こちらのブログで紹介されていた動画
(38分から53分あたりの話)で私が14年前に知りたかったことが丁寧に説明されていたので聴き入りました。
3次元ヤン-ミルズ理論をハミルトニアン形式で考えると2次元の共形場理論であるWZW模型を用いて解析できるという Karabali-Kim-Nair(KKN) による画期的な結果がります。以前に Nair からこの2次元空間が複素構造を持っていれば Narasimhan-Seshadri theorem により同様な解析ができるので、トーラスで考えてみてはどうか、そうすると有限温度を入れた場の理論になるので閉じ込め効果の極限値が推定できるのではないか、と物理的に興味深いテーマを教えてもらったことがあります。このとき、Narasimhan-Seshadri theorem って何??となり、いろいろ文献を調べましたが代数幾何の専門的なもの以外で物理の論文でこの定理を扱っていたものは見当たりませんでした。もちろん上記動画でも説明されているウィッテン先生のフィールズ賞受賞で有名な
も読みましたが、Narasimhan-Seshadri theorem について特に言及は無かったと記憶しています。ただ、動画で詳しく説明されているようにこの論文で明らかになったChern-Simons理論とWZW模型の関係性の数学的な裏付けはChern-Simons理論の幾何学的量子化にNarasimhan-Seshadri定理を適用することで与えられています。ここで、Chern-Simons理論とWZW模型の関係性とは2次元空間$\Sigma$上のWZW模型の共形ブロックの空間が$\Sigma \times {\mathbb R}$上のChern-Simons理論の量子ヒルベルト空間と同一視できるということです(${\mathbb R}$は時間軸)。どういうことかというと、Chern-Simons理論の接続(ゲージポテンシャル)は運動方程式から平坦(曲率ゼロ)であるので量子化されるべきChern-Simons理論の相空間は$\Sigma \times {\mathbb R}$上の平坦接続のモジュライ空間$M$とみなせるが、$\Sigma$が複素構造をもつ場合はNarasimhan-Seshadri定理より$M$は$\Sigma$上の(準安定で)正則な平坦$G$接続のモジュライ空間${\cal M}$となり、この${\cal M}$に対して幾何学的量子化を施すと量子化された${\cal M}$はWZW模型の共形ブロック空間と(偶然)一致するということです。ここで、$G$はChern-Simons理論のゲージ群あるいはWZW模型の対称群を表します。
共形場理論やChern-Simons理論を知らないと訳が分からないと思います。私も初めは訳が分からず色々な解説にあたってみましたが、この関係は教科書的には「$\Sigma$上のWZW模型の共形ブロックは$\Sigma$における平坦$G$接続のモジュライ空間上で定義される正則直線束の切断に対応する」と表現されることが多く、う~ん、そうなんだろうけどどういうこと?という感想になりました。結局、物理的に(ゲージ理論として)ザックリ言うと「WZW模型のカレント相関関数がChern-Simons理論の正則な波動関数で生成される」ということなのだと理解しました。このあたりのことは14年前の論文で言及しています。その際、Narasimhan-Seshadri定理によりトーラスの場合にも上記のChern-Simons理論とWZW模型の関係性は適用されることを強調したのですが、間違ってはいなかったもののやっぱり良くは理解していなかったことが今回の動画を見て分かりました。
この論文ではKKN手法を使って3次元ヤン-ミルズ理論についての物理的な値(閉じ込め効果の極限値)を予測することに主眼を置きましが、KKN手法の理論的背景は上記Chern-Simons理論とWZW模型の関係性についてのNairの深い理解に基づきます。Chern-Simons理論の幾何学的量子化を最初に行った一人であるNairだからこその慧眼だと思います。Narasimhan-Seshadri定理についてサラッと触れながらヤン-ミルズ理論の閉じ込め効果について議論するなどという芸当は私が知る限りNairにしかできません。結局、私の論文の内容も全てNairのお膳立ての賜物であり、Nairの手のうちで試行錯誤していたような気がします。その意味でこの論文は私の論文の中でも自信作の一つです。(あまりというかほとんど知られていませんが。)
Narasimhan先生はちょうど1年前の今日亡くなられたそうです。今日が一周忌。また、Seshadri先生も今年の3月に亡くなられたそうです。両先生の経歴などについては
の9分ぐらいから15分までに紹介されています。
上記、ウィッテン先生の講義は一連のシリーズ
の一部でした。もはや理論物理学界の現人神と言っても過言ではないウィッテン先生のレクチャーを自宅で好きな時間に繰り返し聴けるなんて贅沢な時代になりました。このレクチャーシリーズでは最近の論文について解説されています。幾何学的量子化を発展させたブレイン量子化という手法を開発して幾何学的ラグランズ予想について解析するという内容です。表現論に興味がある物理学者あるいは弦理論に興味のある数学者向けの高度な話ですが最先端の分野に興味のある方はご覧になってみてはいかがでしょうか。(追記2021/10/8: 残念ながら動画は非公開になったようです。)
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