今回初めて観るのだから3時間は掛かるけど昼食大丈夫かとのお言葉。とっさに、昼食のレストラン予約しなくてよかった~と思いながら「大丈夫です!」と即答しましたが、AIの結果もお伝えしたところ「うちはAIやってないんでね」との当然のお答え。先生に心ゆくまで案内してもらうことになりました。菓子折り持参していって良かった~。

 場所は越谷レイクタウン駅の北側、以前は大相模(おおさがみ)と呼ばれていた所で、名前の由来は大相模不動尊(大聖寺)から。関東三大不動の1つらしい(あとの二つは成田山、高幡不動)。奈良時代に本尊となる不動尊像が東大寺建立に尽力した良弁(ろうべん)和尚により彫刻されたらしい。この良弁和尚が相模国丹沢東端の大山寺(大山寺訪問の話はこちらから)の開祖であることから、もともとは小相模(おさがみ)と呼ばれたらしいがそれが大相模(おおさがみ)と変化したとのこと。レイクタウンの湖の正式名称は大相模調節池。穎司先生の祖先の苗字も元々は大相模であったが、(確か)16代目で(住居が大相模村の真ん中にあったことから)中村に変わったとのこと。2代目のご先祖はなんと承久の乱(1221年)の時代の人だそうで、12世紀から現在まで900年も続く大相模(今の埼玉県南東部)の名士。幕末には23代の方が神道無念流の有名な剣士・中村有道軒一世で、敷地内に道場を持ち多くの門人を抱えていたとのこと。その関係で全国の剣士、武士、画家と交流があり多くの貴重な作品(絵画・書)が残されたそうです。24代の中村有道軒二世、25代の中村重太郎(大相模村初代村長)と27代の穎司先生(26代のお父様は早逝されたそうです)の4代に渡り収集されたお宝の数々を解説してもらいました。

 勉強不足で理解できないところも多々ありましたが、これまで名前だけは聞いたことある歴史的人物(尾形光琳、円山応挙、渡辺崋山、勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟、犬養毅など)の絵画・書を実際に目の前して圧倒されました。その他、今回初めて知った四宮松濤、狩野梅雲の襖絵もすごかった。作画技法の解説ではなく、何が書いてあるのか、何を意味するのか、何故中村家にあるのかなどの解説が中心で興味が尽きない。久しぶりに学生に戻った気分で聴講しました。新高校生もよく頑張った!

 今回、先生にはとても貴重な機会を頂きありがとうございました。ご高齢にも関わらず、3時間にもわたって古書画の解説をしていただき、先生の体力、知識量、熱意にただただ感服いたしました。解説後、お庭の木々(越谷市指定天然記念物のクスノキだけでなく、スモモ、エノキ、松など)や構掘(かまえぼり)跡、道場跡なども案内してくださりありがとうございました。古書画コレクションだけでなくお庭の木々も素晴らしかったです。


 最後に、サロン中村古書画コレクションは今月末で開設24年という節目を迎え、閉休されることになったそうです。関係者向けのお知らせを受け取ったので以下に共有します。4月以降、古書画の拝観は出来ませんが訪問は受け付けてくれるそうです。


穎司先生、これからもお元気で長生きしてください。

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