2020年10月11日

2020年ノーベル物理学賞にペンローズと他2名

他の2名がオマケみたいなタイトルになってしましましたが、個人的な印象なのですみません。他の2名は我々の天の川銀河の中心にブラックホールがあることを観測的に実証した Reinhard Genzel, Andrea Ghez 両博士です。

銀河の中心にブラックホールがあるということは最近の観測成果として聞き及んでいましたが実際には誰の仕事なのか知らなかったのでこの機会に知ることが出来てよかったです。おめでとうございます!

さて、ペンローズについて初めて知ったのは大学に入って読書家の友人が『皇帝の新しい心』を薦めてくれた時です。頑張って原文のペーパーバックを購入して読み進めたのですが途中で忙しくなって止めてしまいました。表紙にデジタル表示された(多足のICチップを王冠に見立てて被っている)皇帝が描かれており今でも記憶に残っていますが、さすがにそのバージョンはもう売っていないようです。


今では電子書籍で読めます。

ペンローズの名前は一般相対性理論や宇宙論を勉強したときに何度も目にしました。今回の授賞理由になったペンローズ・ホーキングの特異点定理やペンローズ・ダイヤグラムなど一般相対論やブラックホールの物理学を扱う教科書には必ず出てきます。個人的にはペンローズと言えばやはりツイスター空間の提唱者としてなじみ深く、その教科書



は今でも手元に置いています。ツイスター空間の真髄は複素構造を持たない4次元時空を$\cp^3$すなわち4次元球面$S^4$上の$S^2$束(バンドル)を用いて表現するという手法で、これにより4次元時空に正則性を導入できるというのがミソです。つまりツイスター空間を使うと4次元の物理量を2次元スピノールの組み合わせで表すことができ、2次元の物理、特に弦理論との関連で発展が著しい2次元共形場理論の知識を適用することが出来ます。私の指導教官だったナイアが1988年にツイスター空間を用いるとある種のグルーオン散乱振幅が簡単に求まることを示しました。2003年の暮にウィッテンがこの結果を発展させる論文を発表してからツイスター空間を用いた散乱振幅の計算に飛躍的な進歩がみられました。このあたりの話についてはこちらで解説したので参照してください。

この発展を受けて2005年の年始にオックスフォードで Twistor string theory workshop というのが開催されました。ナイアが発表するというので私も参加させてもらいましたが、その時、直接ペンローズの講演を聞けたのはいい思い出です。末席からではありますが一流の学者たちの歓談の様子に触れることができ、感激したことを覚えています。感激の記念にと当時出版されたばかりのペンローズの新著 The Road to Reality をハードカバー(30ポンド)で購入しました。


1000ページ以上もある大著でかさばってしょうがなかったけどオックスフォードからニューヨークまで持ち帰りました。折角なので飛ばし読みしましたがさすがにフォローしきれませんでした。後日、ナイアにこの本の話をしたら参加者の間でもこの本が話題になっていたそうで素粒子の標準理論の章で一部不適当な記述があるとのことでした。確認したところ確かにカビボ角を中性$K$中間子系の解析の中で説明するというおかしな記述がありました(手元にある初版では25.7章の650項)。以前、一連のエントリーで紹介したとおり中性$K$中間子系の話はクォークが3世代の場合に弱い相互作用での$CP$対称性の破れることを示すのにもちいられるもので、2世代モデルのカビボ角とは関係ないはずです。素粒子物理の現象論のややこしい話はさすがのペンローズでも混乱したのかなと当時思ったものです。おそらく改訂版では修正されていると思いますが、まだ確認していません。今では電子書籍


もあるのでスマホひとつでペンローズの大著を読めるようになりました。15年前とは隔世の感がありますね。ペンローズの研究の集大成のような本なので興味ある方は是非電子書籍で購入されてみてはいかがでしょうか。2820円であの分量は安いと思います。私はペンローズは数学者・数理物理学者でノーベル物理学賞には縁が無いのかなと思っていたので、今回の受賞には驚くとともに嬉しかったです。ペンローズ博士、おめでとうございます!将来おそらくツイスター空間の提唱でもう一度受賞できるはずなのでそれまで長生きしてください。

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