妻が友達から借りたという小川哲著『地図と拳』
久しぶりにハードカバーで読みました。かさばるけどデジタルより読みやすいし、誰かにあげることもできるのでやはり紙はいいですね。内容は日露戦争から第二次世界大戦までおよそ半世紀にわたる満州のある都市の興亡についてでした。満州については以前こちらで紹介した『五色の虹』
を読んだのでその時の話を思い出しながら読み進めました。タイトルに「地図」が入っているものの話のメインとなる都市の地図が全く出てこないので不親切だなあと思いましたが途中でこれはわざと載せないということか、読者の想像にゆだねているのだなと理解しました。地図といえばロシア語で都市地図のことをプラン・ゴーラダ (план города、直訳すると計画都市) と言うんだよな、なんて気になりながら読み進めていると最後に少し関連する記述があり個人的には楽しめました。
ただ、ラストで不意にマジックリアリズム的な要素が入ってきて、ん?、となりました。あと主人公の細川の話が尻切れトンボだったり、須野の長男の正男のほうはどうなったんだ?序盤でラーメンマンの修行のような漫画が出てきたり、終盤では便利な登場人物が間に合わせ的に設定されたり、いろいろ突っ込みたいところはありましたが、全体としては大河ドラマのようなエンタメとして楽しめました。しかしこれはただのエンタメ小説として著された作品ではないでしょう。歴史資料を渉猟しつくした著者が現在につながる近代日本人の様々な側面を虚実ない交ぜにした物語を通して浮き上がらせようとした意欲作です。日本人だけでなく中国人、ロシア人の話も出てくるがやはり主題は日本人いや日本の男とはどういう人間なのかということを群像劇として掘り下げることにあるように感じました。印象的だったのは本土上陸間近の引き揚げ船で細川が闇市で稼ぐことに興味を持つことと同時に乗り合わせた明男が形見の軍刀を長崎の海に捨てた描写。今の日本人につながるメタファとして際立っていました。現代日本男児の心象ルーツを満州に見た気分になりました。
作中、日露戦争で犠牲になった方のためにも満州は譲れないという趣旨の言葉が何度か出てきますが、確かにそのような意識があったのでしょう。満州体験のある人が殆どいなくなってしまった現代の日本人には想像するしかない空気感が伝わってきました。今よりもロシア、中国が身近だった時代に生きた人々の生活、心情を誇張はあるとはいえストレートに描くだけで何故かエンタメになってしまう筆力の確かさ。願わくはレニングラードに行った明男の話も書き切って欲しかった。しかし、そうなるとそれはそれで主題が散らかるし読み切るのも大変になるので仕方ないか。
0 件のコメント:
コメントを投稿